【KAC20253 妖精】夜半に誘う妖精郷

羽鳥(眞城白歌)

四月四日 夕刻


 わたしの本当のお母さんは、妖精かもしれません。


 今日、親戚のおばさんが「千花ちゃん鬼子みたいね」って話しているのを聞きました。わたしは鬼みたいに強くもないのに変なのって思ったので、帰ってからお父さんの辞書で調べてみました。親に似ていない子や異様なすがたで生まれた子供を、鬼子っていうそうです。

 わたし、そんなにお母さんやお父さんと似てないかなぁ。


 納得いかなかったのでもっと調べてみたら、ヨーロッパの伝承で「取り替え子」というものが出てきました。わたしは体が弱いので、こっちのほうがありそうです。みんなに見えないものがわたしにだけ見えるのも、妖精の子だって考えれば納得できるかも。


 取り替え子は、親に見やぶられると妖精の世界へ帰されてしまうそうです。わたしはお父さんとお母さんのことが好きなので、まだ帰されたくありません。

 見やぶられないように、気をつけなきゃ。




「取り替え子、か……。あの伝承も現代では、病気や発育不全の理由づけと考えられているらしいけど」

「こっ、子供のころの妄想だったんです……! ううっ、恥ずかしいです。自分を妖精だと思い込んでたなんて……」


 参考になるかと開いた昔の日記で、当時の痛すぎる妄想がつまびらかにされてしまい、わたしは恥ずかしすぎて顔を覆った。

 指の間から覗き見ていると、ゆうさんは開いていた分厚い事典を閉じ、ノートパソコンを出して立ちあげた。笑われなかったのは良かったけど、真剣に考えている横顔を見ればやっぱり気まずい。


「伝承の真偽はどうあれ、妖精が存在しないということにはならないしな。そのかごにいるのが本当になら、何とかしないと」

「……はい」


 ブラウザの検索窓に「妖精 食事」と打ち込んで調べ始めた悠さんを見てから、わたしは手元に視線を落とす。ガーゼハンカチを敷いた100均製の編み籠には、淡く光る何かがうずくまっていた。

 透明な四枚翅よんまいばねが生えた、小さな人型っぽい姿のいきもの。誰が見ても十中八九、妖精だと言いそうな存在。ただしその誰かに見えたなら、だけど。

 

「妖精といっても幅広いからな。ゲームの区分は都合良くアレンジされたもので当てにならないし、大元の伝承は諸説がありすぎて真偽が不明。言葉が通じるなら聞けばいいが……」

「わたしは見えるだけで、言葉はわからなくて」

「そうだよな、種族が違うし。……蜂蜜はちみつはどうだろう。あと、月の光」


 有力な情報がヒットしたのか、悠さんが自問自答しながら立ちあがる。蜂蜜は確か棚に瓶があったと思うけど、月の光って食べ物なの?

 ここは都会で夜でも空が明るいから、窓の側に置いてカーテンを開けたとしても、差し込んでくるのは人工的な明かりでしかない気がする。


 わたしがぐるぐると不毛な想像を巡らせている間に、悠さんはキッチンで用意を終わらせたらしい。お酒用のお猪口に白湯で溶いた蜂蜜を入れて、手渡してくれた。

 戸惑うわたしと籠を見比べて、ちょっと困ったように微笑む。


「俺には見えないから、千花ちかさんに任せるよ。どんな状態かは想像するしかないが……こぼれないように気をつけて、籠に入れてあげたらいいんじゃないか」

「はい。でも……この子、一人で飲めるでしょうか」

「その籠に収まるサイズの妖精から見れば、俺たちは巨大グマか巨大ドラゴンだ。言葉が通じないならなおのこと、そっとして様子を見たほうがいいと思う」


 つい巨大なヒグマが覆いかぶさってくる図を想像してしまい、わたしは震えあがった。そうだよね、弱った妖精さんにとって人間は怖い存在だと思う。

 明るくしてあげるのがいいのか暗いほうが休まるのか、判断に悩むけど、身体の光具合が弱っているように見えたので、窓辺に置いてあげることにした。この判断が間違っていませんように。



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