Depth19 報酬
太陽が沈んで少し経った頃、佐久間はC-SOTの面々を引き連れて戻ってきた。猪俣と小日向に加え矢切が来ている。
「……きたか……いくぞ」
太陽は能力を解除して姿を見せ、痛みをこらえながらよろよろと立ち上がった。
「待て。治療が先だ……メディック!」
矢切が足早に近づくとカブトガニのバディが現れる。そして、傷の具合を確認するとすぐに、しっぽの注射針を刺して青い液体が太陽の身体に流れ込んだ。太陽は怪訝な面持ちだったが、抵抗する気力もないようで、再びその場で座って治療を受けていた。
「こりゃひでえな。バールかなんかでやられたか?」
太陽は首を振った。「ただの蹴りだ」そう言って目を閉じて天を仰ぐ。「バケモンだなそりゃ……」矢切は会話も交えつつテキパキと処置を施した。
そして、一通りの緊急措置を終えると、猪俣を除く4人でジョーたちの元へ向かった。猪俣は警察本部への帰還のため心海に残る形である。話し合いの結果、地上戦でも経験豊富な4人が現地へと向かうことになったのだ。
だが、結論から言えばそこはすでにもぬけの殻だった。指紋くらいは残されているかもしれないが、何か手掛かりになりそうなものは何1つ残されていない。地上では八代と串呂を含め警察も向かってきているのだが、おそらくはほぼ無駄足だろう。車か何かで逃げたのか、あるいは他の地点にダイブして逃げおおせたのかもしれない。ジョーの能力ならそれも可能だと思えた。
「仕方がありません。今日はもう十分でしょう。彼らの情報はそこそこ手に入りました。この物件の情報も調べれば、なんらかの手がかりも掴めるかもしれません」
もう陽も陰り始めていた。実際、今日の成果で言えば十分だろう。だが、太陽だけは少し不満げだった。ジョーに手が届きうる最大のチャンスを逃したのである。いっとき勝ちを確信したことで、期待も大きかった分、失望も大きかった。
「戻りましょう……ひっさしぶりに疲れましたよぉ!」
「1つだけ……共有しておくことがある。ただし、ジョーについての情報は進捗があれば引き続き俺にもよこせ」
小日向のこえを遮る形で太陽はそう前置きをして周りの反応を伺う。そして、淡々と驚きの事実を告げた。
「……奴らの1人。神宮寺に盗聴器を仕掛けた。その情報を共有してやってもいい。その代わりだ」
佐久間含む面々は驚きと興味に満ちた反応をした。どうやら、銃を懐から抜き取る際に仕掛けておいたらしい。
「奴はあのスーツにこだわりがある。一張羅だろうな。人と会うときは毎回あれを着てくる。言いたいことは分かるな?」
つまり、人と話し合う場……やつらの有力な情報が握れる可能性は高い。
「ふむ……それは、重要な情報源になるでしょうね。お互いに情報共有を続ける。それでいいのではないでしょうか?」
「一応、八代さんには確認をとるが、正直に言って俺もアリだと思う」
佐久間に続いて、矢切も頷いた。小日向も異論はないらしい。そうして八代もそれを了承して、太陽とC-SOTはしばらくの間、協力体制を築くことになった。
「勘違いするな。俺はジョーを追いたいだけだ。お前らとじゃれ合うつもりはない」
一度警視庁へと戻り、去り際に彼は告げる。どうも生暖かい視線を送られているようだったが、本人は全く気付いていなかった。その背中を追って佐久間が声をかける。
「報酬の件……なにかご希望はありますか?」
「……ああ、1人紹介したい奴がいる。前科持ちだが腕は確かだ。そいつをお前の部隊かアイツらに入れることは可能か?」
太陽は首でアイツら、つまりC-SOTの面々を指し示す。
「それが報酬……ですか?」佐久間は興味深そうにしげしげと太陽を眺め、言葉を続けた。「てっきりもっと過激で非合法的なことかと思っていましたが……」佐久間は笑う。それは彼の”興味深い人間リスト”に入ってしまったかのような不安を与える笑みだった。
「詳細は後で連絡する。考えておいてくれ」
太陽は早足で佐久間から離れ警察を後にした。日は暮れて月が輝いている。長い一日だった。
――
それから数日間、太陽は傷をいやしつつ、情報の共有を行って独自に奴らの足跡を整理した。警察の捜査も進みオトヒメ含めかなりの情報を得ることができたし、なによりも、彼の仕掛けた盗聴器による成果も大きい。それら複数の情報源によって奴らの巨大な計画が徐々に明らかになった。
奴らが行おうとしていること。それは……全国規模での同時多発的なテロ行為である。厄介なのは、それが計画性のあるテロ行為ではないことだ。複数の地点で、地上での殺戮ののちダイブして逃亡を図るという内容で、具体性は一切分からない。それは個人やチームに一任されているらしく、その多くは、ただ現状の生活に不満を持った暴れたい連中を焚き付けただけ。それを同時に行うことで日本の法秩序を揺るがそうと呼びかけただけにすぎない。例の拡散された動画は一般向けというよりはむしろ、心海を知る者達への呼び水であり、この計画を行うシンパを募るためのものだったようだ。
「思っていたよりも、でかい花火を上げるつもりらしいねぇ」
珍しく太陽の持つ情報について熱心に聞きたがった女王蜘蛛は、その内容を知って少なからず驚いたようだった。おそらく彼女ならば、ジョーやオトヒメが裏で暗躍していたことは知っていたのだろうが、ここまでの事態は想定していなかったらしい。いつも通りキセルをふかしているが、楽しそうに笑っているようにも見えた。
「ディープロード……知っているか?」
「ふふ、知っているさ。心海の奥底に潜んでるとかっていう神話の化け物だろう?人類の大災害を起こしたとされている怪物……本当にいるのかは知らないけどねぇ」
「この計画にその化け物が関わっていると思うか?」
太陽は至ってまじめに訊いたのだが、女王蜘蛛は大層おかしいというように声を上げて笑った。
「ああ可笑しい……どうだろうねぇ……。そんな奴がいるなら、神話の中では大層な小物だろうさ」
そこまで笑うことか?太陽は訝しく思いつつも、さらに尋ねる。今日はどうやら機嫌がいいらしい。
「じゃあ、奴らの目的はなんだと思う?」
彼女はふぅと息を吐いて呼吸を落ち着けた。そしてキセルから煙草を吸い、口元を綻ばせて煙を吐き出す。「そうだねぇ……」頬杖を突き、上目に天井を眺めた。
「アタシには、自由を求めて泣き喚く幼稚な
その言葉はいつになく艶っぽい響きを持っていて、しみじみと感じられた。それはジョーに向けて放たれたものなのか、誰か別の人間を思い浮かべて発せられたのかはわからない。だが、なにか諦めと皮肉に満ちた苦い香りがした。2人はしばし沈黙し、女王蜘蛛が口を開く。
「それでアンタはどうするんだい?
太陽はまさかと言うように首を振る。
「柄じゃない。それに、俺の目的はジョーを殺すことだけだ。他はどうでもいい。それをアイツらが邪魔するなら、その時は殺すさ」
「どうだかねぇ。最近は”殺し”をしてないんだろう?」
「元から無駄な殺しはしない。たまたまだ」
女王蜘蛛は呆れたというように首を振ってニヤニヤと嗤う。「それより」そこから話をそらすように太陽は尋ねた。
「あのおっさんとは連絡がついたのか?」
「ああ、佐久間の坊やからも連絡があったよ。だけどアンタも良くわからないねぇ……もっと貰えるモンもあっただろうに」
「ならいい」
太陽はぶっきらぼうにそう告げた後、背中を向ける。そこに女王蜘蛛は声を投げた。
「奴を殺せたら……アンタはどうするんだい?」
太陽は振り向かずに一度立ち止まったが、何も告げずそのまま部屋を後にした。ジョーを殺す。その後のことはそれから考えればいい。彼はサバイバルナイフの柄を力強く握った。この手で……。そして彼は暗い夜の闇へと姿を消した。
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