妖精

赤坂英二

妖精




 由美子


 由美子、二十代女性。



 今日は平日の朝、そろそろ由美子は起きなければならない時間である。



 携帯にかけたアラームが鳴った。



「……」



 自然と手だけ布団から伸ばし消してすぐに二度寝する。



 突然、体にくすぐったさを感じた。



「ハッ!」



 ガバッと由美子は起き上がる。



「何だったの?」



 体はもうくすぐったくない。



「危ない! このまま眠ってたら遅刻しちゃうところだった!」






 別の日、駅にて。



「カードにチャージしないと電車乗れないかも」



 そう思って由美子は乗車カードのチャージに向かった。



 パネルを操作して、お金を入れた。



「よし、オーケー!」



 颯爽と歩き出した矢先、

「由美子ちゃん!」



 そう誰かに呼ばれた気がして振り返る。



 そこには誰もいない。



 しかし、そこには由美子の財布が置かれていた。



「私ったら、財布を忘れる所だったわ!」



 走ってその場まで戻り、財布を拾い上げた。






 別の日、由美子は町を歩いていた。



 目的はある店のパンケーキを食べに行くこと。



「楽しみだなぁ」



 足取りははからずも軽くなってしまう。



 うきうきした気持ちで頭の中はパンケーキ一色である。



 その時、

「ガシャン!」



 由美子は後ろを振り向いた。



 そこには自転車に乗っていたと思われる男性が転んでいる。



(何に転んだのかしら?)



 由美子が首をかしげてながらも、すぐに足を前に進め始めた。



 由美子は目的の店でパンケーキに舌鼓を打った。



「う~ん、美味しい!」









 妖精



 妖精、由美子についている。由美子にはその存在は知られていない。



「……」



 妖精はその日の朝も由美子を見つめていた。



「……」



 気持ち良さそうに眠る彼女。そろそろ起きなければならない時間なのだが、起きる

気配はない。



 そういう時、妖精の出番である。



 もぞもぞと由美子の寝ている布団の中に潜り込み背中のあたりをくすぐった。



「わ!」



 由美子は驚いて起き上がり、

「寝坊するところだった!」



 そう言って身支度を始めた。



 妖精は満足そうに頷く、彼女は寝坊せずに済んだのだ。






 別の日、駅にて。




 カードに乗車金を入れに来た彼女、しかし彼女は財布をもの置き場に置いたまま歩き出してしまった。




「!」



 妖精はとっさに彼女の名を呼んだ



「由美子ちゃん!」



 由美子にしか聞こえない妖精の声が彼女の耳に届く。



 振り返った彼女は急いで財布を取りに戻った。






 また別の日。



 この日由美子はお茶でもしようと街を歩いていた。




 向かうお店のパンケーキを楽しみにしているのか、店に向かう彼女の足取りは軽やか、カバンもいつもよりも大きめに揺れている。




 そんな彼女の様子を見る妖精も嬉しくなる、



 しかし後ろから自転車が近づいてくる。



 どうも様子がおかしいと妖精は思った。



 自転車は由美子の方めがけて距離ギリギリのところを迫ってくる。



 咄嗟に妖精は自転車を横から体当たりで押した。



「ガシャン!」



 バランスを崩した男はその場で転んでしまった。



 少々やりすぎかと妖精は思った。




 由美子もそれには気が付いたようだが、すぐに前を向きなおして歩き出した。




 妖精は少し様子を見ていると、その後ろから何人かがものすごい顔をして走ってきた。



「待てー!」



 そう叫んでいるのは警察官と何人かのマダムたち。



 彼らは重なるように男の上に乗ってもみ合いになった。



「こら! ひったくり、アタシのカバンを返しなさい!」



 マダムたちは叫んでいる。



 男はひったくり犯だったようだ。




 自転車に乗りながら後ろからカバンなどをひったくり逃げていく。逃げながらさらに犯行を重ねるのが、スリルがあって楽しいのだそうだ。




 つまり由美子自身の荷物も狙われていたのかもしれない。







 朝の寝坊をしないように由美子を起こしたのも、忘れものに気が付かせたのも、ひったくりから彼女を守ったのも、すべて彼女についている妖精のおかげなのだがその存在によって生活が維持されていることを彼女は知らない。




「あー、なんか良いことの一つでもないかしら。たまには非日常でも感じてみたいわよね」



「……」



 由美子には妖精の存在を感じられない。



 だから彼女が妖精の活躍を知ることもない。




 それでも妖精は由美子のそばで彼女の日常を守る仕事をすることに幸福を感じている。









 あなたのそばにもあなたの日常を見守る妖精がいるかもしれません。

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妖精 赤坂英二 @akasakaeiji_dada

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