第14話

 即位に伴う神事を済ませた新皇帝は、お披露目のために貴族や官吏の待つ大極殿に向かった。

 龍袍をまとい大極殿の高御座たかみくらに座した若き新皇帝の姿は、神々しいほど美しかった。

 それは、支度をした役人たちが、新皇帝が光り輝いて見えるよう装飾に惜しみなく金銀や玻璃を使い、装束の光沢や高御座に差し込む光にまで気を使って創りあげた光景だった。

(そう、これは演出なのだ……しかし……)

 そうと承知している梓丁の目にも、新皇帝はまさしく神の末裔、聖皇帝と呼ばれる特別な存在と映った。梓丁の隣に立つ方煙も同様らしく、頬を上気させ、口をぽかんと半開きにしたまま高御座を仰ぎ見ていた。

 大極殿に居並ぶ貴族や官吏は尚のこと、神々しい姿に涙する者、ひれ伏して顔を上げられぬ者たちも少なくなかった。


 即位の礼がすべて済み、新皇帝は厳かに大極殿を出て、煌びやかな輿に乗って皇帝の住まいである内裏の清涼殿に戻った。

 方煙と梓丁は、徒歩でそれに付き従う。

 清涼殿に着くと、皇帝は女官たちの手で龍袍を脱がされ御引直衣へと着替えた。

 蔵人頭ふたりは御簾の外に控えて待機していた。

 尚侍所の女官が龍袍や冠を捧げ持って退出し、ややあって御簾の向こうから皇帝の声がする。

「大儀であった、さがってよいぞ」

 方煙と梓丁はひざまずいたまま頭を垂れ、それからゆっくりと立ち上がった。

「ああそうだ、頭中将はそこに残れ」

 名指しされ、梓丁はふたたびひざまずいた。

 方煙はとまどいながらも、梓丁に会釈して立ち去った。彼が細殿を渡って遠ざかるのを見送っていると、

「入れ」

 皇帝に命じられ、梓丁は頭を垂れて御簾の内に入った。

「遠慮はいらぬ、面を上げよ」

 命じられるままに顔を上げる。

 薄暗い室内に、御帳台が見えた。帳を巻き上げた御帳台の内に、脇息に寄りかかるように皇帝が座っていた。

「不服そうだな。言いたいことがあるなら言えばいい」

 砕けた口調。蒼斗の声だ。

 梓丁は、少し驚いた。蔵人頭としての役割を全うしていたつもりだったのに、不満が態度に出てしまっていたのだろうか。

(だとしたら、取り繕っても仕方ないか)

 覚悟を決め、正直な胸の内を明かす。

「私が武官になったのは、神祇官の役人になる前に見聞を広めておきたかったからです。頭中将になることなど望んでおりませんでした」

 いずれ木河家の嫡男として神祇伯になる身。その前に異なる官職を経験しておきたくて、数年前から武官として出仕していたのだ。皇帝の側近として出世したかったわけではない。

 だが、蒼斗は肩をすくめて言う。

「蔵人頭ふたりを選んだのは父上だ、俺じゃない」

「『俺』ではなく『わたし』とおっしゃってください」

 つい言葉遣いを訂正してしまった。

 蒼斗は口を尖らせる。

「公的な場では、言葉も選ぶさ。それより、俺のせいじゃないことで恨まれては困る。文句は父上に言ってくれ」

 先帝が選んだのだとすれば、家門の勢力バランス等を考慮した結果なのだろう。希望したわけではないと苦情を言える立場ではない。

「過分なお引き立てに感謝いたします。任命された以上、誠心誠意務めさせていただきます」

「心にもないことを」

 梓丁の皮肉を押し隠した挨拶を、蒼斗はからりと笑い飛ばした。

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