妖精さんの仕業ということにしておこう

澤田慎梧

妖精さんの仕業ということにしておこう

 小さなIT企業に勤めていた時のことだ。


「あれ~? また『妖精さん』が出たぞ?」


 終電も近付いた夜遅く。オフィスにそんな声が響くことがよくあった。

 ――この頃、会社ではサービス残業が当たり前で、デスマーチ中のプログラマ達が阿鼻叫喚のプログラム地獄に陥っていることが多かった。

 殆どのプログラマは終電ぎりぎりまで、一部の剛の者は会社に泊まってまでプロジェクト完遂にその身を捧げていた。


 ……まあ、普通にブラック企業であるが、それはさておき。


 プロジェクトも終盤。いよいよ納品期限が間近に迫ってくると、「妖精さん」が度々現れていたのだ。

 もちろん、「妖精」と言っても虫の羽の生えた可愛らしい小人のアレではない。


 無理な残業を続けていれば、当然ミスだって増えていく。

 プログラムのミスは、バグを発生させる。

 プロジェクトが終盤に差し掛かれば差し掛かる程、バグも多発するという悪循環がそこにあった。


 そんな時、よく現れたのが「妖精さん」だ。

 「妖精さん」は、プログラマ達が頭を悩ませるバグを、いつの間にか直してくれる救世主のような存在だった。

 忙しさに追われ放置していたバグが、誰も気づかない内に修正されている――そんな現象が度々起こり、それを「妖精さんが出た」と称していた、という訳だ。


 プログラムの修正履歴をチェックしても、第三者がいじった形跡はない。

 けれども、作業したことになっている当人には全く記憶がない。

 だから、「妖精さんの仕業」。


 ――実際のところは睡眠不足で脳内麻薬ドバドバ出まくっているプログラマが無意識のうちに自分で直していた、という辺りなのだろうが、そこはそれ。

 誰も「お前が無意識に直したんだろ!」と言わなかった。

 そんな、ブラック企業でデスマーチ漬けになっているから「ゾーン」に入りました……みたいな悲しい現実は、誰だって直視したくないのだ。


 さて、それからン年経ったわけだが……何故、今更こんな話をしているかというと、今まさに私の前に「妖精さん」が現れたからだった。

 もちろん、羽の生えた美しい小人さんの方ではなく、誰にも気付かれず作業を進めてくれるアレの方だ。


 そいつは、カクヨムでKAC2025が始まってから現れるようになった。

 詳細は伏せるが、今の私は体調があまりよろしくない。その為、今回のKACは不参加でいるつもりだった。

 ……のだが、第一回「おひなさま」の締め切り間近にカクヨムのワークスペースを開いたところ、見知らぬ作品が下書き保存されていることに気付いたのだ。


 田舎に移住した夫婦がお雛様にまつわる恐ろしい体験をする掌編ホラーで、その筆致は確かに私の物に思えた。

 けれども、覚えがない。


 「もしやアカウントをハックされたのでは?」とも思い、色々とチェックしたのだが、その形跡はない。

 そればかりか、愛用のメモ帳に全く覚えのない「おひなさま ホラー 田舎」という走り書きまであったではないか!


 私は恐怖すると共に、「これは面白いのではないか?」と作品をカクヨムで公開することに決めた。

 そう。後日、この出来事そのものを書けば面白いネタになると思ったのだ。

 そして、こうも思った。「次のお題の作品も妖精さんが書いてくれないかな?」と。


 ――果たして、その願望は叶うことになった。

 次のテーマが発表された翌日、またもやカクヨムのワークスペースに見知らぬ作品が下書き保存されていたのだ。

 ライバル同士が戦場で悲しい別れを迎える掌編だった。

 これまた、私の筆致としか思えない。

 今度はメモ帳に走り書きはなかったが……。


 私はその作品も公開することに決めた。


 さてさて、こうなると三作品目以降にも期待せざるを得ないな。

 頼みましたよ、「妖精さん」。

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