妖精のいる家
梅竹松
第1話 田舎の古民家で一人暮らしを始めました
私は東京で生まれ育った生粋の東京都民。
都内の学校に通い、都内の会社に就職して今までそれなりに幸せに暮らしてきたつもりだ。
だけどアラフォーに差しかかった頃、そんな都会生活に少しだけ疲れを感じるようになった。
人混みの中で生活するうちに心身が疲弊してしまったのだ。
だからある日、私は思い立った……地方に移住しようと。
そうと決まればさっそく行動だ。
移住するならできるだけ自然の多い場所がよい。
理由は、そういう場所なら都会の暮らしに疲れきった私を癒してくれそうだったから。
自然が多いことを最優先事項にして、私は地方の家を探し始めた。
そうしたらそこそこ立派な古民家が破格の値段で売りに出されているのが見つかった。
山の中に建てられた一軒家で、画像を見る限り築年数も相当古そうだ。
そんな家が短いローンで購入できる状態だったのだ。
私はさっそく問い合わせてみた。
すると、その古民家はいわゆる曰く付き物件であることが判明した。
何でも昔から妖精が棲みついており、ちょっとしたイタズラをするらしい。
少し不気味な家だからなかなか買い手が現れず、値段も破格だったようだ。
その話を聞いた時、妖精なんてスピリチュアルな存在を信じている大人がいることに私は正直呆れてしまった。
そんな非科学的なもの存在するわけがないと思っていたのだ。
だけど、そのおかげで安く購入できるなら好都合だろう。
曰く付きでも事故物件でないのなら、購入を躊躇う理由はない。
私はすぐにその古民家を購入すると、その土地に移住するのだった。
引っ越しが完了すると、ついに念願の地方暮らしが始まる。
都会からのIターンなので、慣れるまではいろいろと大変なこともあるだろう。
今までとまったく違う環境での生活に、私は胸を躍らせていた。
しかし、古民家で暮らし始めてからすぐにちょっとした怪現象が起きるようになった。
テレビのリモコンや家の合鍵などが突然なくなったかと思ったらありえない場所で見つかったり、誰もいないはずの部屋から物音が聞こえてきたり、料理をしている最中に誰かがつまみ食いをするなんて現象が度々発生するようになったのだ。
きっとこれが事前に聞かされていた“妖精のイタズラ”というやつだろう。
だけど、私はそれでも妖精の存在は信じなかった。
何だか信じたら負けのような気がしたし、別に実害があるわけでもないので、どんな怪現象が起きても気にしないようにしていたというわけだ。
放っておけばこの異変もそのうち収まる。
そんなふうに考えながら、その後も私は地方の古民家で一人暮らしを満喫し続けていた。
だがそれから数年後、そんな平和な暮らしが脅かされる事件が発生することになる。
なんと夜中に刃物を持った強盗が侵入してきたのだ。
私はすでに就寝していたのだが、窓の割れる音で飛び起きた。
もちろん最初は何が起きたのか理解できなかった。
だけど覆面で顔を隠した一人の男が包丁を持って家の中をうろついているのを見つけて、強盗に入られたことを悟った。
古い家なのでそれほどセキュリティがしっかりしているわけではなく、さらに周囲に民家が少ないため、狙いやすかったのだろう。
とにかくその夜、私は絶体絶命のピンチに陥ってしまったのだった。
足がすくんで動けずにいると、向こうも私に気づいたらしく、手に持った包丁で襲いかかってきた。
これでは通報する余裕すらない。
少しでも犯人から目を離したら、その隙に包丁でぐさりと刺されるだろう。
私はその瞬間、死を覚悟した。
だが、意外な存在に助けられることになる。
私が未だに信じていない妖精が守ってくれたのだ。
妖精はまず犯人の足もとに濡れた石鹸を落とし、犯人を転ばせてから、包丁を奪った。
暗くて見えづらいうえに覆面のせいで表情を確認できないが、きっと犯人はひどく戸惑っていただろう。
なにせ“妖精”とやらは姿も見えないし、声も聞こえない。
突然石鹸で転ばされたり、持っていた包丁を奪われたりすれば驚くのも無理はないことだ。
私は当然このチャンスを逃したりしない。
犯人が翻弄されている間にスマホで警察に通報し、事無きを得たのだった。
この事件以降、私はさすがに妖精の存在を信じるようになった。
命の恩人と言っても過言ではない妖精を、いつの間にか家族のように感じるようになったのだ。
妖精の方も私を家族と認めたのか、イタズラをしなくなった。
その代わり、遊び相手になってほしいとせがんでくるようになった。
もちろんそれを断る理由などない。
妖精はちょっとした小物なら動かすことができるので、将棋や囲碁、チェスやトランプなどで対戦することが可能だ。
だから休日は妖精と主にボードゲームやカードで遊ぶことが多くなった。
姿も見えず声も聞こえない相手との対戦は何だか不思議な気分になってくるが、一緒に遊ぶのも悪くない。
妖精はどのゲームも想像以上に強いので苦戦を強いられることも多く、ついつい熱中してしまう。
今や妖精と遊ぶ時間は私にとって癒しのひとつとなっていた。
それから数十年。
私はすっかり年金暮らしとなったが、妖精は相変わらずそばにいてくれた。
どんな時でも近くで見守り、遊び相手にもなってくれるので、私は寂しさを感じたことがない。
むしろ毎日が楽しくて、幸せすぎるくらいだ。
購入時に曰く付き物件だと言われていたこの古民家は、今では思い出の詰まった大切な家になっている。
あの日、この家を購入し都会から移住してきて本当によかったと心から感じるのだった。
妖精のいる家 梅竹松 @78152387
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