第11話

 朝の光が射し込むと同時に、今日もわたしは目覚める。


「ミレイユ! 朝だよー!」

「なんだ……もう起きたのか」

「なんかお腹空いちゃって……」

「食べ盛りなのか、これだから子供は仕方がないな」


 ミレイユはそう言いながらも、わたしのために食事の用意を始める。ミレイユは魔法を使ってかまどに火をつけ、その上に鍋を乗せる。前日の食事の残りものをスープにして、二人で朝食をとった。


 この世界にやってきてから、ひと月ほどが過ぎて、わたしは少しずつ、ここでの生活のリズムに体が慣れてきた。元の世界にいた頃は朝早く起きるなんて苦手だったのに、ここに来てからのわたしは、朝日が昇る頃に起きて、夜には自然と眠くなって寝てしまう。それは、ミレイユが朝型生活をしているせいだった。


 魔女といえば、夜に活動しているイメージだったけれど、思えばここはわたしの住んでいたところとは違って、夜には街の明かりは消えてしまう。ミレイユと暮らしているこの森なら尚更、夜は暗くて何もすることがないから、自然と朝型になってしまうのも納得だと思う。


 朝は陽が昇るのに合わせて起床し、朝食を食べたら、食べられるきのこや植物を集める。昼にはミレイユとともに楽器を演奏する”特訓”をおこなう。これはわたしのギターの音に慣れるために、ミレイユが希望して始めたものだ。


 それから、陽が落ちる前にまた食料を調達しに行く。ミレイユが魔法の力を使って動物や魚などを捕まえて、それを一緒に料理して。夜にはまた火を囲んで食事をするのだ。


 わたしがここでの生活に慣れてきた一方で、ミレイユもわたしと過ごすうちに、少しずつギターの音に慣れてきたみたいだった。まだかなり集中する必要があるようだけど、今では一緒に簡単な曲を合わせられるまでになっていた。


 だけど、それでも相変わらず和音という響きはミレイユにとっては刺激的みたいで。わたしががちょっと変わった和音を使えばてきめんに効果を受けてしまう。ときには顔を真っ赤にし、頭を抱えて座り込んでしまったりして。辛そうで心配になる反面、そんなミレイユの様子がちょっと可愛かったりもして、ちょっとだけ楽しくなる。




「だんだん良くなってきたぞ」


 その日、何度目かのセッションの後、ミレイユはようやく笑顔を見せ始めた。


「うん。今のすっごく良かったね!」

「人と一緒に吹くことがこんなに楽しいなんて、知らなかったよ」


 少し照れている様子で、目をそらしながらもそう言った。


「そっか……ミレイユはずっとひとりで笛を吹いていたんだね」


 わたしはギターを鳴らす手を止めて、ミレイユに問いかける。


「寂しくなかったの?」

「そんな感情、魔女には必要ないからな。……とうに、忘れてしまったよ」


 そう言う表情はどうみても寂しげだった。ここ1ヶ月共に過ごしたからわかってきたことだけれど、ミレイユはやはり素直じゃない。


 だけどやっぱり、普通の人間にはわからない孤独を抱えているのだということは想像できた。なにしろ千年以上も生きているというのだから、きっとその間にはいろいろなことがあったに違いない。


 前にミレイユは、ずっと眠りについていたとか言っていたけれど、それはいったいどういうことなんだろう。どうしてミレイユはそんな目に遭わなければならなかったのだろう。疑問に思って何度か尋ねてみたけれど、ミレイユがわたしの質問に答えることはなかった。


 きっと、わたしたちにはまだまだ、圧倒的に足りないのだ。ミレイユが心を開いてくれるだけの時間が。


「それより、特訓だ。また始めるぞ」


 またうっすら頬を赤らめながら、ミレイユは言う。


「はいはい。……次は手加減しないよ?」

「望むところだ」


 そう言ってわたしたちはまた、音を合わせ始めるのだった。

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