苺ハウスの妖精【KAC2025】
葉月りり
私は妖精
私は妖精。透明な羽と緑がかったメタリックに輝くお洋服。私の仲間はみんなこのスタイルです。
私たちのお家は苺のビニールハウスの中です。農業試験場のお兄さんに連れられて、大勢の仲間とこの苺農家にやって来ました。
「今までの子たちは少なくなっちゃって、もう苺ハウスには連れてこられないんですよ。でも、この子達もきっとよく働いてくれますよ。今までよりきっとたくさんの苺ができます。」
苺農家のおじさんは、
「これで苺が良くできたらこの子達は夢の妖精だな。妖精さんたちに来てもらえて、嬉しいよ」
と言ってくれて、私たちも喜んでおじさんのお世話になることにしました。
苺の花の蜜は吸い放題、苺もキズになっちゃったものや熟れ過ぎたものは食べていいよって言ってくれました。そのお礼に私たちは苺の受粉のお手伝いをするのです。
朝、明るくなったら私たちは朝露で顔を洗います。そして苺ハウスの中をくるりとパトロールしてから昨日のうちにおじさんが籠に集めておいてくれたキズものの苺で朝ごはんにします。
朝ごはんが済んだ頃、おじさんや奥さんがやって来て苺を収穫します。その間は私たちはおとなしく隅の方で休んでいます。勝手に飛び回ると奥さんの機嫌を損ねるからです。「ぶんぶん飛び回ってうるさい!」って言われちゃうんです。奥さんはちょっと怖い人です。
収穫が終わって人がいなくなってから、私たちの作業が始まります。私たちの小さな手は雄蕊の花粉を雌蕊に移すのにちょうどいい大きさなのだそうです。
透明な羽を細かく動かして、花から花へ、一生懸命働きます。時々仲間と一緒になったらちょっとおしゃべりしたりもします。友達が言います。
「ねぇ、私たちこのままずっとここで働くのかしら。なんか退屈じゃない?」
「ここは暖かくてご飯にも困らなくて、仲間もいるし、幸せな生活だと思うけどな。」
「そうか。そうだよね。」
外の世界には苺じゃないものがいっぱいあることも知っています。私たちとは違う種類の妖精たちがいっぱいいることも知っています。でも、外へ出るなんて想像出来ません。
ある日、違う種類の妖精が苺ハウスに入って来ました。おじさんがハウスに入ってくる時に後ろからついて来たのです。白い大きな羽の妖精でヒラヒラととても優雅に飛んでいます。
ヒラヒラの妖精は私たちと一緒に苺の花をあちらこちらと飛び移りながら蜜を吸っていました。私がなんて綺麗な妖精なんだろうと見惚れていると、ヒラヒラの妖精は話しかけてくれました。
「ここは一種類の花しかないのね。」
「苺のビニールハウスですから、苺しかありません。でも、苺って私たち妖精にピッタリの果実じゃありません?」
「外には色々な花が咲いていて、色々な蜜が味わえるのよ。あなたたちはずっとここにいるの?」
「ここは暖かいし、食べ物もあるし…」
「外はもう春、暖かくなったし、花もいっぱい咲いているわよ」
苺じゃない花の蜜、どんな味がするのでしょう。興味が湧いてきます。
「でも、どうやって外へ出たらいいか。」
「簡単よー。私が入って来た時みたいに、人間の後ろを静かに着いていけばいいのよ。」
私は外へ出てみることにしました。
おじさんが午後の苺ハウスの見回りをして外へ出る時、ヒラヒラの妖精の後に着いてハウスのドアをすり抜けました。
確かに外は苺ハウスの中とあまり変わらない暖かさでした。初めて苺ハウスに来た時は外は北風が吹いていて、ハウスの中の暖かさにびっくりしたのに。
ヒラヒラの妖精が言う通り外はあちらこちらに花が溢れていました。風がそよそよと吹いていてとても気持ちがいいです。私は花から花へ蜜を吸って、自由に飛び回って外の世界を楽しみました。が、そのうち陽が落ちてあたりが暗くなって少し寒くなって来ました。
さて、もう苺ハウスに入ることはできません。私はとりあえず明るい方へ飛んで行きました。
すると、うまい具合に食べ物のいい匂いのする所につきました。そこの細く開いたところから中に入ると、人がいました。私は疲れたので、かまわず台の上に座りました。そこで冷えてしまった手を擦っていると、その人が振り向いて目が合いました。苺ハウスの奥さんでした。奥さんはそばにあった先に平たい四角がついた棒を手に取りいきなり
「ハエ!」
と言ってその棒を私に向かって振り下ろしました。私はかろうじて避けることができました。
「どこから入った、この蝿! あ、ここか。」
私が入って来たところは閉められてしまいました。奥さんは棒を構えて私のことを目で追い続けています。
私は怖くて怖くて必死でその建物の中を飛び回ります。
「なんで? なんで? 私、妖精なんですけどー!」
おしまい
苺ハウスの妖精【KAC2025】 葉月りり @tennenkobo
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