第8話
とはいえ、その機会はなかなか巡ってこなかった。
仕事で多忙な煌は、ほとんど家にいないのだ。
朝は暗いうちに出かけ、帰りは深夜、あるいは帰宅しないことさえある。
帰っても部屋に籠もり、美月には近寄るなと言う。
当初は自分が避けられているのだと思った美月だが、タキに言わせれば、ここ数年はこんな暮らしが続いているのだという。
「たまにお時間が空くこともあるのですが、ほぼ年中このありさまでございます。港湾特殊部隊のお仕事というのは誰でもできるものではないらしく、万年人手不足なのだそうでございますよ」
タキが愚痴混じりに言うのだから、嘘ではないのだろう。
たしかに、任務のたびに瘴気をまとって帰るのだから、誰にでもできる仕事ではない。鍛えられた心身がなければ、瘴気に呑まれて命さえ落としかねないのだという。
幕末に港を開いて以降、横浜港には異国の商船がひっきりなしに出入りするようになった。
長い月日をかけて危険な海を渡ってくる船には、ヒトの欲をはじめさまざまな想いが渦巻き、ときに瘴気となってこの国に辿り着く。その侵入を水際で防ぐのが港湾特殊部隊の主な任務なのだという。
そんな説明を聞いても、港湾どころか屋敷の外さえもほとんど知らない美月には、その情景を想い描くこともできなかった。
久良岐家に嫁いで来ても、食事の支度や掃除などの家事はそれぞれ担当の使用人がいるため、美月はここでも一日の大半を針仕事ですごしていた。
タキに相談して男物の布を届けてもらい、手始めに煌の家着を仕立てることにした。
母屋にあった作業用のテーブルと衣桁も部屋に運び入れてもらい、環境は快適だ。
毎日部屋を掃除してくれる使用人がミィを見つけ、それからは猫の食事も用意してもらえるようになった。
「こんなに至れり尽くせりで、いいのかしらね、ミィ」
座布団で昼寝する猫の額を撫でながら、美月は問いかける。
まだ、夫とは話どころか満足に顔も合わせていないのに。
だが、肝心のその一点にさえ目をつむれば、美月にとっては平穏な毎日だった。
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