Depth18 ディープロード
能力を使った後の太陽は玉座の間についてすぐに3人の男たちの元へ走っていた。すぐに殺したりしなかったのは、敵4人の懐に飛び込んだという状況であり、能力も未知数だったからだ。基本的には佐久間1人に任せれば問題ないだろうという手を抜いた考えもあったし、純粋に彼の戦いぶりを観察してみたい気持ちもあって、潜伏することを選んだのである。
実際に佐久間の戦いぶりは凄まじかった。圧倒的な手数のトライアンドエラーを経て、相手の能力についての情報を素早く収集し、相手に反撃の隙も与えない。オトヒメも相当に強力無比な能力だったため今回は結果として心息切れという形だったが、殆どの相手であればトライアンドエラーの時点で致命的なダメージを受けるに違いない。
その凄まじい攻防のあと、オトヒメが
そうして彼らは5人で地上へと戻った。浮上したのはオトヒメが
そんなアットホームな場所に到着して殆どの者が気を抜いていたのだろうが、神宮寺だけが冷や汗を垂らしていた。急に現れた首元のナイフを見れば誰だってそうなるだろう。
「動くな。動けばこの眼鏡も死ぬし、お前らも死ぬことになる」
太陽は暗い声を発した。実際に、彼ら相手であれば近接格闘戦で勝てる自信もある。警察や最果ての三傑なんかとは違う。一般的な相手であれば負ける気はしなかった。それくらいには鍛え上げている自負もある。
「ばかな……ありえません。透明化にしても気がつくはず……」
「敵の能力を決めつけている時点でお前らの負けだ。懐にある銃は預からせてもらう」
そう言って彼は周囲を鋭く睨みつつ、神宮寺の内ポケットにしまわれていた拳銃を奪い取った。
「さて、ジョーについて知っていることを洗いざらい吐け。有用な情報があれば、お前らをどうこうするつもりはない。もともと興味もないしな」
オトヒメに視線を向けて声をかける。おそらく奴について情報を握っているとすれば彼女だけだろう。
「あら、貴方もジョー様のフアンなのかしら……?わかりますわ。あの御方は心海の王となるべく、神に選ばれしお人ですもの」
そう言って彼女はマスクを優雅に脱いだ後、ポケットから扇子を取り出して仰ぎはじめた。
「動くなと言ったはずだが?」
「ええ、でも息苦しくはなくって?貴方も外したら?」
太陽はそれを無視して話を戻す。神だの王だのと、抽象的でまるで要領を得なかった。
「神だとか王だとかはどうでもいい。奴は今どこにいる?何が目的だ?」
「随分と熱心に追っているのね。でも、ジョー様に逆らおうというなら止めておいた方がいいわ。彼の目的……それは深海に潜む神の意志ですもの。ディープロード……聞いたことはあるかしら?」
ディープロード……?太陽には思い当たらない。彼は黙って睨みつける。
「心海の深淵に君臨する存在……ワタクシたちには及びもつかない存在よ。ワタクシもいつかお会いしてみたいわ……」
オトヒメはうっとりとそう告げる。何かやばい宗教でもやっているのか?その教祖がジョーだとでも言うのだろうか……だが、太陽の持つジョーのイメージとそれはあまりにもかけ離れていた。
「御託はもういい。奴に関する具体的な情報を出せ……。立場をわきまえるんだな。お前らは”詰み”だ」
ダイブしようとも、今の座標のままであれば佐久間が待機しているだろうし、仮にほかの地点にダイブしたとしてもこの場所さえ抑えていれば、
「うふふ。”チェックメイト”というわけね?でもご存知かしら?チェスでは、クイーンをとっても勝利じゃない。キングを取らなくっちゃいけないの」
太陽には理解しがたかった。なぜこんなにもオトヒメは余裕なのか。周りの連中はと言えば、神宮寺は怒り肩で震えているし、若い男はイライラとした様子で爪を噛んでいるし、年配の男も諦めたように腕を組んで俯いている。
その刹那。彼は後ろに気配を感じた。だが、ドアからも離れている上に、誰もいるはずがない。
「俺様の女に手ぇ出してんじゃねぇぞ?ドクズがぁ!」
しかし、やはり真後ろに奴は居た。とっさに振り向くが、間に合わない。鋭く重たい回し蹴りが太陽の脇腹を捉えた。見えたのは金髪をオールバックにした男。耳と唇にはピアスをし、その白い歯はギザギザと尖っていた。強烈な蹴りは素人のそれではない。体重が乗り、芯が通った重たい一撃だった。太陽はそのたった一発の蹴りで意識が飛びそうになり、かなりの距離を吹き飛ばされてガラスに叩きつけられる。
(なんつう筋肉してやがる?)
彼が驚いたのは何よりもその筋肉の密度だ。まるで鉄骨を振りぬかれたかのように錯覚するほどの一撃。おそらくあばら骨が何本も折れているだろう。口からは吐血し、ガラスの破片によって皮膚もズタズタになっていた。それに、太陽が少しでも振り向いていなければ、ナイフが神宮寺の喉に刺さっていただろう。だが奴の蹴りには迷いが微塵もなかった。仲間を……何とも思っていない。
「て……めえ、どっから……」
オトヒメは扇子の裏に隠し持っていたスマホをひらひらと見せびらかした。扇子を取り出した際、同時に手にしていたらしい。会話しながら、奴にテキストでも送ったというわけだ。それにしても解せないのは、奴が後ろから突如現れたことである。ジャンプして現れた?もともとここから心海にもぐっていたのだろうか?だが、心海に電波は届かない。だとすれば能力……?
太陽は混乱する頭をクールダウンしつつ、何とか立ち上がろうとするが、フラフラだった。拳銃も先ほどの衝撃で飛ばされて手の届かない場所にある。不意打ちを食らったのが致命的だった。こんな状態では奴には勝てない。ゴキゴキと首を鳴らしながら歩いてくる仇敵を前にして、太陽は苦渋の決断をした。
「
「逃げんのか?」
そんな声が潜る太陽の頭に残響として響く……。そして彼は先ほどセットしておいた座標、つまり古城の前に降り立っていた。と言っても、立っているのもやっとの状態である。
「ひどい傷ですね。何があったんですか?」
そこにはバディを1体引き連れた佐久間が立っていた。他のオルカは玉座の間あたりに見張りとして立てているのだろう。彼は心配そうに声をかけ、太陽の傷の具合を診た。
「ジョー……だ。奴がいた。俺が今ジャンプすれば、あいつらのところへ、いける」
太陽は出血もひどく、息切れして途切れ途切れに告げた。
「それは得策ではないでしょう。心海戦ならまだしも、地上で私1人では流石に分が悪い。それに、すぐに治療をしなくては、命に関わるかもしれません。私のジャンプで戻って救急車を呼びましょう」
その佐久間の提案に太陽は首を横に振る。
「俺を置いて、C-SOTの連中を呼んで来い……そのあとに俺がジャンプして連れていく」
その眼には強い覚悟があった。ジョーと相まみえたのである。どうしても、例え手がかりだけでも、取り逃がすわけには行かなかった。
「ですが、もし私がいないときに奴らが追ってきた場合……」
「……俺の能力を、知ってるだろ」
そう言って彼はロイを傍らに呼び出した。
「心息は持つんですね?」
「ああ。さっさといけ」
「……わかりました。死なないでくださいね。すぐに彼らを呼んできますから」
そう言って佐久間はオルカに手を当てて地上へと帰還した。それを見届けて太陽はその場にへたり込む。ロイは悲し気に黒い涙を流して鳴いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます