猫の妖精、アイドルになる
月這山中
🐈🐈🐈
「ということで、よろしくお願いします」
綺麗に三つ指ついてトラは言った。
三か月前から地域猫として面倒を見ていて、自分もたまに撫でてやったりもしたのだが、突然正座して喋り出すとは思わなかった。
「わたくしアイドルとしてやっていきますので」
「あてはあるのか?」
「事務所は門前払いでした。母が今年二歳なので保護者として認めてもらえません」
猫ならではの悩みを言いながらトラは毛づくろいを始める。ストレスを感じる質問だったらしい。
「あー……なろうか? 保護者」
手を上げてみる。トラの髭が震える。
「よろしいのですか?」
「同じ地域に居るんだしな」
「ありがとうございます。早速事務所へ向かいましょう。」
尻尾を立てたトラについていった。
テナントビルに入っている芸能事務所に訪問する。
「だめだよ」
門前払いを食らった。
「この子喋ってるじゃない。化け猫はうちはお断り」
「化け猫じゃなくて妖精です。アフレコの必要ありませんよ」
「だめだめ。絶対だめ」
取り付く島もなかった。
「仕方ありません。別の事務所へ向かいましょう」
候補はいくつかあるようだった。
「だめだね」
「無理です」
「魔女の手先よ、去れ!」
すべて門前払いだった。酷いところでは箒で叩き出された。
「仕方ないな。作るか事務所」
自分が提案すると、トラの髭が震える。
「よろしいのですか?」
「悔しいだろ。トップアイドルになってやろう」
「ありがとうございます。地域猫一同感謝を表明します」
尻尾を立てたトラに足をこすられた。
アパートの一室をもう一つ借りて『アイドル事務所 ちいきねこ』という看板を取り付けた。
翌朝、枕元に大量のスズメやヤモリの遺体が転がっていた。
「感謝の表明か」
ちょっと驚いたが冷静に処理した。
ちいきねこの経営を始めて三日、初めてのオファーが入った。
「今度オープンするペットホテルのCMなんです」
「受けます!」
トラはやる気だった。
「モデルウォーク、トーク技術も磨いてきました! いつでもやれます!」
「二足歩行、おしゃべり、その他猫らしからぬ行動は無しでお願いします」
「ぐっ」
すごく残念そうだった。
CM撮影は順調に始まって、終わった。
トラは終始カメラの前で澄ました顔で座っていた。
「モデルウォーク……」
まだ未練があるらしい。
「いつかお披露目できるよ」
自分はよくわからない励ましをした。
一か月後、初めての給与が発生した。
「すみません、自分猫なので銀行口座がなくて」
「じゃあ現物支給で」
おやつを取り出す。トラの髭が揺れた。
お皿に開けると顔を突っ込んで食べ始めた。
「うまいなあ、うまいなあ」
「しゃべる猫の動画みたいになってる」
その様子を撮影した。
動画サイトに上げたらそこそこ再生数が稼げた。
事務所の経営はしばらく大丈夫だろう。
了
猫の妖精、アイドルになる 月這山中 @mooncreeper
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