『蝶間林マチコの大予言』
DITinoue(上楽竜文)
前
噂は本当だった。
『
そう書かれた立て札の先に、お化けが舌を出してひょろり出てきそうな民家が建っている。 瓦は歪んでいたり外れているところもあれば、土壁もひび割れていた。
三月二十二日、日にちに不釣り合いな、凍てつく空気の冷たさである。
「こんなざあざあ降りの雨の笹林の中にポツンと建ってるって、もう心霊スポット確定じゃないですか……?」
和花は、顔を青白くして言った。
「えええ? そんなのでビビる? ホラー小説なんて売れないでしょ」
陸玖は、手を和花の顔の前でゆらゆら揺らして笑う。
「……ちょ、これ、何だ?」
小突き合う二人を雨の中のノイズにしたように、雄星は家の方へ近づいていく。
『蝶間林マチコに、自分の未来の予言を占ってもらおう!』
と書かれた木の板と、札がたくさん入った箱、筆と硯が、玄関前にあった。
「これがねぇ、もう大好評で。近くに、古民家を改装した飲食店も増えましたし、蝶間林マチコグッズを作るところもあったりして。情報番組に出ることもありますし、このままどんどん
そう言って町長は、玄関に入ってゆく。
「ちょ、雄星さん! こんな、入って呪われたらどうするんですかぁっ」
「今から妖精探しに行くんだから、入ったら何かの手掛かりにもなるでしょ」
町長に続こうとした雄星の手に、引きちぎるほどの勢いで和花が飛びつく。
それを、片方の眉毛を高く上げて、皮肉めいた笑みを浮かべた陸玖が追い越していった。
***
一カ月前、三蔵町の古民家を改修したビンテージショップの前で本を売っている時のことだった。
「あ、ここ、BOOK MARKさんですよね?」
紫地に明朝体の文字がたくさん踊るという、独特なデザインの傘をさして、スーツ姿の男が近づいてきた。
「あ、はい、そうですが……」
「実は、一つ、お願いに参りました」
「お願い……?」
男は、鞄から一冊の本を取り出した。
「……『蝶間林マチコの大予言』?」
薄い文庫本くらいのサイズの、糸綴じで作られた本。
表紙は、ザラザラ、和紙の感触。
「あの、ノストラダムスの大予言なら、入っているのですが……」
和花が、車の中に入っていこうとしたところを、男が声で止める。
「いえ、違うんです。私は、このようなもので」
雄星が慌てて、名刺を受け取る。
「……え、町長さん?!」
「おい、陸玖」
覗き見た陸玖の口を雄星が塞ぐ。
「そうなんです。この、『蝶間林マチコの大予言』は、七十八年前、終戦の一九四五年の二年後に、この町出身の機織りの女性、蝶間林マチコが出版したものです」
自分の肩書には一切触れることなく、町長は目を星のように輝かせる。
「……機織り?」
「例えば、このようなものですね」
と、差していた、独特なデザインの傘を地面に置く。
『六月九日明ける時、全人民に祝される、仁義あるめぐり逢いがあるだろう』
『これが、世界に敗れた国か。そう世界が腰抜かす日が、十九年後経てば来る』
『九十五の災難にも、一億の人を以てすれば、人の結びつきはより大きい』
「……これって?」
「それぞれ、平成天皇のご結婚、一九六四年東京オリンピックでの日本のメダルラッシュ、阪神淡路大震災でのボランティアの広まりを予言したものです」
「……はあ」
確かに、そう言われるとそんな気もするが。
「他にもあるので、どうぞ本を捲ってください」
表紙を捲ったところに、町長が覗き込んできたので、雄星は眉をハの字にしてページを捲る。
『五年に連なり、終わり、始まり(五十五年体制終焉、細川護熙連立政権誕生)』
『最上の米も、不測の時に割れることがあるので注意せねばならない。しかも、それは時として内から発生する(アメリカ同時多発テロ)』
『一に、純粋な旋風を、人民は求めている(小泉純一郎内閣誕生)』
『人々の疑問、破るべく。大が黒なら小も黒なり(オバマ大統領就任)』
『はやぶさは永遠には飛べない。それならば、如何に思われる終わりを見せるかが、人の技術の見せどころでないか(はやぶさ地球に帰還)』
「ははあ……なるほど、確かに面白いですね」
「パッと見るとね、人間に対するマチコの教えにも見えるのですが、そう考えればそう思える、というのもありますよね」
「ほぉ……見つけた人、凄いな」
「マチコは、この本の元となる、『蝶間林マチコ 遺言録』を出してすぐに亡くなったんです。終戦から三年のことだったので、栄養失調などが原因だったのかもしれません。十七歳没でした」
「へえ……えっ、十七歳ですか?」
町長の言葉の中に入っていた、馴染まない数字。
「そうなんです。実は、蝶間林マチコは、この辺りでは結構『とんでもない子供』として言われていて。ここを見てください」
町長が、本の一番最後のページを見せた。
『零歳 生まれて、二カ月で歩き出す。
三歳 お経の意味を解読しようとし始める。
六歳 学校に入ると、習っていないはずの漢字や、古語的な言い回しを多用。
七歳 精神異常とみなされ、教師に何度も体罰を受ける。
八歳 仏教に否定的なことを言い始める。
九歳 教科書の裏に、カタカナで、意味があるかも分からない呪文を書きだす。
十歳 疎開。疎開先に着いてすぐに、敗戦を示すようなことを言い出す。
十一歳 軍部がのちに裁かれる、という意味合いのことを夜に言い出す。
十二歳 ×××××××××と言う。
十三歳 終戦。玉音放送で天皇が話したいくらかを、五時間前に言葉にする。
十四歳 髪を剃り、家の傍の鶏小屋に引きこもる。
十五歳 彼女の動向を、ほとんど知らない。
十六歳 何かを書き記して、間もなく死亡』
「……詳しくは書いてないですけど、なんかとんでもない人間だった感じなんですね」
「まあ、ちょっと誇張されてるだけなのかもしれませんがね……」
が、雄星はジロリと、十二歳で話した×××××××××を睨んでいた。
「これは、何を言ったんでしょうか……」
「ここはね、オカルト好きの間でも考察が繰り広げられているんですよ。でね、ここで本題に入ります」
町長は、雄星の手から本を奪い、一瞬でページを開く。
「これなんですけど」
『七十七年後の今日、三人の妖精が「時代に忘れた物」を暗に示すだろう……』
「妖精? いきなりピュアですね」
「でも、暗く示すって、どうよ?」
和花と陸玖が、二人並んで腕を組んでいる。
「でね、その、七十七年後の今日っていうのが、ちょうど一カ月後、BOOK MARKさんにここに来ていただける日、三月二十二日なんですよ」
町長は、鼻を膨らませて言った。
「で、三人が暗に示すっていうのが、“さん”が“くら”に示す、とも言えるわけです」
「……んー、まあ、はい」
雄星は、わざとらしい笑みを浮かべて、乾いた声を零した。
「つまり、これは“さん”の“くら”、出身地である三蔵に妖精が出る、ということなのでしょう!」
町長は、一人、大きな手で拍手をする。
軽自動車が、随分なスピードで通り過ぎた。
「は、なるほど……?」
「なので、BOOK MARKさんにお願いに参ったのです」
「はあ」
「妖精を探して、その過程を出版していただけませんか?」
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