07 体育祭
そして迎えた、体育祭当日。
1年A組は、待機用のテントのそばに集合していた。
「円陣くむぞ! ほら佐倉、真ん中いけ!」
「え、やだよ! 渡くんがやって!」
渡に背中を押された日奈はそれをかわして、逆に渡の背中を押し返した。
「俺もやだ。じゃあ、品田、頼んだ!」
「え、う、うち!? ムリムリムリ! ……え、ほんとにうちがやんの?!」
渡も身をかわし、結局、亜由里にその大役が回ってきた。
他に託せる者もおらず、亜由里は頭をかきながら円陣の中央へと歩み出た。
「あー……えーっと、僭越ながら……ってか、サボってたうちが言うのもアレだけど」
亜由里の言葉に、クラスメイトがくすくすと笑う。
「正直ずっと、みんなとどう接したらいいのかわかんなかったんだけど……なんか、そういうの吹っ飛んだ! だから、みんなマジでありがとう!」
思いがけず聞けた、亜由里の本音。日奈の鼻の奥が、ツンとなる。
「今日は、みんなで走りきりたい、それだけだ!! 1年A組、行くぞー!!」
「「「「オーーーー!!」」」」
クラス全員の声が、グラウンドに響いた。
浮き立つ気持ちを落ち着かせるかのように、みんな拍手をしたりハイタッチを交わしていた。
開会式を終え、体育祭がはじまった。
鳴海高校の体育祭は、1~3年の縦割りで赤・青・緑の3チームに分けられ、それぞれの競技や応援の総合点で優勝を競う。
2・3年生は、ドローンレースやVRバトルなどの高度な種目も多いが、1年生は単純な運動競技がメインとなる。
「げ。赤組、かなり強くない?」
「3年の体育科がいるもんね~……」
1年A組は、赤組。
蒼佑と日奈は、同じ赤組の3年生の気合いに圧倒されていた。しかし、クラスメイトは意外にも気合いが入っていて。
「瀬名ガンバレー! 迷ったら、俺を借りに来いー! フレ、フレ、瀬ー名!」
「渡、瀬名が睨んでるぞ」
「ほら、紘斗も声出せ!」
借り物競争に出場する瀬名に、渡が声を張り上げる。
紘斗は引きぎみにその姿を見ていたが、A組の数人は、渡のかけ声にあわせて手を叩いていた。
「うわー、特進科だる……」
「“AI組”は黙ってAI探してろよ」
「しっ、聞こえるよ~……」
テントの後列に座る日奈の背後から、不穏な会話聞こえた。
恐らく、特進科を煙たがっているB組の生徒だろう。
(先生たちも、余計な賭け事なんかしなきゃいいのに……)
クラスの団結のための学校行事なのに、クラス間の火種をわざわざ作るのは非効率的だ、と日奈は思う。
とにかく無事に体育祭が終わるよう、願うのみだった。
個人競技の100メートル走や障害物走をこなしつつ、次は1年生女子の団体競技―――ムカデ競争の番だった。
「女子、がんばれ! 走りきれよー!」
「がんばれー」
男子が女子を激励しながら、テントの中でハイタッチを交す。
「佐倉、がんばれよ」
「うん! 応援してね」
紘斗と日奈も、控えめに手のひらを合わせた。
「スタート、落ち着いていくぞー! 日奈、声出し頼んだぞ!」
「はい!」
トラック内に入り、スタートラインから順番に並ぶ。
先頭の亜由里が、振り返ってみんなに声をかけた。長いロープに結ばれたゴムチューブを、それぞれ両足首に結ぶ。
ムカデ競争は、トラック1周の200メートル。一部の女子にとっては、普通に走るだけでも疲れる距離だ。
男子もトラックの内側で、赤の応援旗を持って待機している。
「右からなー! 掛け声は1、2、3、4で、奇数が右!」
「はーい」
亜由里の指示に、A組女子も返事をする。
「ドキドキするね」「転んだらつらい~」などと話しながらも、その表情は楽しげだった。
「位置についてー……よーい!」
ピストルの音が、グラウンドに響く。
「A組、せーの!」
「「「1、2、3、4! 1、2、3、4!」」」
日奈の掛け声で、A組の女子が声を揃えて駆け出した。
スタートは良い方だった。他のクラスが序盤でバランスを崩す中、A組はきれいな隊列のまま前へと進んでいた。
「A組、速いぞ! そのまま、そのまま!」
「「「1、2、3、4! 1、2、3、4!」」」
越智先生も男子に混じって、A組女子と並走するようにトラックの中を走る。
なんとか転ぶことなく、最後の直線に差し掛かろうとした、その時―――
「あっ」
最後尾の日奈が、バランスを崩した。
左足が一瞬、宙に浮いたように軽くなったと思ったら、次の瞬間には地面に体が沈んでいた。
「ストップストップ!」
「佐倉のゴムが切れた!」
トラック内で見ていた男子たちが、前列の女子に向かって叫ぶ。
その声を聞いて日奈はようやく、自分の左足に結んでいたゴムチューブが切れたのだと、理解した。
(な、なんで? あんな頑丈なチューブが切れるなんて。結ぶとき、どうだったっけ。わたしの結び方が悪かった?)
わけもわからず転んだことで、日奈の視界と頭の中はパニック状態だった。
(結び直す? このまま走っていいの? どっちの足から進むんだっけ?)
前にいる女子が必死に日奈を抱き起こそうとしているが、日奈は足に力が入らない。
周りの声が渦のように頭に巡り、思考が定まらない。
「日奈、立て!」
その声で日奈は、ハッとする。
紘斗の声だった。
しゃがんでいる場合じゃない、立たなければ、とようやく意識をとり戻した。
前の女子の手を借り、なんとか立ち上がった。足首のゴム切れているが、それを気にする暇はなかった。
「ごめん! もっかい行きます!」
「「「はいっ!!」」」
日奈が声を張り上げると、女子たちが声を揃えて返事をしてくれた。
その声に背中を押されるように、日奈はもう一度声を張り上げる。
「A組、せーの!」
「「「1、2、3、4! 1、2、3、4!」」」
日奈の掛け声に合わせて、みんなも掛け声を再開し、走り出す。
バランスを崩さぬよう前の動きを必死に見ながら、日奈も懸命に足を動かす。
「2位、A組!!」
ゴールに立っている審判の声が、聞こえた。
前の生徒の背中に抱き着くように、今度は全体がバランスを崩しながら、停止した。
「お前らぁああ、すげぇぞ! 2位! よく走り切った!」
「お疲れー! すごかった!」
息も絶え絶えな女子たちに、越智先生や男子が拍手を送る。
日奈も、荒い呼吸のままその声を聞いた。
喜ばしい反面、自分のせいで転んでしまったのだと、急激に実感してしまった。
「ご、ごめん、なさい……!」
迷惑をかけた、謝らなきゃ、という想いから、思わず零れた言葉。
「いっぱい練習したのに……なのに、わたし……っ! 本当にごめんなさい……!」
泣いちゃいけないと思いながらも、言葉を重ねるたびに目に涙が浮かぶ。
すると、ゴムチューブを解いた亜由里が、グラウンドにしゃがみこむ日奈に抱き着いてきた。
「謝んなよ、日奈! 転んでも必死に声出す日奈に、うちは感動した!」
亜由里の言葉で、日奈の目からはボロボロと涙が零れ落ちていく。
「そうそう。品田ってば、ゴール前に泣いてたんだぜ」
「バラすなよ、渡……!」
渡にからかわれながらも、亜由里も泣いていた。
「でもほんとに、『みんなで走りきれた』ってことが、マジでうれしい。練習誘ってくれて、ほんとありがとね、日奈」
そうして、亜由里は日奈の頭をガシガシと撫でた。
日奈を取り囲むようにして、女子たちも日奈に言葉をかける。
「日奈ちゃん、転んでも2位ってすごいよ!」
「だれが転んでもおかしくなかった。ゴールできたんだから、100点満点だよ!」
「声出しも体育委員も、大変だったでしょ。ほんとにありがとね」
「品田さんも、練習引っ張ってくれてありがとう!」
「みんな頑張ったよ! ほんとありがとー!」
みんなの言葉が暖かくて、背中をポンポンと慰めてくれることがうれしくて。
日奈はボロボロと泣きながら顔をうずめ、泣き顔を隠すように亜由里にしがみついた。
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