後
「……え?」
「大森さん、執筆活動もされていると聞きました」
「え、ど、どどどこからですか?」
酸欠状態みたいに口をパクパクさせながら、雄星が訊ねる。
「インターネットに」
「え……?」
そのままポカリと口を開けて、腰が落ちた状態で立ち止まる。
「まーまー、何はともあれ、ね。で、テレビで見たんですけども、青木さんなんかは、企画力に長けていらっしゃると」
「え、私ですか? いやあ、そんなぁ」
和花は頬を緩ませながら、チラリと陸玖を見て舌を出した。
「なので、面白い企画を作っていただきたいんですよ」
雄星が不安げな顔を、陸玖が敵愾心剥き出しの鋭い目線を、向けている。
「もちろん、やらせてください!」
和花は、真っすぐにその丸い目を町長に向け、答えた。
「良いんですか?! それでは、お任せしてもよろしいですか?」
「お任せください!」
「ありがとうございます!」
和花はバンから降りて町長に駆け、ガッチリ握手を交わした。
「……マジで」
陸玖が、短い声で言った。
***
中には、五人の男女がいた。
「あ、どーもこんにちは、BOOK MARKですー」
和花がペコペコと頭を下げながら、彼らに近づいていく。
「カメラOKですよね?」
と、メジャーリーグのキャップを逆に構えた男が、スマートフォンを取り出して言う。
「あーもちろんもちろん」
「投稿はOK?」
「あー、それは、三カ月後の今日になれば解禁です」
「はい?」
男は、ザ・キョトンというような顔をした。
「それまでに、うちの店長・大森が文章を書いて、雑誌に記事を寄せるので。それまでは、世に出さないようにお願いします。神羅万象っていう雑誌なんですけど」
「あー、あれね……。分かりました」
男は一つ、頷いて、スマートフォンをポケットにしまった。
「はぁ? いや、雑誌に出るまでなんて待てるか? そもそも、こいつがどんだけ文章上手いかも分かんねえし、実際に載るかも分かんねーだろ?」
低身長に白のTシャツの男が、いきなり雄星の胸倉を掴んだ。
「あ、いやーすみません、町の肝いりのプロジェクトでもあるので……」
「知るか! 俺に用があんのはこの町じゃなくて蝶間林マチコなんだよ!」
パン!
と、肉が弾けるような音がした。
「サルみてえにギャーギャー騒いでんじゃねえ!」
陸玖が、額を押さえながら言った。
クックック、と笑って。
「せっかくとんでもないもんを見せてやれるかもしれねえってのに、帰らせてほしいのか?」
赤いスニーカーを手で擦っている。
そんなボーイッシュな女を、小柄な男は害虫を踏み潰してしまったような表情で見つめていた。
「それじゃ、行きましょうか」
陸玖は立ち上がり、髪を結び直しながら、雄星と和花の方を向いた。
「イヒヒッ」
そして、可愛げあるペットの蛇のように、舌をチラリと出してみせた。
「何が入ってるんすかねえ」
「『時代に忘れたもの』ってどういうものなんですかねぇ」
そんなことを話しながら、一同は家の中を探し回る。
ギシィ、ギシィ、ギシィ
どこか重たい、地面の軋む音。
「第一、本当に家の中にあるかも分かんなくない?」
「それもそうか」
「あっ、ちょっと、見てください!」
と、奥の方で声が上がった。
「行ってみます」
雄星が一番最初に立ち上がり、声のなった方へ走る。
閉じられた仏壇の手前にある押し入れに、服が埃まみれになった、高校生くらいの女子が座っていた。
「これ、日記じゃないですか?」
そう言って見せたのは、しわくちゃになっている冊子。
「ちょっと、見せてください」
雄星は手に取って、慎重にページを捲る。
と、二ページ目で、彼の手が止まった。
「……やってくれたね」
黒目を刺すように、一点を凝視すると、ニヤリと口角が上がる。
「『三月二十二日 キラキラした粉をまいてる、虫みたいな羽が生えたちっちゃな人が三人いた。裏山のヒミツキチに。色々話したけど、ここではナイショ』」
眼鏡の位置を直して、雄星は口元にメガホンを作って叫ぶ。
「裏山の、秘密基地に、時代に忘れたものがあるらしい!」
襖の向こうがにわかにざわつき、熱を帯びてくるのを感じたか、雄星も手を頬で拭って、立ち上がろうとした。
「ちょっと待ってください、これ」
と、女子は日記を正座で指さしたまま。
「ん……? 次の日、『軍人が家に来て、食べ物をぶんどった。お父さんはなぐられた。あの人たちが昨日言ったことは、やっぱり正解だった。時代は、社会を、人間を、忘れてってる』……」
雄星は、眉間を深くして、顔を上げた。
「……ひとまず、行こうか」
「はい」
その女子を立たせて、部屋を出ていく。
一度、チラリと床に置かれたままの日記に目をやったが、まだ険しくなった顔は解けなかった。
滝が落ちるような音が、山中から聞こえる。
「秘密基地っぽい場所なんてあるか……?」
山というよりは、やや大きな丘ほどの大きさ。
「これ、見つかるか……?」
雄星の顔は、心なしか、ほうれい線が深くなっているようだ。
と。
「キャアアアアアアアアッ!」
かなり高い悲鳴が聞こえた。それも、二重に。ザザザザッ、と土の削れる音も。
雄星の瞼に力が入った。
「どうしたっ? 大丈夫かっ?!」
山の獣のように、泥を跳ねさせながら走る。
崖の下に、二人の女があおむけに倒れていた。
「大丈夫か?!」
「大丈夫ですぅ……」
和花と、先程の高校生くらいの女子。
二階の窓から見下ろすくらいの高さ。が、衣服に塗れたものから見るに、柔らかい泥と、大量の落ち葉が衝撃を和らげてくれたらしい。
「ちょっと待て、今降りるから」
雄星は、急な坂のようになっているところから、小走りでそこに降りる。
と。
「……なんか、変なもの無いか?」
臭いを嗅ぐように鼻を動かしたり、黒目を小刻みに動かしたり、フゥ、と息を吐いたり。
「なんていうか、金箔みたいな……」
「ちょっと待ってください、あれ!」
和花が一気に立ち上がって、笹林の方を指さす。
そこには、三つの、人の形をした何かが、キラキラと金粉を纏い舞っていた。
人の形は、黄色い光にも見えるし、影にも見える。
ただ、確かに三人の小人が、パタパタと羽をはためかせて楽しそうに宙を舞っていた。
「……すごい」
三人の小人は、パソコンの更新画面のように、クルクル回りながら、笹林の奥へ消えていった。
「……あれ、妖精ですかね?」
雄星たちは、笹林の方を、魂を抜かれたような表情で見ていたが、そこで和花が一言呟いた。
「……かもしれないな」
「いるん、ですね……」
雄星と、女子がそれぞれ、溜息の延長のような声で言う。
「……ん?」
と、女子が、自身の尻の下の葉をさすった。
そのまま、スクリと立ち上がり、妖精らしきものがいた辺りへ一人、歩いてゆく。
「……これ、見てくださいよ」
スタスタと歩いていた足が、ふと止まった。
彼女はそのまま、その場にしゃがみ込んで、地面を掘り始める。
「ん、どうした……」
と、続きを雄星はフェーズアウトさせて、息を呑みこんだ。
目を見開いた、揃いの顔で和花と見合う。
「箱が、……箱が、土に埋まってます」
二人は、競うように駆け出した。
そのまま、土下座するような勢いで膝をつく。
「……本当だ」
土から半分露出した、焦げ茶色の木箱。
「……大森さん」
「……わかった」
雄星は、前腕を強張らせながら、両手でそれを掘り出した。
箱についた、輝く金の金具を、そっと、外す。
カパリ
蓋が、口を開けた。
中からは、古いはずなのに、まるで新居のような、澄んで香しい匂い。
「……なんですか、これ」
中から出てきたのは、メモ帳だった。
それも、ごく最近手に入れたかのようなデザインと素材。
『異種間交換日記』
タイトルには、筆文字でそう書かれていた。
中には、妖精、神、悪魔、鳥、そして人間……と、多種多様な生物が、『どうすれば、私たちは共栄できる?』という質問に答える、という内容。
最後に、ページに字を刻んでいるのが、蝶間林マチコだった。
『どうすれば共栄できるのか。今、世界はめちゃくちゃになりかけていて、ここまでこの日記を書いた人のものも読んだけど、答えは分からない。ただ、分かり合ってともに生きようとし続けることだけは、無くてはならないと思う』
そして、もう一枚、『322』と書かれた、淡いピンク色のカードが入っていた。
『信じて頼る』
そう一言、カードには書かれている。
「……時代に忘れたもの、か」
雄星は、気づけば光が一筋差してきた空を見上げた。
「……蝶間林マチコ、すげえな。もう一回、人間がまた、互いを信じられなくなりかけてる時代に、これを送り届けてくるなんて」
女性二人も、同じように空を見上げる。
三人は、眩しそうな顔をして、さえずりを始めた鳥を目で追った。
「あ!」
と、和花が声を上げた。
「虹だ!」
「えっ」
色とりどりの円い橋は、世界の端から端へと、だんだん伸びていく。
「おうい! 見つけたぞ! 僕たちが、“忘れてた”ものを!」
雄星が、山の中の方へ叫んだ。
「えっ、本当ですか?」
「そのままでいてよ?!」
草木を掻き分けるひとの気配が、彼らの方へ、たくさん近づいてきた。
(終)
『蝶間林マチコの大予言』 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
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