最終話 ゴブミンさん帰る

 遊園地から帰った後、ゴブミンさんは少しだけこの世界のことを好きになったようだった。クラスメートとも話すようになったし、自分で日本の行きたいところをピックアップして、休みの日を使って僕と一緒にそこを回ったりした。

 ゴブミンさんの顔に段々と笑顔が増えていくことが、僕にとっては大変喜ばしいことで、彼女と過ごした日々がとても掛け替えのない思い出になっていった。

 そんなこんなで楽しい三年間の高校生活というのはあっと言う間に過ぎ、ゴブミンさんの留学期間も終わり、卒業式の日に彼女は元居た世界に帰ることになった。

 校庭にゲートが設置され、僕らクラスメートはゴブミンさんを中心に輪になって、彼女に別れの言葉を伝えていく。


「向こうに行っても私達の事忘れないでね」


「手紙を書くからね」


 そんなことを涙ながらに言うクラスメート達。留学が始まった当初はゴブミンさんに対する恐れや種族の違いから拒絶している人も居たのが嘘の様である。本当にクラスに、人間と打ち解けることが出来て良かった。


「みんなありがとう」


 ニコッと笑い感謝の言葉を述べるゴブミンさん。普段はあまり笑わないから、こういう時に笑うと破壊力があるのである。僕以外のクラスの男子もキュンときたようで顔をほんのりと赤くしている。

 僕らに混じってゴブミンさんをホームステイさせてくれた家のトメさんというお祖母ちゃんも来ていた。

 トメさんは腰こそ曲がっているが、しっかりとした足取りでゴブミンさんに歩を進め、彼女の両手をギュッと握った。


「向こうに行っても、風邪ひかない様にワシがやった腹巻を巻くんだよ」


「ありがとうお祖母ちゃん。向こうに行ってもお祖母ちゃんのことは忘れないよ」


 ホームシックになりかけていたゴブミンさんが、この世界でやっていけたのはトメさんのおかげだろう。僕もありがとうと言いたいぐらいである。

 さぁ、いよいよゴブミンさんがゲートをくぐって、この世界からお別れする時がやって来た。正直、僕は寂しい。涙がこぼれない様に上を向いてしまった。彼女との日々が走馬灯のように頭を駆け巡る。彼女が思い出になるのが嫌だった。もっと一緒に居て笑い合いたかった。ゴブミンさんがあのゲートをくぐってしまえば、もう二度と会えないかもしれない。それは僕にとっては耐えがたい。

 と、ここで誰かが僕の手を引っ張る。誰だろうと見てみると、それは間違いなくゴブミンさんだった。


「ど、どうしたんですかゴブミンさん」


「どうしたじゃない、行くぞ」


「へっ?」


 訳の分からない僕を他所に、ゴブミンさんは僕を引きずるように歩かせる。クラスメート達はヒューヒューと僕らのことを囃し立てている。

 そうしてゴブミンさんはあろうことか、時空のひずみを発生させている大きくて丸いゲートの前まで僕を連れて来た。まさかとは思うが、そのまさかなのだろうか?


「今度はお前に私達の世界を教えてやる。だから黙ってついて来い」


 そのまさかだった。このまま付いて行くことも吝かでは無いが、僕にも事情というものがある。 


「えっ、でも、四月から大学が……」


「四の五の言うな‼」


 ゴブミンさんは急に僕をお姫様抱っこして、そのまま一緒に時空のひずみに飛び込んだ。時空のひずみの中では体が伸びたり縮んだりしたが、五秒も立たないうちに森の様な所に出た。そこではゴブミンさんと同じ様な緑色をしたゴブリンさん達がいっぱい居て、缶の鈍い僕でも、ここが異世界であると一瞬で分かった。


「ゴブミンお帰り‼」


「ゴブミン‼ゴブミン‼」


 大きなゴブミンコール。僕はただただ圧倒されてしまうのだが、一人のゴブリンさんが僕を指差してこう言うのだ。


「何だソイツ?異世界からの土産か?」


 土産って……僕は食べても美味しく無いですよ。


「違う、フィアンセだ」


 そうそう、土産じゃなくてフィアンセ……って、えっ?


「ど、どういうことですかゴブミンさん⁉」


 全く状況が飲み込めない僕だが、ゴブミンさんは緑色の顔を赤らめながらこう言うのだ。


「だ、だって、手も繋いだし責任を取ってもらわないと。ゴブリンにとって手を繋ぐことはアナタを一生幸せにするってことだから」


 確かに何度か手を繋いだことはある。だが僕はゴブリンのそんな風習は知らない。まさか手を繋いだだけで結婚の話になるとは。


「おぉ‼そいつはゴブミンの嫁だったか‼」


「ゴブミン‼嫁‼ゴブミン‼嫁‼」


 ゴブミンと嫁のコールが始まり、もうお祭り騒ぎである。

 全くもってこれからどうなるか分からないが、とりあえずゴブミンさんとの交流はこれからも続いて行きそうである。





 

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異世界からの留学生は若葉色でした タヌキング @kibamusi

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