第四章 清華雅

Depth14 オトヒメ様の第一秘書

「さあ、ご覧になって?この養分たちも、ワタクシのために死ねたのだから喜んでいるでしょうね……ウフフ。ワタクシ、また少し若返ってしまったわ。これがバディ能力というものよ。どう?アナタたち一般人も、少しは興味が持てたんじゃないかしら?」


 画面には派手な格好の女が、恐ろしい形相の死体3人と共に映っていた。女の顔立ちはかなり整っていて、透き通る声をしている。アイドルかモデルと言われても信じてしまうだろう、そんな見た目だ。それと対照的に周囲の死体はどれも不自然に干からびていて、まるでミイラのような見た目をしている。しわだらけになった顔は老人のようなのだが、服装はどれも若い人間を思わせるトレンドファッションだった。その不釣り合いな格好の死体に加え、死体を”養分”呼ばわりする女が見ていてとても気持ちが悪い。


「この女……何を考えてる?」


 日高太陽ひだかたいようはスマホに映る動画を見て眉間にしわを寄せながら呟いた。どうにも行動原理が理解できない。彼女はこのご時世に顔をネットにさらけ出し、さらには殺害を認める発言をしていた。強い承認欲求の表れか、それとも何かしらの計算があるのかはわからない。それに加え……。


「心海はとても素敵なところ……心海にユートピアを築くのがワタクシの夢なの……!さあ、能力に目覚めたい者達はワタクシの下へ集いなさいっ!適応できた者にはそれなりの地位を約束しますわ……ウフフ」


 女性は鈴の音のような声で、心海の事をべらべらと喋っていた。自らを”オトヒメ”と名乗り、まるでプリンセスにでもなったかのような口ぶりだ。だが、美しい容姿の女性と悲惨な死体がコラボしたその奇妙な動画は、瞬く間に世間の話題を席巻した。


 動画サイトにアップロードされたこの動画はSNSなどで拡散されて物議をかもし、コメントには「AIすげえ」「心海とか目覚めとかwスピ乙」「めちゃ美人。すこ」「推します」「連絡してみた」「ちょっと目覚めてくる」「人喰い事件の再来キター」「フェイクニュースだろw……だよな?」などと多くの反応が寄せられていた。政府や動画サイト側で取り締まられたのかすぐに動画は削除されたものの、切り抜かれた動画などを含め違法なアップロードが相次ぎ、現状でも収拾はついていない。


 かくいう太陽自身もその違法アップロードされた動画を見ていた。これだけ派手に騒げばすぐにでも公安が動くだろう。奴らは心海のことを世間には知られないよう必死になっていたはずだ。しかし、どうやらテクノロジーの発展は彼らの及ぼす力の範囲を超えてしまったらしい。時代のうねりを感じる出来事とも言える。


 しかし、”オトヒメ”は彼の獲物でもあった。C-SOTの連中よりも先に見つけ出して、ジョーについて情報を得ておきたい。それに、心海にユートピアを築くなどというのはあまりにも気色が悪かった。発言からして適正者を選定するつもりだろうが、もしそんなことになれば多くの死者が出るのは間違いない。心海はそんな甘い夢のような場所などではない。彼自身はそれをよく知っていたし、自分のようなルーカーを生み出したいと思わなかった。


「仕方ない、女王蜘蛛ババアのところに行くか……」


 彼はコートを羽織り女王蜘蛛の元へ向かった。彼女ならおそらく何らかの情報を得ているだろう。間違いなく警察などよりも深く……。


 ――


「アンタも応募してみたらいいんじゃないかい?」


 女王蜘蛛はニヤニヤと笑みを浮かべて太陽を見ていた。彼女はいつも冗談なのか本気なのかを気取らせない妖艶な雰囲気を纏っている。


「それはもう試した。あんたなら何か知ってると思ったが、期待外れだったみたいだな」


「あら、そうかい。見込みなしってことかねぇ」

 

 太陽はそんな彼女を煽ってみるのだが、すげなくやり返されるのだった。彼ははぁと大きくため息を漏らす。


「茶番はいいからさっさと情報を売れ」


「この案件は高くつくけどいいんだね?」


「いや、前回の依頼は罠だった。あんたの落ち度だろ?」


 太陽は鋭く睨みつけるが彼女は笑みを崩さない。


「貸しってわけかい。アンタも言うようになったね」そう言って少し押し黙る。「……草場鉄男。なかなかイイ男だったけど、惜しいことをしたねぇ」彼女は小さくぼやいた。そうしてキセルからじりじりと煙草の乾いた葉が燃える音がしたあと、煙の輪が宙を舞う。そんな様子は太陽にとっても珍しい光景に思えた。


「オトヒメ……ね。アンタ一度こいつから勧誘されてるだろ。覚えてないのかい?」

 

 そして、彼女は脇にあるラップトップを叩いた後、画面を見たまま太陽に告げた。どうやら情報はもらえるらしい。しかし、太陽には思い当たる節がなかった。「勧誘を受けている?」彼はただオウムのように聞き返す。


「少し前の事さ。丸眼鏡の堅苦しい男が来たことがあったろう?」


 太陽は記憶を検索する……確かに一度そんな奴が来たような気はした。あれがオトヒメ?というわけではないだろう。長身で細身の会社員という出で立ちだった。スーツにネクタイ姿。それはこの裏社会ではあまり見ない格好だったので印象には残っている。


「あいつがオトヒメの使いっぱしりさ。ご丁寧に名刺も置いていってるよ……バカだねぇ」


 そう言ってファイルから紙切れを取り出して両面を検め、ふふと噴き出した。


「住所と電話番号まで……まあ、もう居場所は変わっているかもしれないけど……」


 ひとしきり眺めた後、彼女は名刺を回転させながら飛ばす。それはかなりの速さで放たれたが、太陽は難なくキャッチした。”神宮寺慎太郎しんぐうじしんたろう”。その名前の上にはでかでかと「オトヒメ様の第一秘書」と書かれている。わざわざ作ったのだろうか。悪趣味な名刺だ。そこには確かに電話番号と住所に加えメールアドレスまでも記載されている。


 そんな名刺を見て、太陽はその男が来た時のことを少しずつ思い出してきた。確か、こんなやりとりだったはずである。

 

「貴方をルーカー殺しのヒダカと見込んで、オトヒメ様から竜宮城への招待が届いております。こんなことはめったにないことです。さあ、共にユートピアを築こうではありませんか!今なら筆頭配下としてその地位をお約束しますよ!」


 眼鏡の男、神宮寺は心酔したように熱っぽく語った。そうだ、確かにオトヒメという名はこの時に聞いたのだ。だが、当時の太陽はそんなものに微塵も興味がなかったことは言うまでもない。「くだらないな。失せろ」そう辛辣に返したような覚えがある。神宮寺は目をカッと見開いて憤りの表情を浮かべたものの、深呼吸をした後に冷静に告げたのだった。


「……考えを改めたら連絡をください。もし3日以内にご返事がいただけない場合は……それなりの対応をさせていただくことになります。その時に今の態度を後悔しても遅いですよ?」


 そうして彼は名刺を丁寧に手渡すと、その場を後にしたのだった。草場が差し向けられたのはそれから1週間ほど後の事である。太陽は極端に興味がなかったため全く記憶になかったのだが、その名刺を見てやっと思い出した。

 

「詫びだとでも言って連絡してみたらどうだい?食いつくと思うけどね」


 名刺をまじまじと見て目をひそめていた太陽を見て女王蜘蛛は嗤いながら告げた。太陽はまたもため息を漏らし、話題を変える。


「奴らの能力について情報は?」


「欲張りだねぇ……でも、もう貸し借りはなしさ。これ以上は情報料をもらうよ。今流行りの課金ってやつさね」


 そう言って彼女は口から湿った煙を纏った。太陽は乾いた舌打ちをしたが、ポケットから封筒を取り出してテーブルにドサと投げ置く。どうやら彼は無課金ユーザーではなかったらしい。


「……ふん、準備がいいじゃないか。さ、て……あれだけ派手にやらかしているんだ。察しはついているかもしれないけどねぇ、オトヒメの能力は”老化”。煙を使うそうだよ。まあ、詳しいところは分かっちゃいないけどね」


 彼女はキセルを吸い、今度は薄く細い煙を吐き出して言葉をつづけた。

 

「そして神宮寺……奴は不明だね。能力を使っているところを見た人間はいないんだとさ。残念だったね」


 そう言って彼女は膨らんだ封筒を懐にしまおうとする。しかし、太陽はそれを遮るようにひっ掴むと、質問を重ねた。


「割に合わないな。奴らとジョーとのかかわりは?」


 女王蜘蛛は肘をつき、その色っぽい唇を少し歪める。だが観念したように先をつづけた。


「……ジョーのやつがオトヒメを心海に引き込んだのさ。今も繋がりがあるかは分からないけどねぇ。でもどうやら、オトヒメあのおんなはジョーに心酔してるそうだよ。何か情報は持っているかもしれないね。熱狂的なファンというのは時に本人よりも情報を知っているもんさ」


 そして彼女は強引に封筒を奪った。太陽もまだ不服そうではあったものの、仕方ないと首を横に振る。「わかった。もう用はない」そう言って去ろうとする太陽の背中に、彼女は白い煙をまっすぐに吐き出しながら言葉をかけた。


「最近は随分と心海も賑やかになってきたねぇ。今はも日本にいるそうだよ。せいぜい気を付けな」


 それは彼女なりの気遣いなのかもしれないし、ただの世間話なのかもしれなかった。太陽は黙って彼女の元を後にする。癪に障るが謝罪を送るのが接触しやすいだろう……そんなことを考えながら。

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