11回目の別れ【KAC20253】

天野橋立

11回目の別れ

「とっても楽しかったなあ、今夜のパーティー。リーファも楽しかったかい?」

 窓の前に置かれたライティングデスクの上で頬杖を突きながら、十歳の誕生日を迎えたばかりのアレックは言った。


 彼が見つめているのは、透き通った羽を震わせて空中に浮かんでいる、彼の掌くらいの大きさしかない女の子だった。

「ええ、とっても」

 どこか寂しげな顔でうなずいた彼女の身体からは、高周波モーターの音が小さく聞こえる。

 幼い子供の教育を目的に、行政が派遣したマイクロ・オートマタ。それが彼女、リーファの正体だった。その見た目から、「機械妖精マシナリー・フェアリー」とも呼ばれる。


「ただ……。アレック、今夜は大切なお話があるのよ」

 放電燈の光に照らされたリーファの表情が、さらに陰りを帯びた。

「私たちが、あなたたちと一緒に居られるのは、十歳の誕生日まで。そう、今日で私はお別れしなければならないの」

 アレックの瞳が、驚愕に見開かれた。物心つく前から、どんな時でも、いつも一緒だったリーファ。それが、今夜でお別れだなんて。

「そんな……嘘でしょ!」

 大粒の涙をこぼした彼の表情は、リーファが過去の任務で何度も見てきたものだった。

 あまりにも辛い、急な別れの痛み。それを経験させることが、「機械妖精マシナリー・フェアリー」による幼児教育プログラムの最終過程として定められていた。

 

「さようなら、元気でね。きっと、強い子になるのよ」

 絶望に打ちひしがれるアレックにそう告げて、リーファはゆっくりと窓の外へと飛び去った。

 優しい言葉をかけたりすれば、彼はもっと苦しむかもしれない。今は心を持たない機械らしく、プログラムの規定に定められた通りに、ただこの場を去ることが一番良いのだ。


「第11回任務期間完了。引き続き、第12回任務へ向けての、全機能メンテナンスを受けるように」

 それが彼女への司令だった。そう、次は12人目の子供と、また新たな10年間を過ごすことになるのだ。


 別れが辛いのは、子どもたちだけではない。

 過去11回、彼女は機械仕掛けの心が引き裂かれるような思いをしてきた。

 もう、私は疲れた。どうか、どうかもう廃棄処分スクラップにして欲しい。


 声に出さずにそう叫びながら、彼女は春の夜空へと高く飛び去って行くのだった。




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11回目の別れ【KAC20253】 天野橋立 @hashidateamano

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