月明かりの妖精
辛巳奈美(かのうみなみ)
月明かりの妖精
夜空が深い紺色に染まり、月が高く昇っていた。静かな森の中、木々の間からほのかな光が差し込んでいた。その光を追うように、ひときわ小さな存在がふわりと浮かんでいた。それは、妖精だった。
名前はリリィ。小さな羽が月光を反射し、きらきらと輝いている。リリィは、人間の世界に踏み入れることを許されていない妖精族の一員だが、好奇心から森の外、村へと足を運んでいた。今夜も、少しの冒険心でいつもの森を抜け、村の広場に向かって飛んでいる。
広場に着くと、彼女は木の陰から人々を見守ることにした。夜の帳が降りると、村の人々は集まり、火を囲んで楽しい時を過ごしていた。リリィは、静かにその温かな光景を眺めながら、ふと気づいた。
広場の中央で、ひとりの少女が手に持った小さなランプを胸に抱きしめながら、どこか遠くを見つめていた。少女の名前はミア。村で一番の花屋の娘だが、どこか寂しげな表情をしている。
「どうしたの?」リリィは小さく呟きながら、思わずその少女の方へ飛んで行く。
少女の近くに舞い降りたリリィは、声をかけることに決めた。「あなた、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」
ミアは一瞬驚いたように顔を上げ、目をこすった。「あれ? まさか、妖精…?」
「そうだよ、私はリリィ。君はミアだね?」
ミアは少し戸惑いながらも頷く。「でも、どうして私の前に…?」
リリィはにっこりと微笑んだ。「あなたが悲しそうにしているのを見たから、少しお話ししたくなっただけ。」
ミアは一息つくと、小さな声で言った。「実は、私は最近、花屋を継ぐことに迷っているの。父は病気で、今は私が店を守らなければならない。でも、どうしても心が花屋に向かないの…」
リリィは優しく頷きながら、小さな手を差し出した。「でも、あなたにはきっと大切なことがあるはず。心の中で何かを探しているんでしょう?」
「うん、でもどうしても…」
リリィはミアの胸に、ほんの少しだけ光を放つ小さな羽をかざした。その光がゆっくりと広がり、ミアの心を包み込むように感じられた。
「花屋が嫌なわけではないけれど、本当にやりたいことが他にあるはず。もしも勇気を出して、自分の道を進んでみたら、きっと何か素敵なことが待っているよ。」
ミアはしばらく黙ってリリィを見つめていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。「ありがとう、リリィ。私、もう少しだけ自分の気持ちに素直になってみる。」
その後、ミアはしばらくリリィと話しながら、自分の心の中に抱えていた迷いを少しずつ解きほぐしていった。リリィの存在が、彼女に新たな希望を与えたようだった。
月明かりの下、リリィはふわりと舞い上がり、夜空へと帰っていった。彼女の小さな背中を見送るミアは、少しだけ心が軽くなったように感じた。
そして、夜が明ける頃、ミアは決意を新たにした。花屋を続けることに決めたが、それと同時に、今度は自分の本当の夢を追いかけるための一歩を踏み出すことにした。
リリィが教えてくれたように、心の中にある小さな光を信じること。それが、彼女にとって何より大切なことだと気づいたから。
月明かりの妖精 辛巳奈美(かのうみなみ) @cornu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます