第3話 憑依

 ミディムの町に帰還した。

 行きの時とは違い障害になるものはなかった上に、霊体での移動が思ったより速かったので二時間程度で戻ることが出来た。


 代償としてリンの髪型がとんでもないことになってしまったが。


 ユウキたちは町に戻ると一直線に組合へと向かった。

 ホールに入れば様々な視線に迎え受けられる。

 夜も遅いというのに酒場の方は盛り上がっているようだ。


 リンは組合の受付場に足を運ぶ。

 すると声を掛けられた。


「あなた、帰ってきたのね」

 声をかけてきたのは受付のおばさん。タレッタだ。

 長いこと勤務してるようだ。


 タレッタはリンを一瞥した後、辺りに目を配る。


「キザールたちはどうしたのかしら?」

 その一言にリンの表情が強張った。


『ユ、ユウキくん⋯』

 ユウキに心の声が聞こえた。


 帰り道、ユウキとリンは多くの会話をした。

 今更言うまではないが、リンは霊感の能力を持っている。


 霊感を持っている彼女は霊が視え、霊との対話は意思を念じる事で出来るとのことだ。


『大丈夫。これは想定内だよリンちゃん』

「 どうしたの?」口を開かないリンにタレッタ首を傾げる。

「う⋯」

『リンちゃん打ち合わせ通りにいこ』

 ユウキの言葉にリンは息を吸って吐いた。

「えっとね、キザールたちはね⋯いきなり現れた大きな魔物と出会って⋯」

 リンはそこで顔を伏せた。

 少し棒読み感はあるが。

 でも、これだけでタレッタは十分に理解してくれるだろう。


 タレッタは嘆息した後に「そう」とだけ呟いた。


 ⋯。案外あっさりとしている。

 キザールたちに思い入れはなかったのだろうか。


「それで、よく一人で戻ってこれたわね」

 ユウキは思わず「あ⋯確かに」と思ってしまった。不自然過ぎるか。そう思ってしまった。


 何か追求されるのではないか?と思った矢先。


 タレッタがリンを胸に抱いた。

 拍子にリンは驚き「う」と声を漏らす。


「大変だったね、怖かったでしょう」

 そう言いながら優しく背中をさする。


 昼間の時と対応が全然違うじゃないか。

 あの時は冷たく相手をしていたのに、本当はこの子の事を案じていたのだろう。

 そう思うとこの優しさには納得が出来る。

 抱きとめられたリンは少し困惑した様子ではあるが。


「色々聞きたい事、あるけど。それはまた後ね。⋯変なこと聞くけど、あなた頼る場所はあるの?」


 タレッタのその言葉にリンは悲しげな表情を見せた。

 タレッタはその表情をみて「そう」と困ったように呟いた。


「ごめんね。嫌なこと聞いたわね。良かったらウチの宿を使いなさい。お金も要らないから落ち着くまでゆっくりしなさい」


 リンはタレッタの温情に「ありがとう」と上目で応えた。


 ●


 翌日の朝。

 可もなく不可なくといった質素な部屋。窓辺から優しい光が差している。


 寝台から「 んん〜」と可愛く唸る声がした。

 リンが目を覚ましたのだろう。


「おはようリンちゃん」

 寝起きのかすれた声で「おはようユウキくん」とリンが返事をした。


「頭、凄いことになってるよ」

 ユウキはリンの頭が鳥の巣みたいに爆発しているのにくつくつと笑う。


「あと身だしなみ。女の子なんだから」

 着ている服が乱れて綺麗な肌が大きく露出していた。


 ルーシィも寝起きはいつもこんな感じだったなぁ。とふと思いだした。


 リンの話を聞けばこの子は町に到達するまでの道のりが中々過酷だったようだ。

 食べることも、眠れることもあまりなかった。とのこと。


 幼い見た目で本当に苦労をしている。


 リンの目的の事を考えたら、本当に強かだと思った。

 今後が思い遣られる。


「 よく眠れた?」

 ユウキの問いにリンは服を直しながら「うん」と答えた。


 これだけ髪の毛を爆発させてるんだ。ちゃんと睡眠を取れていたことに安心した。


 そんなユウキの気持ちをよそに

 リンは寝台から離れて、部屋の隅にある棚から衣類を取り出す。

 タレッタから貰った服だ。

 子供用の服だ。それを手に取ったリンが「ふふ」と笑った。


 リンが服に手をかけ脱ごうとして、そこで何か感じたのか動きをピタリと止めた。


「あっち向いてて」


 ハイ。

 ユウキはリンに背を向けた。

 ユウキの後ろでシュルルと服が脱げる音がした。


  ●


 支度を終えると二人は冒険者組合に足を運んだ。


「 あの、仕事をしたいの」


 リンはタレッタを見つけると挨拶を交わしたあとそう言った。

 タレッタは「またか」といったような表情をする。


「 あのね、昨日も言ったけど駄目よ。危ない目に遭ったばかりなんだから」

「 そこを何とか!」


 リンは頑固だ。ユウキはリンの頑固さを十分思い知らされている。「リンは手強いぞ〜」とユウキは成り行きを楽しむことにした。


「頑張るから!」

 強請るリンにタレッタは「そう言われてもねぇ⋯」と困った素振りを見せる。顎に手を添えて何かを考えている。


 何か思いついたのか「ああ」とこぼした。

「酒場のお給仕さんでもやってみたらどうかしら」


 ⋯。お給仕?


 ユウキは頭の中ではリンが酒場で働く姿を想像した。


 ミディムの酒場の制服はセンスがある。

 それを身に纏う可憐な少女。

 健気に頑張るその姿に誰もが頬を緩めること間違いなし!


 絶対に看板娘になるはず!


「それだぁああ!」

 ユウキが叫ぶと同時に

「ちがーう!」

 と声を張りリンは小さな両手でカウンターを叩いた。


 その音にユウキとタレッタ。近くに居た役員までも驚いた。


「そんなんじゃ、ダメ!」

 リンはムスっとした顔でタレッタを睨んだ。

「そこまで嫌がらなくても⋯」

 ユウキとタレッタは声を重ねた。


「ねぇお願い」

 リンがぱんっと手を合わせて言った。

「でもねぇ⋯」

「ねぇお願い」

 リンが指を絡めて祈るように言った。

「い、いやぁ⋯」

「ねぇお願い」

 上目で見つめて言った。

「うっ⋯」


 これはやったな。と傍から見ていたユウキは思った。


 タレッタは呻いた。それから「仕方ないねぇ⋯」と嘆息。


 リンは期待するかのようにタレッタを見つめる。


 タレッタは諦めたかのように苦笑いする。

「ルッキィの森といってね。この町から歩いて二時間ぐらいかしら。魔物は出てくるけど、あなたのような子でも倒せる魔物しか出てこないような。そんな場所があるから、そこに行っておいで」

「 うん!」


 リンの嬉々とした返事にタレッタはほころんだ。


 ●


 話の通り二時間程度で木々が生い茂るルッキィの森に到着した。


 二時間歩きっぱなしだったがリンに疲れが見られない。


 流石だ。ここで子供はやっぱり違うな。と口にしたら絶対不機嫌になるのが目に見えてるので言わないが。


 昨日みたいにユウキがリンの足になってやろうかと提案したが

 それは断られた。


「そんな、小さな事で頼りたくはないよ」とのこと。慎ましい。


 森に着くとリンはタレッタから受け取った植物図鑑を片手に草抜きをはじめだした。

 ユウキもすることがないのでリンの手伝いをする事にした。


「⋯地味すぎるなぁ、やっぱり」

 生前のユウキも冒険者なりたての頃はルーシィ、ジン、ナユキといった仲間がいなかった上に大した実力がなかったのでこうして金目になりそうな草を地道に採取していた。


 一日中採取したものを換金しても大した金にもならず。毎日ひもじい生活をしていたのを思い出した。今では換金するより草食った方が良かったんじゃないか。と思う。


 ⋯。もしかして、リンもユウキと同じ轍を踏むのでは?


「この子にはそうなってほしくないなぁ⋯」


 リンにはちゃんとした目的もあることだし、こんな小さな事で停滞させてはいけない。


「そういえば、魔物が出るって言ってたな」

 タレッタはリンでも倒せそうな魔物しか出てこないと言った。

 小物しか出てこないってのも冒険者からしてみたら味気ないかもしれないけど、魔物との戦闘は経験した方がいい。


 ユウキは辺りを見渡した。

 すぐにそれを見つけた。


「スライムかぁ」

 人の頭より少し大きい。丸みの帯びた粘性物質体の魔物だ。


 確かにこれならリンでも確実に倒せる。

 これが攻撃性の強い類のスライムだったら話は変わってくるが。

 ユウキは草むしりをするリンに声をかけた。


「リンちゃんあそこ見てスライムだよ」

「んー、あっ、あれがスライムかぁ〜」

 初見らしい。因みに昨日行ったドドン山岳にはいなかった。

 スライムが生き残る環境下ではなかったのだろう。


 リンはスライムの方に寄ると、すぐにタレッタから貰った安物っぽい片手剣で斬り掛かった。


 初見なのに果敢で容赦がない。


 無害な魔物だから問題ないのだが。ユウキは苦笑いする。


「えいっ!えいっ!えぇぇい!⋯⋯。ユウキくん!何回斬っても死んでくれない!」


 発言が物騒すぎる。


 ユウキはスライムを滅多打ちにするリンに近づいて言う。


「スライムはねぇ、弱いくせに再生能力が抜群だからねー」


 ユウキも初めてスライムと対峙した時はこんな感じだったなぁと、ふと思い出した。


「ほら見てみ」とユウキはスライムの透けた体に指を差した。


「よく見たらスライムの中に魔石があるでしょ」

「うん」

「 魔物の中にある魔石は人間の心臓みたいな役割があるから」

「じゃあ、アレを壊せばいいんだね!」

「そーゆこと」


 ユウキの話を聞き終えたリンは「えーい!」と、すぐにスライムを斬った。


 魔石が砕かれスライムは形状を崩して動かなくなった。


 それを見たリンは「やったぁ!」と腕を天に向けて喜びをアピールした。

 ユウキはぱちぱちと拍手をしてあげた。


「お」 ユウキとリンの声が重なった。


 先程倒したスライムから灰色の靄が空に向かって昇っていくのを見た。


 昨日もアレを見た。

 見たタイミングは殺生をしたタイミングだ。

 ぱっと思い浮かんだのはアレは魂なんだろう。そうに違いない。


「 リンちゃんアレは何だと思う」

「 んー⋯ユウキくん?」

「 一緒にしないで⋯」


 まぁ、言ってる意味は的を突いてるのだけど。

 霊感を持ってるリンもそう思うのならアレは魂だ。


 キザールたちを斃した時は白色。魔物を斃した時は灰色だった。


 個体によって色が違う物なのだろうか。

 何か意味があるのかは分からないが。


 ユウキは浮上するその魂を追いかけ掴んだ。そして、消失した。代わりに刹那的だがユウキに満たすような感覚があった。


 この感覚はなんなんだろう。

 病気とかではなさそうだが。そもそも霊が病気になるのかは分からないけども。


 ぽけーとしているリンに意識を向けた。


「 リンちゃんどしたの」

「 ん、スライム倒したし強くなってないかな〜て思って」


 なるほど。そういえばそんなのもあったか。一度死んだせいでもう見る必要がないと思ってたから置き去りにしていた。


 この世界の人類のほとんどが身に力を宿している。

 それは魔力であったり、その属性。

 魔力だけでは現せれない異能という奇跡に近い特別な能力であったり。

 それは生命が誕生したその時、神から授かる。

 そして、何かしらのきっかけで授かる事もあるという。

 生前のユウキは大して魔力量が少なく無論魔術の才能なんてなかった。

 異能は一つ持ってただけ。

 そんな程度だったが。


 そうかそうか。それがあったな。もしかしたら霊になったことで何か能力を手に入れているかもしれない。


 確認してみるとするか。


 能力を確認するにはただそう念じるだけだ。ユウキは自分の能力を確認するために念じた。


 するとユウキの眼前に

 淡く光る文字が現れた。多くの文字が羅列している。

 因みにこの文字は自分だけにしか見れない。


「⋯増えてるな。やっぱり霊になったからか?」


【属性】

【霊】【火】【水】【風】【無】


「死ぬ前は無属性しか授かってなかったのに⋯」

 それに「【霊】属性って何ぃ」

 あと、一般的には人間に備わる属性は一つ。多くて三つだ。それで固定されると聞く。

 ユウキは枠を超えて五つの属性を持っている。

 人外だ。あぁ、僕は人外だったか。

 まぁ、属性を所有していても魔力量が少なければ使い道ないんだけどなぁ。とユウキは嘆息する。


 そういえば、リンはどんな属性を所有しているのだろう。


「リンちゃん。どう?変わったことでもあった?」

「んーん。何も」

「そっか。因みにリンちゃんは何の属性持ってたりするの?」

「木だよー」

「木かぁ」


 そういえばルーシィも木の属性持ちだったな。と、ふと思い出す。


 因みにジンは火の属性でナユキは毒の属性だった。


「 魔術とか使えたりするの?」

 ユウキのその言葉にリンは自慢気な表情になる。


「 うん!お母さんに教えてもらったことがあるの!」

「 へー、凄いね。やってみてよ」


 リンは腕まくりをして、小さな手を地面に向けた。

 燐光がほとばしり、地面に小さな魔法陣が出来た。

「お、おお⋯」

 魔力の込められた地面から緑の芽が生えた。

 ⋯⋯。 ひょっこり生えて終わった。

 え?おしまい?って言いたくなるがリンはやり遂げたかのように顔を腕で拭った。


 そっかぁ。


「 どう!?」

「可愛い」

「 可愛い!?」

 可愛いオチも見れたことだし、次は異能を確認してる事にした。


「 うわ。量が凄いことになってるぞ⋯これ把握するのに時間が掛かりそうだ」


【異能】


【解析】

 視認及び接触したものの性質・状態を知覚する。


【霊】

 固体名ユウキは【霊体】である。【霊感】及び【霊力】を保有していない個体からの視認を不可とする。

 他の霊体及び魂との接触を可能とする。


【霊体】

 物質を任意で無効化する。


【霊力】

 属性に【霊】を付与する。

 霊体へのダメージを可能とする。


【憑依】

 任意で対象の物質に宿る事を可能とする。

 但し、対象が生命体であり、抵抗がある場合は憑依の成功確率が下がる。


【魂喰】

 接触した魂を自分の糧とする。

 但し、対象の抵抗がある場合は魂喰の成功確率が下がる。


【変化】

 魔素を消費する事で魂喰したものを再現可能とする。


 以降は【魂喰】により取得した異能。


【再生】

 魔素を消費する事で損傷した部位を回復させる。


【分裂】

 魔素を消費する事で固体名ユウキを分裂させる。

 分裂体の操作は可能とする。


 持っている異能は以上となる。

 軽く主観で解説をいれてみる。


【解析】は生前ユウキが持っていた能力だ。

 これでよく仲間に情報を与えていた。


【霊】から【変化】までは実に霊らしい能力と言えるだろう。しかし⋯


「 ⋯自分で言うのはアレかもしれないが反則すぎるのでは?」

「大方視認されない。そのクセこちら側から一方的に接触ができる」

「戦闘があっても物理無効。憑依で相手を思うがまま」

「魂喰っていうのは僕が何気なく浮上してた魂を掌握してたアレかな?接触した魂を自分の糧にする。っていうことは⋯相手の精神を砕く事も容易い。ってことなのか?おまけに能力まで自分の物に出来ると⋯。属性が多いのもコレが理由なんだろうなぁ」

「 魂喰で手に入れた再生と分裂はさっき倒したばかりのスライムからだろう。まぁ霊体が負傷することなんて多分無いと思うけど。でも知能無いスライムより脳が少しでもある者がこの異能を持つと厄介だろうなぁ」


 結論。自分が所有する異能があまりにも反則すぎる。

 反則すぎるが上に活用法をどうするのかも考えようだと思う。


  「まぁ、この力はリンちゃんの為に使えばいいか」


 スライムを一度倒してからかスライムを狩ることに楽しさを覚えたらしいリンを見ながら、そう思った。


 リンにズタズタにされてるスライムを見てユウキは「そうだ」と思いつく。


 ユウキはまだスライムバーサカーのリンに標的にされていないスライムに近づいて憑依を試みた。


「ぅお⋯」

 固体に吸われるような変な感覚を味わう。


「 動きづら⋯なんか手足が拘束されたような気分だ。んん、どうやって動くんだ。飛び跳ねるしかないのかコレ」

「まぁいいや」 とユウキは呟いてリンのもとに寄った。


「リンちゃーん!」

 呼ぶとリンは辺りをきょろきょろとした。

「 え?ユウキくんどこ」

「 ここだよ!」とユウキはスライムの体を使って大袈裟にアピールをした。


 リンは驚いた声でユウキが憑依したスライムに近づいて「ユウキくんなの!?」と言った。


「 うん。おばけパワーでスライムに憑依してみた。リンちゃんの為に僕が経験値になってあげるよ。戦いが楽になるでしょ」

「⋯。それって大丈夫なの?」

「大丈夫でしょ!」


 おどおどとした様子で「な、なら⋯」と剣をスライムユウキに向けた。


 剣先が煌めいた。

 やっぱり、怖いかも。


「 うりゃぁ!」


 激痛が走った。


「ぎゃあああ!」

「きゃあああ!」


 ユウキの悲鳴に合わせてリンが悲鳴をあげた。


「だ、だ、だ、だ、大丈夫!?」

「死ぬかと思った!いや、死んでるけど!めっちゃ痛かった!」

「 ユウキくん馬鹿なの?!」


 罵られた。憑依で体を得るとその間は痛覚を得るらしい。

 当たり前か。そこまでユウキは考えてなかった。


 ユウキくんは馬鹿。

 正当な評価だ。


 ●


「そういえば、さっきわたしに魔術が使えるかって聞いてきたけど。逆にユウキはくんは魔術使えるの?」

「全くだね〜。生きてた頃は全然才能がなかったよ」

「ふぅん。でも、今は違うんじゃない?」

「 どうして、そう思うの?」

「だって、おばけになったじゃん」


 あー。言われてみれば、リンには言ってないけど属性も増えたし異能も増えた。


 ⋯魂喰ってもしかして魔力まで自分の糧に出来るんじゃないか?

 リンがスライムをズタズタにする度にその魂を掌握もした。その分魔力量が増えたら。


 そう思ったらなんか希望が湧いてきた。


「そうかもしれない、ね」

 せっかくだし、リンに魔術を教えてもらおうかと考える。

 ⋯可愛らしい魔術しか使えないリンだけど。


「じゃぁ、教えてもらおっかな?」

 ユウキの言葉にリンは嬉しそうに「いいよ〜」と頷いた。

「 お母さんに教えてもらった通りにユウキくんに教えるけど、魔術を扱うために必要な魔素は自分の内側にあるの。あと、わたしたちが吸ってる空気の中にも魔素が混じってるの」


 オドとマナだ。それくらいの知識はユウキにも分かる。


「 わたしは内側にある魔素の使い方しか知らないから⋯ごめんね?」

「 ううん、大丈夫だよ」

「 で、魔術を使うにはまず内側にある魔素を感じ取る事。まぁ、常識だからユウキくんはそこまでは分かってる?」

「ちょうどそこで躓いてたところ」


 生前はここで自分の魔素量がなさ過ぎて挫折したんだった。


「そっか」 と呟くとリンは胸に手を当てて

「お母さんに教えてもらった時は、魔素はここから身体の隅々まで流れているから。それを想像してみてって」

「いやぁ、本当にそこで詰んでるんだよね⋯」

「難しいと思うけど、皆そうやって魔素を感じ取るんだよ。で、想像出来たら「 本当に流れてるかも」 って思えてくるから」

「 大丈夫それ?投げやりになってるだけじゃない?⋯って、あれ?本当になんか感じ取れてる気がする⋯」


 何で?生前は全然感じなかった感覚なのに。今ではよく感じ取れる。


 ああ⋯もしかして。


「 単純に魔素量の問題だったのかぁ⋯」


 こんなあっさり難関を突破してしまうなんて思いもしなかった。


「凄い⋯感じる⋯。感じるよ⋯。んむむむむ⋯お、お?」

「 もう、感じ取れたの?凄い。じゃぁ続きいくよ」


 リンは気を良くして目を瞑り語る。

「魔素を感じとれたらね。魔素を形にして身体の外に出せたらいいんだけどね。またコレが難しくて。多分ユウキくんなら、らくちんかもしれないけど」

「あの」

「外に出す前に、整えなきゃいけないの」

「あの」

「あの時のわたしは魔素量が少なかったから良かったけどね。酷い話だと⋯」

 この時、ユウキは嫌な予感が、してリンから距離を大きく取っていた。


「 バァン!ってなるんだって」


 同時にユウキの内なる魔力が暴れ、大きな大きな爆発が起きた。

 

「ユウキくーん!?」


 ユウキが初めて習得した魔術は

 自爆魔法となった。


 ユウキはこの術名を

 エクスプロージョン・デ・マダンテ

 と名付けた。


 ●


「 あら、沢山スライムを狩ったのね」


 自爆魔法を行使したことでユウキがぐったりとなったことで本日の冒険は終了となった。


 二人は冒険者組合に戻り手に入れた物を換金した。


「はい、どうぞ」

「 ありがとう」


 受け取った金額は銀貨六枚。

 無駄遣いをしなければ三日程度は食事に困らない金額だ。


 スライムの魔石とスライムの粘液を小さな鞄にパンパンに詰めてこの金額。


 ちょっとチップが上乗せされてるな。タレッタおばさん。優しい。


『よかったね』

『うん』


 リンは受け取ったばかりの硬貨を三枚を受け皿に置いた。


「 ⋯?コレは何かしら」

「 借りてるお部屋の代金。」

「⋯昨日要らないって言ったのに、それに宿賃より多いわよ」


 苦笑いをして硬貨を返そうとするタレッタにリンは笑みを見せて


「これからもお世話になるから」


 そう言って硬貨を押し付けるように渡した。

 タレッタは息を吐いて「ありがとうね」 と微笑んだ。


 リンには敵わないと十分に分かったようだ。


 ●


 恥ずかしかったのかリンは逃げるような足取りで「お腹空いた〜」と酒場に足を運んだ。

 匂いは分からないが他の客たちが満足そうに口にしているものはどれも美味しそうだ。

 リンは自分で稼いだお金を早速使いたいという気持ちもあるようでウキウキしている。


「お待たせしました〜」

 給仕人がテーブルに注文した料理を運んできた。


 ドドンとそれが置かれた。

『⋯リンちゃん、これ食べれるん?』

『 こ、こんなに多いとは思わなかった⋯』


 大皿に乗っけられたてんこ盛りのミートパスタ。

 多分四人前くらいはある。

 メニューを見て安くて美味しそうな物を頼んだら爆弾飯が届いた。


 ユウキとリンはそれに慄く。

『頑張る⋯!』と意気込み豪快に口の中に放り込んだ。

「 んん!美味し〜!」

『よかったね』

 頑張る子が美味しそうにご飯を食べてるところを見ると心が和むなぁ。と、ユウキは嬉しくなる。


 微笑ましく眺めていたらリンは動かしてる手を止めた。


『ユウキくん食べないの?』

『いや、僕おばけだから。食べる必要もないし、そもそも味も分からないよ』

 リンは考える素振りを見せた。


『なら、わたしに憑依して食べるのはどう?』


 そんな、簡単にそんな事言ってもいいのだろうか。この少女は。


『⋯本気?嫌じゃないの?今日のスライムを見たでしょ?体を乗っ取られるんだよ?』

『もちろん、怖かったり、わたしの体が思い通りに動かないとかあると凄く嫌だよ』

『なら、そんなこと言っちゃ駄目だよ』

『でも、わたし、ユウキくんにお返しがしたいの』リンは真面目な表情で言った。

『⋯お返し?』

『うん。はじめて会った日、わたしを守ってくれたでしょ。それに、わたしの目的のために付き合ってくれてるでしょ?』

『いや、それは僕が勝手にはじめたことだし⋯』


 リンは「はぁ」とため息を吐いた。


『約束したでしょ。これからよろしくねって。もう、それで十分じゃない?』


 ユウキはリンのその覚悟と似たようなものに胸を打たれた。


『リンちゃん⋯』


 本当に強い子だ。そう思った。


『あ、でも。お願いがあるの』

『ん、何?』

『ユウキくんの憑依はわたしだけにしてほしいの。どうしても、わたし以外にしなきゃいけない時があるんだったら一言お願い』


 まさかの束縛⋯。


『それは、約束出来るけど⋯。一応聞くけど、なんで?』

『だって、やろうと思えばユウキくん。その人の人生を奪うことができるでしょ?』


 ユウキはリンの言葉にハッとなった。そんな事は全く考えてはなかったけど⋯。憑依が出来るってことはそういう事だと気付かされた。


『そんなの可哀想だと思わない?』

『それは言えてる。でも、リンちゃんにも言えることだよ?』

 リンは『うん』と苦笑する。

『だけど、わたしはユウキくんを信じる』


 ⋯この少女は人が良すぎないだろうか。ユウキと出会ってまだ一日の関係だというのに。


『もし、わたしの人生を奪いたいって思ったら⋯それはわたしの目的が叶ったあとにしてほしいな』


 切なげな表情でリンは言った。

 ⋯君の人生を奪うなんてそんな馬鹿な真似はしないよ。


 リンは微笑むと『真面目な話はおしまい』と告げると


『じゃあ、わたしの中に入って』と言った。

 ユウキは『言い方』と笑う。


 ユウキはリンへの憑依をする。


 リンの体に吸い込まれるような感覚。


 同時に体の重さに、その体温。

 肌に感じる生暖かい風。

 酒場に漂う独特の匂い。

 人としての感覚が蘇った。久しぶり過ぎて思わず身震いをしてしまった。


『大丈夫?リンちゃん』

『うん。変な感じはするけど、平気だよ。いただきますしよ』

『そうだね』


 ユウキはリンの小さな手でフォークを手に取る。

 パスタをくるくると巻き、匂いを嗅ぎ口に運んだ。


 ああ⋯。

「うーまいっ!」


 思わず叫んでしまった。ユウキは咄嗟に口を手で塞いだ。


 周りの人が一瞬驚いたような表情を見せた後、笑みを残す。


 心のなかで少女が笑うのを感じた。


 ●


「ふんふふーんふーん」

 浴室から可愛い歌声が聞こえてくる。

 ユウキはそれを聞きながら宿の部屋でリンに買ってもらった初級魔術の本を読んでいた。


 大の大人が見た目幼い女の子に物を買ってもらうのは情けない話だ。


 ユウキは霊だ。別に金を払わずに物を手に入れることは簡単だ。


 だが、そのやり方にリンは絶対不満の態度を取るだろう。


 今後も何買い物をするとなったらリンに買ってもらうことになるだろう。


 魔術を習得しようとして失敗はしたが、一度魔力を行使したことで魔術に対しての意欲が湧いた。次は上手に魔術を使えるようになろう。


 それでリンのサポートをしよう。そんな想像をユウキはしていた。


「ユウキくーん」浴室からリンの声が聞こえてきた。


 ユウキは本を閉じ「なにー」とリンの居る方まで向かった。


 更衣室の壁を抜け、浴室の中へ。


「―!?」驚くリンの姿。

 濡れる真っ白で綺麗な髪と華奢な体をユウキは見た。見惚れてしまいそうになった。


 リンは咄嗟に体を手で覆い隠した。


『呼んだけど、入ってきてって言ってないじゃん!バカ!出てって!』


 怒られた。逃げるように浴室からでた。


 浴室の扉前にはリンの脱ぎ捨てられた衣類が散らかっている。

 下着は可愛い猫柄のデザインだった。


『ごめん。何だった』


 ふんっと鼻を鳴らす音だけが聞こただけで。何も言葉が返ってこなかった。

 少し経ちユウキが拗ねはじめた、その頃に。


『明日もよろしくね』


 少女は言った。

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