## パート2:クリスタルローズの女王

昼休み。

学園の中庭は春の陽光に包まれ、学生たちが三々五々集まっていた。俺とトムは木陰のベンチで質素な弁当を広げている。


「マルコスのやつ、お前にだけ厳しすぎるよな」


トムがパンをほおばりながら言う。がっしりとした体格と明るい茶髪が特徴的な彼は、俺とは対照的に常に前向きだ。


「まあ、仕方ないさ。魔法学園で魔法が使えないやつなんて、存在自体が矛盾してるんだから」


自虐的に笑いながら答える。実際、クリスタリア学園は西方王国最高峰の魔法教育機関だ。魔力ゼロの俺がここにいること自体が異常なのだ。


「でもよ、零は理論はめちゃくちゃ詳しいじゃん。俺なんか実技だけでなんとか…」


トムの言葉が途中で途切れた。中庭に微かな騒めきが広がり、学生たちの視線が一斉に同じ方向へ向けられる。


「来たよ、今日も」


俺も視線を向けると、まぶしいばかりの光景が目に入った。


五人の美少女たちが、まるで中庭の空気を支配するかのように歩いてくる。クリスタリア学園の頂点に君臨する「クリスタルローズ」。学園内で最も才能があり、最も美しく、そして最も高慢な彼女たちの登場に、周囲の学生たちはまるで見えない一線を引くように道を開ける。


先頭を歩くのは銀白の長髪を優雅に揺らすエリザベート・クリスタル。学園の名前の由来にもなった名門クリスタル家の一人娘であり、「クリスタルローズ」のリーダー。氷結魔法の天才として知られる彼女の氷のような美しさは、見る者を凍りつかせるほどだ。


その横には炎のような赤髪が特徴的なリリア・ファイアブルーム。常に活発で、エリザベートの右腕的存在。彼女の炎魔法は攻撃力において学生最強と言われている。


少し後ろには漆黒の長髪と神秘的な雰囲気を持つシャーロット・ナイトシェイド。常に本を持ち歩き、「クリスタルローズ」の参謀的役割を担う闇魔法の使い手だ。


その隣を歩く風のように軽やかな水色の髪を持つ少女はアリア・ウィンドソング。風魔法を操る彼女は、グループの中で最も明るく天真爛漫な性格だという。


「なるべく目立たないようにしよう」


俺はトムに小声で言うが、時すでに遅し。エリザベートの鋭い視線が俺たちを捉えていた。


「あら、これは落第組のゼロくんじゃない」


彼女の声は美しいが、その言葉には明らかな軽蔑が含まれている。周囲の学生たちが興味津々の視線を向けてくる。またショーの始まりだ。


「こんにちは、エリザベートさん」


俺は淡々と挨拶を返す。余計な波風を立てないのが最善策だとわかっているからだ。


「今日の魔法理論の授業、あなたがまた惨めな姿を晒していたって聞いたわ」彼女の氷青色の瞳が冷たく光る。「魔力ゼロの分際で、よくもまあ恥ずかしくなく学園に通えるものね」


リリアが腕を組んで鼻で笑う。「魔法が使えないなら、せめて使用人として役に立てばいいのに」


俺は何も言い返せない。彼女たちの言うことは正論だ。魔力ゼロの俺がこの学園にいるのは、ただ父の地位と家柄のおかげ。それ以上でも以下でもない。


「おい、そこまで言うことないだろ」


トムが立ち上がって抗議するが、エリザベートは優雅な手の動きで彼を無視した。


「実演してあげましょうか。本物の魔法とはどういうものか」


彼女が指先を向けると、空気中の水分が凝固し始め、美しい氷の結晶が俺の周りに形成される。一瞬で気温が下がり、俺の体が小刻みに震え始めた。


「おい、やめろよ!」トムが叫ぶ。


俺は震える唇で言った。「大丈夫、慣れてるから」


エリザベートの微笑みが深まる。「ほら、本人も慣れてるって。魔力ゼロくんには、これくらいの刺激がないと退屈でしょう?」


氷の結晶が俺の体を徐々に包み込んでいく。痛いほどの冷たさだが、抵抗しても無駄だ。魔力ゼロの俺には、彼女の魔法を防ぐ術も、反撃する手段もない。


「十分でしょう、エリザ」


静かな声が響いた。シャーロットが本から目を上げて言う。「授業の時間よ」


エリザベートは残念そうな表情を浮かべたが、指を鳴らすと氷の結晶は美しく砕け散った。


「また遊びましょうね、ゼロくん」


彼女たちが立ち去る中、アリアだけが少し申し訳なさそうに俺を見ていた気がする。だが、すぐに彼女も他のメンバーに続いて歩き去った。


「大丈夫か?」トムが心配そうに尋ねる。


「ああ」


俺は震える手で制服の袖を払い、氷の欠片を落とす。こんな屈辱、日常茶飯事だ。


「あんなやつらいつか見返してやれよ」トムが憤慨して言う。


俺は微笑んで答えた。「別に恨んでないよ。彼女たちは彼女たちなりの世界の中で生きてるだけだし」


だが心の中では別の声がつぶやいていた。


「どうせ俺には何もできない」


そう思いながらも、いつか彼女たちを見返してやりたいという気持ちが、胸の奥底でかすかに燻っていた。

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