第2話

 尻に揺れが伝わる。でも、昨日の様な暗闇ではなく、隣には翼の生えた女性がいる。じっとただ前だけを見て、まるで僕に興味がないようだ。かれこれ2時間ほど馬車に揺られ山道を進んでいる。二人の召使らしき男性は早々に眠りこけ、ラース様は読書に耽っている。

「あ、あの」

「何?」

「あとどれくらいで目的地まで……」

「屋敷まではもう少しかな。プシィも寝てればよかったのに」

「いや、ラース様が起きているのに眠るなんて」

「旦那様はそんなこと気にしないと思うけど」

「それにあなたも」

「私は別に。眠たくないだけだから」

「でもさっきから、頭をふわりふわりって」

「別に眠たくない」

「あの……」

「眠たくないって!」

「そうじゃなくて。名前を教えてもらえませんか?まだ、聞かせてもらってなくて」

「あ。ご、ごめん。私はドラク。そう名付けてもらったわ」

「名付けてもらった?」

「私もオークションで買われたの。旦那様に。プシィ君と同じね」

「もしかして、あの二人も?」

「そうよ。あっちの若い方がイル、そっちのおじさんがハッカ。二人とも旦那様の所有物ってわけ」

「ドラクさんは」

「ドラクでいいよ。あと、タメ口でいい」

「あ。ド、ドラクはどうしてオークションに売られたの?」

「なかなか踏み込んでくるね」

「ごめんなさい!」

「私は良いよ。でも、二人には聞かない方がいいかも。まず、そう言うこと聞かれて嫌な顔しない人の方が少ないから」

「気を付けるよ……」

「私は、ダメだったんだ」

「?」

「私の母親は人間で、父親は吸血鬼だった。でも、兄弟と違って私は吸血鬼の力をあまり引き継がなかった。力は人間の男くらい。吸血はできない。でも、血を飲まないと死んでしまう。めんどくさいでしょ、私の体」

「確かに……大変そう」

「だから、捨てられた。まともに育てられないからポイッってわけ」

「そんな。そんな簡単に」

「その程度だったんだよ。私は売り物になったからまだよかった。半分人間・半分吸血鬼なんてレアだからね」

「だから、ラース様はドラクの事を?」

「さーねー?なんで買われたのかわからない。でも、可哀そうだからとか、そういう哀れみで買うような人じゃない。多分、子供が欲しかったんじゃない?」

「子供?」

「だから、君の事を買ったんだと思うよ。70年ぶりに」

「えっと。失礼な質問してもいい?」

「なに?」

「今、ドラクは何歳なの?」

「んー。どーしよっかなぁ」

 気さくに話してくれた彼女は勿体ぶりながら体を擦りよせ、耳元で囁いた。

「ひ・み・つ」

 彼女の唇の擦れる音が耳の中で木霊していた。

「ドラク。二人を起こしてくれ。もう屋敷に着くぞ」

「はーい」

 話に夢中だったからか気が付くと山道を超え、窓の先には平野が広がっていた。色とりどりの花が咲き誇る花畑。天然のプールの様な小さな湖。そして、平野の中に漆黒の洋館が一件建っていた。草の青い香り。花の鮮やかな香り。肌に触れる空気は周りのものを浄化している。周りが清らかなものだからこそそびえたつ黒が異端に思え、中へ招かれるように感じ、つい立ち止まってしまった。

「ようこそ。私の屋敷へ」

 先を歩んでいたラース様は振り返りこそしないが声色はどこか自慢気に感じた。

 ただいまと皆が口にして屋敷に入っていく。

「ただい……どうしたの。プシィ?」

「なんか。どうしていいのかわかんなくて」

「不思議な子。ただいまって言って入ればいいんだよ」

 戸惑う僕を見て仕方ないと言わんばかりの表情でドラクは僕の手を取ってくれた。

「行くよ。せーの」

「「ただいま!」」

「おかえりなさい」

 奥からの返事は女性の声だった。

「ただいま。サヨ」

 奥から現れた女性は浮いていた。モノクロ写真のように灰色で半透明で。まるで。

「ゴースト」

「えぇ。私、もう死んでるゴーストよ」

「なんだ。プシィ。ゴースト、見たことないの?」

「う、うん。実はバンパイアというか人間と動物以外の亜人モンスターをみたことないから」

「え、じゃあ私はバージン吸血鬼ってこと?」

「バージ……そ、そういう事になるね」

「ドラクー!新入りー!飯の時間だから手伝ってくれー!」

「あらまぁ。ハッカがお呼びよ、ドラク。行ってあげなさい。プシィもね」

 彼女は母親のように優しい口調で、旅立つ息子を想う様に寂し気に言葉を残して消えていった。

「プシィ。サヨの事は旦那様には内緒にしておいて。それが、サヨから私達へのお願いだから」

 そう告げて僕の手を取りドラクは声の先まで案内してくれた。

「よう、新入り!俺はハッカ。ここでは料理を主に任されている。腹が減ったら俺に声をかけてくれよ。うまい飯を作ってやるからな!それにこっちが」

「俺はイル。庭の手入れを主に任されている。よろしくな、プシィ」

「二人ともよろしく」

「よーし。自己紹介も済んだし、飯の準備をするぞ。今日はいいサイズのサクラ鮭が手に入ったからな。それに、あの競売所近くには良いマーケットがある。山菜も野菜も揃ったからな。サクラ鮭のムニエルをメインに赤長トマトのピクルスとバゲットを焼いて添えて。んー。もう一品欲しい所だが」

「水玉鶏卵があっただろ。あれでオムレツなんてどうよ」

「それなら私は目玉焼きがいいなー」

「ほら。お前らいつも意見が分かれるだろ。だから、迷うんだよ。ラース様は俺たちの好きなものにしろというし。……そうだ、新入り。お前は何がいいんだ?」

「僕は……ゆで卵」

「……」

 これでよかったのだろうか。まともに料理ができない僕はイルと一緒に食事の準備とできた料理の運搬をしていた。赤や青、緑の椅子が3脚。そして、黒を基調として金の彫刻が施された対の椅子が1組。

「端から大きいの、中くらいの、小さいのの順番で置いていく。右がナイフ、左がフォークな。自分が使う時も端から内に向かって1品づつ使い分けるといった感じだ」

「な、なるほど。使う順番まであるんだね」

「まぁ、そんなに畏まらなくていいけどな。マナーだけど、家族の食事でそれを強く言うことは少ないだろ。マナーを知っておいて、必要な時にそれが出来ればいいんだよ」

「うん。覚えて使えるようにしておくよ。教えてくれてありがとう、イル」

「気にすんなよ、兄弟!ほら、料理が冷める前に準備終わらせるぞ!」

 彼は、兄弟と呼んでくれた。彼からしたら僕は弟だろうか。たった数時間一緒に過ごしただけでそこまで砕けた関係にしてくれた彼は優しい人なんだなとなんだな。

 夕食の準備が整ったところで時計の鐘が鳴り響いた。時刻は午後8時。鐘が鳴り響くと奥の扉が開き、ラース様が降りてきた。

「今日もうまそうな夕餉だな。ハッカ。これは、ゆで卵か。懐かしいな」

「ありがとうございます。ラーク様」

「皆の者。食事にしよう。席につき給え」

 その席に行くことが当たり前のように僕以外の全員がそれぞれの席に着いた。多分、決まりの席があるのだろうけど開いている席はラース様の横にある金の椅子以外に見当たらない。戸惑った様子にラース様もすぐに気が付いた。

「すまない、プシィ。君の席が無かったね」

 申し訳なさそうにラース様は立ち上がり、僕の元まで来て、手を取った。

「今欲しい椅子を願いなさい。頭の中で強くだ」

 僕は目を瞑った。本能的にそうしないといけない気がした。

「デザイア」

 目を開けると目の前に椅子が現れた。白いペンキで塗られた木製の椅子。背もたれのところが他に比べてやけに白く何度もペンキを重ねたようになっている。

「あの、この椅子は」

「君の中にある椅子の概念をここに召喚した。でも、あまりにもぼんやりとしていたな。それに」

 僕の椅子を三人は興味津々と見ていた。

「そんなにおかしい?僕の椅子」

「プシィの椅子。知らない形なんだ」

「知らない形?」

「足はヒノキの猫足。背もたれはリンゴ。でもクッションは横長でピアノの椅子みたいな革。なのに、全部真っ白で、その白って色もチグハグだ。足はクリーム色っぽい。でも、背もたれの腹側は真っ白。背側は肌色に近い。なんだか統一感がありそうで無いだろ?」

「そう言われると確かに」

「それと、白色ばかりもおかしい。でしょ、旦那様」

「あぁ。私の魔法で現れたものは相手の記憶を媒介としている。しかし、記憶というものは曖昧なものだ。本来の色のみを正確に覚えるというのはかなりの思い入れがある物しかできない。だから、赤や緑、紫や黄など様々な色が混ざったり青、紫、藍のように同じような違う色が混ざった創造物が生まれる。ほとんどの創造物は鮮やかになるのだよ」

「でも、僕は白ばかり……」

「白というのは曖昧さの象徴でもある。わからない、知らない。それらの感情の色は靄のように薄くなり、そしてその果てが白である。ほとんどが白という事は色の情報が極端に少ないということ。だが、造形は事細かで繊細だ。形が分かるのに、色が分からない。謎解きの様な矛盾がプシィの中にある」

「だから、お前の事を教えてくれ。新入り」

 この椅子を見ただけでそこまでの事がばれてしまった。正直に話すしか僕には手立てが分からなかった。ラーク様は僕が話し出すのを待っていた。

「その。どう説明していいのか。何を説明していいのか。……僕は、プシィと呼ばれています。僕は、どこかからあのオークションに運ばれてきた。そして、今日。貴方に。ラーク様に買われました」

「今より前はどうだ」

「……覚えてないんです」

「……そうか」

 その返事だけでラーク様は満足したようだった。

「全員。席につきなさい。食事だ」

 全員が席に着いた。ドラク達がグラスを片手に準備しているのに気づき、僕も慌ててグラスを持った。

「それでは。今日新たな家族が増えたことを祝い。そして、プシィの新たな人生の門出を祝い。乾杯」

「「「乾杯!」」」

 僕はこの家族の一員として、プシィとして新たな人生を歩みだした。

 *** ***

「ほら!プシィ!ちゃっちゃと洗濯物運ぶ!そんなに遅いと他の仕事が終わるのが夜になるぞ」

 宴から2か月が経ち、回遊魚の様な毎日を過ごしていた。朝は日の出ととも起き、ハッカと朝食を作る。食べ終わると片づけはハッカに任せ、草原にしか見えない広大な庭の掃除と草木の手入れ、畑の世話をイルとする。ほどほどに手入れが終われば屋敷の部屋の掃除、洗濯をドラクと共にする。僕に与えられた仕事は全員の手伝いだった。こんな事をしていくとすぐに昼を過ぎ、昼食の時間になる。今日も任された洗濯物を必死で干し終え、僕は食事堂に駆け込んだ。

「遅くなってすいません!」

「遅いぞ~。もう俺は腹が減った~」

「私も~早くご飯食べさせてー」

 イルとドラクは机にぺたりと倒れこみブーブーと文句を垂れている。その姿を見てラース様は不甲斐なさげにため息をついていた。

「ドラク。いつも言っているだろう。プシィはまだお前のように仕事が早くできないからちゃんと面倒を見てやれと。お前が一番にここにきてどうする」

「ですが、旦那様。こいつもう2か月毎日この仕事やってるんですよ?早く一人前になってもらわないと私が楽……心配で他の仕事ができませんよ」

「それなら洗濯だけをプシィに任せて、お前には新しい仕事を任せることにするが。そういえば排水の流れが良くないとハッカが言っていたが、排水溝の仕事でもお前に任せようか」

「じょ、冗談ですよ!ちゃんと指導しますから!そんな汚い仕事、嫌です!」

「汚いとは失礼だな。毎回俺がキッチンもトイレも綺麗に掃除してるのにそんないい方しないでくれよ」

 不満げにハッカが昼食を持ってきた。

「こちらが本日のランチ。野菜チャーハンとチェダーブルのテールスープ。召し上がれ」

「おー!来た来た!いただきまーす!」

 我慢の限界だったイルがすぐさま手を付けた。それを皮切りに全員がいただきますと食べ始めた。テールスープといいながらしっぽ以外の部位の肉もゴロゴロと入っている大胆さがハッカらしい。コンソメ風味と牛肉の出汁が美味しく、肉もほろほろでおかわりが欲しくなってしまう。

「スープもチャーハンもおかわりがあるから、どんどん食べてくれ」

 心の中を読まれたのかもしれない。この数か月でみんなの特性を知った。

 ハッカはオーク族らしい。といっても体毛が濃いこと、他の人よりも肉付きが良いことくらいしか人間と差はないと本人は笑い飛ばしていた。オークは五感のコントロールが人間よりも細かくできるらしく、嗅覚と味覚を強くし料理に活かしているのだとか。そして元々の観察眼の強さから相手の心の中を読んでいるとも言っていた。まさに今、僕の心も読み取ったのだろう。

 イルはミイラ族。といっても包帯は不要で、むしろ邪魔だから外しているのだとか。さらっと自分が不死である事を教えてくれた。人間で言う生命活動が特定の年齢で止まったからこれ以上老けることもなく、筋力も衰えない。生まれた時は繭に包まれていて、包帯はその繭で作られた糸で編んだものらしく、ケガをした時はその包帯を幹部で巻いて放っておくと再生するらしい。

 ハーフバンパイアといい、オークといい、ミイラといい、ゴーストといいとんでもないモンスターハウスに僕は住んでいる。彼らの存在は割と当たり前のものらしく、記憶の無い僕の方が珍しいと言われた。

「このチャーハンうんっまぁ!ハッカ!私、おかわり!」

「俺もくれ!今日の午後のためにも、エネルギー蓄えねぇと!」

「今日の午後何かするの?」

「そうか。今日から再開するんだったな。プシィが来たから、屋敷に慣れるためにってやめにしてたけど、本当は昼食後いつも稽古があるんだ」

「稽古って演劇とか?」

「ちげーよ。こっち」

 そう言いながらイルはスプーンを真っすぐ両手で持ち、振り下ろす素振りをした。

「まさか、剣術?」

「正解!午前に家の事とかを大急ぎでやってたのはこのため。昼めし食って、ちょっち休憩したら庭で戦闘訓練をするんだよ」

「戦闘訓練って。どうしてそんな物騒な」

「んー。ラース様の方針というか。ね、ラース様」

「あぁ。武術は修得者を技術で強くするだけでなく、心も強くする。それに、もしここを出て行っても用心棒として仕事につける。いつかのための訓練だよ」

「そ、そうなんですか」

「あぁ。もちろんプシィも今日の昼から混ざってもらう」

「でも、僕は分からないですよ。記憶もないので……」

「記憶がなくたって稽古はできるだろ。それに教えてやるから心配すんな!」

 イルはそう言って、僕の肩をバシバシと叩いてきた。武術。周りに比べてちんちくりんな僕に出来るだろうか。不安を振り払うようにチャーハンを平らげた。

   *** ***

 2時間ほどの休憩を取り、僕らは庭に集まった。

「それじゃあ。始めるとしようか」

 ラース様がデザイアと唱えると目の前に人型の木と木製の武器が現れた。ハッカは小斧と盾、イルはトンファー、ドラクは双剣を握った。

「それでは3人は先に始めなさい。プシィはこっちへ」

ラース様に付いて行き、屋敷の倉庫に着いた。ラース様は懐から鍵を出し、倉庫を開け、その中へと入っていく。倉庫の中は埃っぽく、鉄と木の香りが混ざっていた。四方には剣やボウガン、斧にヌンチャクなど多様な武器が飾られていた。木刀も鉄製の武器もまぜこぜでどれも本物なのだと思う。

「ここは私のコレクションルームだ。この中で興味を惹かれるものはあるか?」

「興味ですか……」

 僕はおもむろに倉庫の中を回りだした。ボウガンは近くで見ると僕の腕と同じくらいの大きさで動きにくそうに思えた。斧も大きなものは使いにくそうだ。小さなものなら振り回せるだろうか。歩き回る中である剣が目に留まった。片刃で細長くサイズは周りの剣よりも一回りほど小さい。振り回しやすそうで、敵の懐に入り込み腹を切り裂く。そんな想像がすぐに考えついた。

「その刀を選んだのか」

「え。あ、はい。これなら僕にでも扱えそうだなと思って」

「確かに小回りの利く使いやすい刀だ。異国で手に入れたもので、名を春風と呼ぶ」

「春風……これを触ってみてもいいですか?」

「あぁ。構わない」

 壁掛けから降ろし、その刀を握ると懐かしさを感じた。僕はこの握り心地を知っている。この刀は僕の過去を知っている。

「この刀、異国といいましたがどこでどのように手に入れたんですか」

「私は昔、兵士だった。蒸気船で東に突き進んだ先にその島はあった。まるで祖国と違う建物が並んだその国の名はジルパ」

「ジルパ?」

「あぁ。そこで手に入れたんだ。仲よくなった人間ひとが居てね。当時のジルパは有名な武器師がいる国で、その人の武器を使いこなせれば一人前の兵士という風潮があったんだ。私もその風に当てられた一人だったのさ」

「そんなに価値のある武器なんですか……」

「その武器には兄弟がいるんだ。他に三本。ジルパにあった四季に準えたそれらを四銘刀と呼ぶらしい。といっても私はその春風しか見たことがないがね」

「刀に兄弟ですか。おしゃれな考え方ですね」

「作った本人が言っていたんだ。私の思想じゃないぞ」

 ラース様はおいおいと指摘し、二人とも笑いだしてしまった。ドラクの言葉を思い出していた。ラース様は子供が欲しくなった。オークションの会場やへルネスとの対話の時には身震いするような冷たさをこの人からは感じていた。でも、屋敷に移動する間も今日までも優しく微笑み、僕の事を気にかけてくれるこの人との時間に少しづつ安心を覚えていた。

「その刀はプシィが持っていなさい」

「え!でも、これはラース様の思い出があるのでは」

「おいぼれの思い出など気にすることはない。それにこれはどこまで行っても刀だ。主君を守り、道を切り開く事が何よりも喜びだろう。私からのプレゼントだよ」

「……わかりました。ありがとうございます、ラース様」

「それでは、君への贈り物も決まったなら稽古に入ろう。これも取りに来たのだ」

 そう言うとラース様は木刀を二つ持って倉庫を出た。

 庭に戻るとハッカとイルが模擬戦をしていた。

「おらぁ!おらぁ!どーした?!攻めが足りねえんじゃねぇのか?イルぅ」

「ねちっこい喋り方すんじゃねぇ!ハッカ!オッラァ!」

 どちらも攻防負けず劣らず。僕が戦ったらなんて考える間もなく軍配は向こうに

効に上がるのだろう。だが、イルが僕にはひと際輝いて見えた。ハッカの決して軽くない斧を片腕のトンファーで受け流し、カウンターを隙無く打ち込んでいく。盾で受け流されても次の体勢を整え立ち向かう様は対格差も相まって猫とネズミのように思えた。

「すごいでしょ。あの二人」

「はい。つい、見入ってしまいました」

「久々の稽古なのによくあんなに動けるわ。私はもー。へっとへと」

「おや、なまってるんじゃないのか」

「仕方ないじゃないですか~。2か月もやらなかったら体も動かなくなりますよ」

「それじゃあ、プシィの練習相手になってあげなさい」

「聞いてました?私、もう動けないですよー」

「そうか。それじゃあしょうがないな。プシィにすら勝てないならそういう事にしておこうか」

「そんなこと言ってないじゃないですか!」

「吠える元気はあるみたいだな。私には負けるのが怖いからやりたくないという様に聞こえたぞ」

「はぁ?いいですよ。やりますよ。やってやりますよ!プシィ、やるよ。イル!ハッカ!そこ代わって」

「おぉ。さっきまでへばってたドラクがやけにやる気だな。後輩潰しか~?」

「うっさいわね!威厳を守るためよ!文句ある?!」

「しょうがないな。プシィ、気を付けろよ。軽傷で済むことを願ってるぜ」

「う、うん」

 軽傷でって言われても。剣を握った覚えもないし、相手は吸血鬼とはいえ女の子だし。どう戦えばいいのか。困惑しながらもラース様から木刀をもらい、位置についた。正面のドラクまで約3メートル。意外と距離があるなと少し安心していた。

「それではお互いに。構え!」

 ラース様の発声に体が自然と身構えた。身を低く、刀身は自分の足に添わせるように。柄を持ち、木刀の動きを敵に見抜かれないよう丸みを意識する。

「なに、プシィ。心得がないなんて言いながら、ちゃんとできるじゃない。だったら容赦しないから。覚悟してね」

 ニヒッと不気味に笑うドラクは今までいびってきた彼女の中で一番怖かった。外野の3人も興味深げに見ている。

「はじめ!」

 それと同時にドラクは飛んできた。翼の羽ばたきのブーストがある彼女にとって3メートルなんて距離は至近距離と変わらなかった。咄嗟の反応で刀を抜き、彼女の初撃を受け流したが、その後も猛攻は変わらない。彼女の筋力は僕よりもはるかに上だ。一撃一撃を耐え流すので精一杯だ。そんな猛攻が双剣の短いスパンで繰り出されれば反撃のタイミングは摘み取られていた。

「はじめの構えができたのは上々だけど!反撃の仕方は知らないみたいね!ほらほら!」

 とまらない彼女の連撃に耐え兼ね、刀身が砕け、柄だけになってしまった。予想した感触と違うことに一瞬の隙ができ、後ろに引き下がったがもう武器もない。

「ラース様。まだ二人にやらせるんですか?プシィは武器ないし、実力差は圧倒的だしこれ以上は意味ないですよ」

「ここに来た当初、私に打ちのめされたイルがそれを言うのか」

「そ、それはもう昔の事じゃないですか。お前もこんなことを辞めさせるべきだと思わないか?……聞いてるのか、ハッカ?」

「俺たちがわざわざ口出す事じゃない。それに、はじめはでかい負けを経験する方がいい」

「そうだ。勝ち戦よりも負け戦を経験する。そこから何を学ぶべきか見えてくる。鍛錬の基礎はこのサイクルだ」

「だとしても、ここまで実力差があるとその学ぶべきこともわからないんじゃ」

「てことはまだお前もまだまだってことだろ。これだけ見たら少なくとも次にプシィが何をすべきか分かる」

「あー!もうっ!わかったよ。黙ってみてればいいんだろー」

 折れた木刀は使い物にならない。次の攻撃も双剣の連撃だろう。耐えることはもうできない。

「プシィ。もう終わらせに行くから」

 勝ったことを確信したドラクがフフンと余裕気にそう告げた。彼女は再び飛び掛かり、刃を僕に目掛け振り下ろした。僕はその場を動かなかった。降りて来る刃に対して同じ方向に屈み、空が切られた。下という意識外から反撃を図った。せめて一撃だけでもという考えに僕の脳内は満たされていた。ただでは終われない。右腕に握った柄を彼女の首に向け突き上げた。

「よくやったわ。でも、まだ甘い」

 彼女に届くはずの僕の腕は彼女の腕に止められた。彼女は片方の剣を捨て、僕の腕を掴んだいた。突き上げようにも上から抑え込まれ、彼女の腕から抜け出せない。そのままあっけなく僕は木刀でぽこんと叩かれた。

「イタッ!」

「そこまで。終了だ」

 ラース様の掛け声が入ると僕とドラクの剣は塵のように消えていった。僕はブンっと投げ捨てられ、山積みにされた雑草にズボリと刺さった。ぷはっと草の山から顔を出し、呼吸を整え終える時にはドラクは我関せずといった感じに屋敷に帰っていった。

「大丈夫か兄弟?ドラクの奴もイライラしたからってもっと丁寧に降ろしてくれてもいいのにな」

「あはは。ありがとう、イル」

 イルの手を借りて何とか抜け出し、ラース様とハッカの元へ駆けた。

「怪我はないか?プシィ」

「えっと、ドラクの攻撃を受け流すのだけでもう手も腕も痛くて。まだ、びりびりしびれてるような感じがします」

「よくあいつの連撃をそんなほっそい腕で耐えきったよな」

「それに初めの構え。プシィ。お前、剣の心得なんてないって言ってなかったか?」

「そ、そのはずなんですけど。なんか、ラーク様の掛け声を聞いたら勝手に体が動いて」

「勝手に……か」

「は、はい」

 ラース様は顎に手を当て何かを思い出すように考え事を始めてしまっている。

「まぁ、まずは腕の様子を見ようぜ。これで兄弟の腕にひびでも入ってたら大変だ!」

「あんだけ上手にいなしていてそんな大けがになるわけないだろ。お前じゃないんだから」

「一言余計だなぁ?!何だ?喧嘩か?」

「そんな喧嘩買わねぇよ。ほらプシィ。医務室に行くぞ。痛み止めとテーピングで腕を楽にしてやる」

「ありがとう、ハッカ」

   *** ***

 ベッドに寝ころびながら腕を見ていた。腕はきつく包帯が巻かれ先ほどまでの痛みは多少楽になっていた。

「ほら。これも飲んどけ。痛み止め薬だ」

 二粒の錠剤と水の入ったグラスをハッカが用意してくれた。

「ありがとう」

 受け取り、薬を飲み込むとグラスをよこせとハッカがクイクイとジェスチャーした。手渡すとそれに水を入れ自分も飲んでいた。

「あいつのこと。恨まないでやってくれ」

「あいつってドラクの事?」

「あぁ。あそこまで本気でやるとは思ってなかったんだ。はじめにボコボコにされるのはここに来た奴の通過儀礼みたいなものなんだが、あそこまでじゃない。ドラクもあんなに短気な奴じゃないんだよ」

「それは知ってるよ。もう2か月一緒に働いてるからね。でも、戦ってる時が今までで一番楽しそうにしてた」

「あいつは確かに好きかもしれないな。いつも仕事は不真面目だし、使えるコマは何でも使って楽をする。そんなあいつだけど、いつも真っ先に剣を握るんだけどな。今日は避けてたし、なんかおかしかったな」

「そうだったんだ」

 ガチャっ!と勢いよく医務室の扉が開くとイルが入ってきた。

「兄弟の処置は終わったかー?終わったんなら早く飯作ってくれよ~」

「あぁ。確かにもう作らないとな。夕食の時間に遅れちまう」

「僕も行くよ。もう動けるから、手伝わせてよ」

「そうか?それじゃあ、お願いするよ。ありがとうな」

 晩飯は何かな。腹が減った。そんな風にぼやくイルを連れて3人で調理室へ向かった。着くなりすぐに手を洗い、エプロンを着たハッカが冷蔵庫から食材を取り出した。赤く熟したトマト。ぴんと張った白ネギ。鮮やかな緑のレタス。さっきから出る食材は野菜ばかりだった。

「んー。困ったなぁ」

「どうしたの、ハッカ?」

「昼までは確かにここに肉や魚があったはずなんだが。それがきれいに無くなっていてな。イル。お前食ったのか?」

「食わねぇよ。腹が減って仕方なんだからふざけたこと言わないでくれよ」

 そう言いながらイルはトマトをかじっていた。

「とは言ってもなぁ。今日の夜は野菜だけにするしか」

「はぁ?!朝から働いて、昼は稽古。こんだけ一日動き回って晩飯が野菜だけじゃ明日うごけねぇぜ」

「無いんだから仕方無いだろ。買いに行くわけにもいかないし」

「じゃあ狩ってくる。俺と兄弟で」

「え?!」

「もう日が落ちてきてるんだぞ。危ないからやめとけ。それにプシィは置いてけ。お前みたいに戦えるわけでもないんだから行かせられない」

「そうだよ。僕が行っても役立たずだし」

「俺がいるんだから大丈夫だ。それにそんな山奥まで行かねぇよ。少し森に行けば野兎か鴨がいるだろ。俺が狩るなら荷物持ちが一人いねぇとやりにくいだろ」

「それなら俺が行けばいいだろ」

「いいや。プシィを連れて行きなさい」

 いつからいたのか。ラース様はそのように命令した。

「ラース様!ですが、プシィは稽古が初日だったこととドラクとの試合で疲れてます。連れていくのは……」

「私の命令を否定するのか?」

「そ、そんなつもりじゃ」

「俺たちが口出す事じゃない、だろ?ハッカ」

 ヌフフと笑うイルをハッカはじーっと睨んでいた。

「イル。プシィ。二人で行ってきなさい。獲れた分が今夜の夕食だ。時間は30分もあれば十分だろう」

「はーい!ほら、兄弟!行くぞ!」

「え、あぁ。うん。行ってきます」

 納得いかないと言いたげなハッカを横目に僕は手を惹かれるまま連れていかれるしかなかった。

 *** ***

「この辺には野生のマッシュイヤーが生息してるんだ。白くつるんとした体毛と小柄な体格が特徴的だな。あと集団で生息していることも多い。臆病だから驚かせないように気を付けろよ」

 もうこの会話も3回目だ。森に入って20分ほどたったが未だに動物を一匹も見ない。その辺にたくさんいるような口ぶりだったがそんなこともないらしい。

「ねぇ、イル。もう戻ろうよ。今日は罠でも仕掛けて明日の朝をお肉にしよ。ね?」

「そんなに我慢できねーよ。もう肉の口になっちまったんだから獲るまで帰れねぇ」

「そんなぁ」

 その時、後ろで草を踏む音がした。草がつぶれるカサッという音が四方八方から聞こえる。その音はだんだんと大きくなり、ぴたりと止まった。

「兄弟!剣を持て!」

 イルの言葉通りに動く前に全身に痛みを感じた。突き立てられた前歯は皮膚を貫通こそしなかったが小さな赤い腫れが体の露出したいたるところにに出来上がった。周囲は小さな兎に囲われている。白い体毛から目的のマッシュイヤーなのだろう。だが、いきなり襲ってくるなんてことありえるのだろうか。臆病な動物が存在も気づいていないこちら側に喧嘩を売るような真似をするとは思えない。イルの指示が遅れたのもそこまで意識しなくていい生物だからだろう。

「兄弟!大丈夫か?怪我は?」

「大丈夫。少し痛むけど問題ない。それより、この状況って」

「いつもこんなことは起きない。それにこんな大量の群れも作らねぇよ。20匹はいるんじゃねぇか」

「こんなに攻撃されることは?」

「それもねぇ。捕まえてから少し噛まれるくらいだ。こんな攻撃的になる事なんて初めてだよ」

「逃げる?」

「お前次第だな。この雑木林を20分走り続けて屋敷まで戻れる体力はあるか?」

「ない!」

「だよなー。んー、戦うしかないか」

 イルは立ち上がり臨戦態勢に入った。僕も持たせてもらった木刀を構える。兎たちはキシシシと歯を鳴らし小さな耳を立て威嚇している。お互いに動きを見合い、出方をうかがっている。でも、圧倒的な数の差。埋め合わせられない。

「行くぞ!兄弟!」

 イルが動き出すと同時に兎たちも飛び掛かってきた。はじめの数匹は直線に飛んでくるだけだからまだ対応できる。問題は。

「後ろから来るぞ!避けろ!」

 兎の捨て身のタックルが右肩をかすめた。前方からの対応をするには後方まで意識を向けられない。細身で動きやすい木刀だとしても全面を対応するなんてできない。

「うっ!クソ、こいつらこんなに速かったか?うっ。また」

 僕よりも狩りや戦闘に慣れているはずのイルすらさばき切れていない。困難な状況なのか。なんて思い耽る暇は僕になかった。どうにか全面を対応したい。打開策が欲しい。

「イル!こっちに来て!手伝ってほしい!」

「ん?おぉ。わかった!」

 初めはバラバラに倒していけばどうにかなると思っていたけど、そうじゃなかった。イルと背中合わせになって前と後ろ、右と左それぞれどちらかを担当して全体を対応する。それが咄嗟に思い浮かんだ精一杯だった。でも、対応できる限度はあった。

「対応はできるがっ!やっぱりっ!こいつら、いつもより速ぇ……個体差なのか」

 確かに明らかに飛び込み速度が段違いの兎が時折いる。だけど、個体差だと思えない。完全に倒した兎はまだ6匹ほど。鋭くない木製武器では柔らかい体毛が滑り、うまくダメージが与えられない。

「おっ!あぶねぇ。ラッキーだが高速兎一匹倒したぜ!」

 そういうイルの方を見ると足元に動かなくなった兎が1匹。そしてその兎が飛んできた方向に弱って動かない兎が1匹いる。他の方向を見ても地面で飛ぶだけで襲ってこない兎が数匹いる。

「イル!素早い奴の攻撃方法が分かった!……かも!」

「なに?!何だ、その方法ってのは?!」

「2段ジャンプだよ!2匹重なって飛んで来てるんだと思う!1匹目のジャンプで距離を縮めて、残った加速と2匹目のジャンプの加速で速度を上げてるんだ!」

「そんな知性がこいつらにか?」

「今はこの前提で動いて!きっと1匹目は2匹目の衝撃に耐えられていない。弱った足場の兎から倒していけば確実に数を減らせれるはず!」

 弱って地面にいる兎を見てイルは僕の提案にのってくれた。

「僕が受けるからイルが1匹目の方を狩って!」

「了解した!」

 兎もタネがばれたことを悟ったのか、2匹一緒に飛んできたりあえて時間差を作るような動きを見せた。だが、方向までは変えられずほとんどが僕の方へ飛び込んできた。兎の突進は優しいものじゃない。が、昼間のドラクの猛攻に比べたら大したものでもなかった。的確に木刀で受け流し、入れ違いに仲間に蹴り飛ばされた兎の急所にイルの一撃が叩き込まれる。1匹、また1匹と着実に数を減らしていった。

「兄弟!こいつで最後か?!」

 息を切らしながらのイルの質問は正解だった。残り1匹。弱った兎がいた。

「うん!それで終わりだよ!」

「それじゃあこれで終わりだぁっ!」

 振りかぶったイルの体に一番小さな兎がぶつかった。とっさの判断もできず、直撃しイルはそのまま倒れてしまった。急いで駆け寄り意識の確認をすると、呼吸はまだあり、気を失っているようだった。長時間動き続けた体に今の衝撃は痛手だ。イルに気を取られているうちに兎らは低木の茂みに逃げていった。静かになった森には動かなくなったたくさんの兎とイル、僕だけがいた。

   *** ***

 少しして意識を戻したイルと一緒に森を抜け屋敷に帰ってきた。荷物入れに持ってきた袋の中は肉でパンパンだ。入りきらない分はポケットの空きや手に持ち、草道を踏み歩いてきた。

「おかえり。遅かった……っておい!どうしたんだ二人ともそんな傷だらけで」

「お、おう。ちょっと兎と遊んでてな」

「馬鹿なこと言ってないで医務室いくぞ。プシィも手当てしてやるから。ほら、イル。肩かしてやるから無理すんな」

「さ、サンキュぅ。実のとこ結構無理してた……わ……」

 がくっと崩れるイルをハッカが慣れたように受け止め、引きずる形で医務室まで連れて行った。途中出くわしたドラクも一緒に医務室に来てくれ、ハッカがイルを、ドラクが僕を手当てしてくれた。

「あ、あのさ」

「え。な、なに?ドラク」

「えっと。その。昼間は……ごめん。調子乗ってやり過ぎた」

「いや、謝る事じゃないよ。それに、ドラクと戦っておいてよかった」

「ぼこぼこにされて喜ぶってあんたなかなか……」

「そ、そうじゃなくて!さっき森の中でマッシュイヤーの群れに襲われたんだよ。イルもこんなことは初めてって苦戦してたくらい」

「だからそんなたくさんの兎を抱えてたの?でも、あんな兎に襲われるなんてほんとについてないわね」

 ドラクは半笑いで同情していた。

「それにしても、あんな兎が襲う事なんてあるんだ。私もそんな話聞いたことないわ」

「俺もだ」

 治療が終わり、目を覚ましたイルがハッカを連れて会話に入ってきた。全身を過剰に包帯で巻かれた姿は確かにミイラだった。

「あ、お目覚め?お疲れ様~」

「あぁ。そこまで大きな傷でもなかったからな。傷の治りもはやかったんだろ」

「そういう事ね。手当てしたハッカに感謝しなさいよ」

「もうしてもらったからいいよ。それよりも何があったのか俺にも聞かせてくれよ」

「えっと」

 それから事の次第をみんなに共有した。大量のマッシュイヤーに襲われ、その中には野生動物とは思えないほど巧みな連携技をする個体もいて苦戦したこと。何とかアイデアを振り絞って撃退したこと。最後、親子を思わせるその兎たちは逃げていったこと。やはりこんなことは珍しく、誰もそんなことは知らないというようだった。

「どう、ハッカ。あんたなら知ってる?」

「知らないさ。そんな知性があるとも思えないし、まるでちゃんと意思疎通ができているような連携だろ?そんなことをするなんてとても思えないな」

「昼間にドラクの連続攻撃を受けてなかったら兎たちの攻撃を凌ごうなんて思えなかったよ」

「だからありがとうってことね。なんだ。そういう趣味なんかと思ったのに」

「だから違うって!」

「冗談よ」

「その様子だと二人とも仲直りしたみたいだな。安心した。ドラク。あんまり兄弟の事、いじめんじゃねぇぞ!」

「なんであんたが怒るのよ。それに私だってあそこまでするつもりじゃなったわよ。ラース様が煽るからでしょ」

「お前らまで喧嘩するなよ。二人はまだここで休んでろよ。ドラクは俺を手伝ってくれ」

「えー」

「つまみ食いさせてやるよ」

「早く調理室行くわよ。おなかが空いてプシィが死んだら大変だもの」

 鼻歌交じりのスキップでドラクは調理室まで進むドラクを見て、全員アハハと苦笑いするしかなかった。

「なぁ、兄弟」

「ん?なに?」

「何度も聞いてすまないんだが、本当に戦闘経験とかないのか?」

「無いよ。昼間も勝手に動いただけ」

「なら、お前は天才だな。ドラクの時もそうだが兎の一撃も決して軽くないのにうまいこと受け流していた。俺じゃお前みたいに簡単にできねぇよ」

「それは……勝手に体が動いただけで」

「別に責めてるんじゃねえんだ。むしろ褒めてるっていうか、尊敬というか。俺、頭わりぃからよ周りを見て作戦を立てるとか、指示出すとかそう言うことできねぇんだ。お前は俺やあいつらの動きを見てこうしてくれって俺に指示出してたろ?」

「うん」

「あれ、すげぇって思うんだよ。だから、もっと技磨いて最強のバディ!俺とやろうぜ!」

「……うん!」

 彼らは誰も何も知らない僕の事を迎えてくれた。イルはすぐに僕の事を兄弟と呼んでくれた。僕に居場所を一番にくれた彼がそんな未来を話してくれたことがたまらなく嬉しかった。


 


 

 

 

 

 


登場人物

ドラク:従者の女性。ショートカットで小柄。バンパイアと人間のハーフ。力は男性プロレスラーくらいに強い。血を摂取しないと死んでしまう。双剣を使う。

イル:青年の従者。庭師。ミイラ族で不死。身体の活動が停止している。ケガをした時は自分専用の包帯を巻けば治る。トンファーを使う。

ハッカ:小太りの中年従者。料理人。オーク種で五感のコントロールが上手く、気配りもうまい。斧を使う。

サヨ:屋敷に住み着く女性のゴースト。ラースは存在を知らない。

用語

赤長トマト:身が赤色で細長いトマト。甘みが強いが皮が硬く漬物にされることが多い。

サクラ鮭:ポピュラーな川魚。皮が薄く、フィレにすると断面から脂と赤身が混ざりピンク色の身になる。

水玉鶏卵:水玉鶏の卵。卵黄が水のようにトロリとしていて人気の高い種類。

チェダーブル:小型で毛皮がオレンジ色をしていることが特徴的な牛。毛皮は丈夫で乾燥に強く加工品に使いやすい。肉は筋肉質で美味しく食べるには工夫が必要だが味は良い。肉からもほんのり牛乳の香りがして、脂もまろやかな甘みを持ちチーズを彷彿とさせる。

四銘刀 春風:四銘刀と呼ばれる刀のうちの一つ。刀身が50cmほどと小ぶりなので風の抵抗を受けにくく、振る時には追い風を受けたように容易く刃を振れる。

ジルパ:極東にあった島国。あまたの業物で有名だった。

マッシュイヤー:白くつるんとした体毛で小柄な兎。数匹の群れで生息していて怖がりな性格。

呪文

デザイア:ラークの呪文

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

頭蓋骨の中身 ひなまつり @022756kgw7h-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ