アイドルはやめられない?

青樹空良

アイドルはやめられない?

「ね、昨日の配信見た?」

「見た見た~。可愛かったよね」

「最近テレビにも出てるし、そっちも追いかけちゃってるよ」

「わかるわかる!」

「現代の妖精とか言われてるのも納得できるよね。可愛すぎだし!」

「わかりみしかない」


 私はびくりと反応してしまった。

 近くを歩いている制服を着た高校生らしき女の子たちが、私のこと(だと思われる)を話しているのが聞こえてしまったからだ。

 現代の妖精なんて言われているのは、私しかいない。

 正直かなりダサいとは思うのだけれど、そういう名称が定着してしまったのだから仕方ない。

 わからないように眼鏡を掛けて、地味めな格好をしているけれど気付かれることもある。

 こうして町の中を歩いていると、私の噂が聞こえてくるのは嬉しい。だからこそ、私の嬉しい評判を聞きたくて思わず歩き回ってしまう。それに、バレたらバレたでキャーキャー言われるのも悪くない。

 が、心の中で、平常心平常心と繰り返す。興奮してしまうとまずい。

 アイドルにスカウトされたのも、こうしてただ町を歩いているときだった。

 最初、どうして話しかけられたのかもわからなくて、かなり動揺した。

 だけど、アイドルにならないかとか言われてちょっと楽しそうだなと思ってしまった。

 アイドルをやるのは楽しい。

 今まで、あまり目立たないように生きるように言われていたから、堂々とステージの上で歌ったり踊ったり出来るとか、楽しいに決まっている。

 その分、普段生活しているときには私だとバレないようにひっそりと生活しなければならないわけだが、それも慣れたものだ。

 ちょっと窮屈だなと思うときもあるけれど。




 ◇ ◇ ◇




 そして、いつものステージ。

 私は歓声を浴びながら新曲を披露していた。

 いつものことながら、人前に姿を現すのはめちゃくちゃ気持ちがいい。

 気分が高ぶってきた。

 新曲の発表ということもあって、ファンのみんなの熱気もすごい。

 こっちまで熱くなってしまう。

 背中がムズムズしてきた。

 その瞬間。

 私の背中の羽がぶあっと開いて、客席からものすごい歓声が上がった。

 拍手が私を包み込むように聞こえる。


「やっちゃった……」


 私は誰にも聞こえないように小さく呟いた。

 興奮しすぎるとやらかしてしまうので、いつかはこの日が来るとは思っていたけれど。




 ◇ ◇ ◇




 その日のことはネットでもニュースになった。

 素敵な演出だったということでSNSなんかにも感動したと声が溢れた。


「……よかった」


 私は胸をなで下ろす。そういう解釈してくれたならそれでいい。

 違う意味でニュースになっていたら困ったことになっていた。


「あの背中から羽が生える演出って聞いてなかったけど、自分でやったの?」

「あ、あは。そうです」

「どうやってやったのか全然わからなかったよ。マジックかなにか習ってたの? 現代の妖精って言われてるし、それに合わせたんでしょう? 本当にすごかったよ」

「あはー。ありがとうございます」


 私は引きつりそうになる顔を悟られないように、マネージャーさんに向かって微笑む。

 あの日、ステージの上で気持ちが高ぶった私は羽が出てしまうのを抑えられなかった。

 きらめくライトに照らし出される透き通った羽。私の背中から生えたのだから、自分自身で見ることは出来なかったけれど、それはそれは美しい光景だったに違いない。

 感動しすぎて涙が出てしまった人もいると聞く。

 そう、現代の妖精とか言われている私は、実は本物の妖精だ。アイドルにスカウトされるまでは、人間に見つからないようにひっそりと暮らしていた。

 そんな妖精の私が、たまには人間の世界を見てみたいと思って森から出てきたらスカウトされてしまった。そのまま、アイドルって楽しそうだなという好奇心に負けて断れなかった。で今、私は人気アイドルになっているという訳だ。


「またアレをやって欲しいって声がすごくってね。どうやったのか教えてくれる?」

「いやー、それは……」


 あはは、と誤魔化すように私は笑ってみせる。

 あまり派手にやりすぎて妖精がまだこの世界にいるなんてバレたら、静かに暮らしている仲間たちにも迷惑が掛かる。

 現代の妖精、なんて呼ばれ始めたときもバレたかと思ってちょっぴりヒヤヒヤした。可愛いことを指すのだとマネーじゃーに言われて、ほっとしたのを覚えている。

 楽しかったけれど、ここが潮時というやつだろうか。いつも隠れて暮らしているだけに、堂々と姿を見せてちやほやされるのは最高の体験だった。

 でも、本物の妖精だと気付かれたら話は別だ。研究対象なんかにされて、大変な目に遭うと聞く。だから、私たち妖精は人間の前に姿を現さない。

 そろそろ姿を消す時が来たらしい。わかってはいるけれど、少しこの生活が名残惜しくもある。

 だけど、突然姿を消した伝説のアイドルとして語り継がれるのも悪くない。

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