妖精としての質
霜月かつろう
観察
妖精としての仕事はひどく退屈だった。
いくら仕事とは言え、内容は抽象的で、達成すべき目標も形を持たない。
となれば、なにを目指し、なにを成せば終わるのかもわかりはしない。
与えられた仕事はひとつ。人間の観察を続けること。それだけだ。
わざわざ仕立ててもらったスーツを着て、人間の家に忍び込み、観察をする。鏡を見ると人間のおじさんを小さくしただけの存在の自分が妖精だと言われても実感は沸かない。生まれたての妖精は得てしてそういうものらしい。
「ねえ。私の水筒どこー?」
冬の太陽が昇り始めるころ、段々と騒がしくなる家の隅でぼんやりと、何も起きない時間を過ごしている。
「知らないわよ。昨日、洗い物に出さなかったんでしょ」
「えっ。あっ。ほんとだ!」
慌てているのか足音もドタバタとうるさい。狭い部屋の中を行ったり来たりしている。カバンの中を漁ったり、台所に立ったりと忙しなく動き続ける。
しばらく観察していて思ったことは彼女はあわてんぼうの部類に入る。毎朝のようになにかを探して右往左往する。
それに対して面倒を見ているほうは落ち着いた様子で、淡々と彼女の問題を解決していく。
この家にはそのふたりしかいないようだった。観察対象がそうだっただけで、もっと多くの単位で暮らしている家もあるらしい。
彼女たちからはこちらは見えない。存在を感じることはあっても、その正体を掴むことは出来ないだろう。それも退屈の要因のひとつではある。
なにせ簡単すぎるのだ。
身を隠す必要もなく、観察した内容を報告する必要もない。ただ、こうやって家のふたりを見続けているだけでいい。
なぜこんな仕事が存在するのか、妖精王に問いかけたことがある。
『理由はあなたが理解する必要がないものです。せっかく妖精として生まれ変わったのです。与えられた仕事を丁寧にこなしてください。いつかそれがわかる日も来ます』
妖精王とは名ばかりのスーツ姿のおじさんはそう言った。高そうなスーツを着こなしているあたりが王たる所以か。
はて。と思う。思い出したところで意味がわからない。
「いってきますー」
慌ただしく彼女が出ていった。
「はぁ。まったく誰に似たんですかね」
面倒を見るほうが誰もいない空間へと話しかける。その先には写真が一枚。そこには知らないおじさんが写っている。
その写真を見るたびになんだか心が疼くのはなぜだろうと考える。
きっとそれも観察を続けていればわかるのかもしれない。
はぁ。けれど。本当に退屈な仕事だ。
妖精に生まれ変わっていいことなんてあるのだろうか。そう考えているうちに一日は過ぎる。きっとこの家のふたりがいなくなるまで。ずっと。ずっと。
妖精としての質 霜月かつろう @shimotuki_katuro
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