アイドルありて、マネージャーあり

苔虫

アイドル


「ちゃんと、見ていてね」

「もちろんだ」

「私達に見惚れ過ぎないでね♪」

「それは無理な相談だな」

「行ってきます、マネージャーさん!」

「あぁ、行ってこい!」


 ステージ上に向かう彼女達の後ろ姿を見送った俺はその場で大きく息を吐く。



(遂に、ここまで来たか…………)



 彼女達が立つ舞台はドーム。


 数万人のファンが一度に集まり、ライブを楽しむ舞台。


 多くのアーティストが夢に見る、憧れの舞台。



『みんな~‼ 盛り上がる準備は出来てる~‼』

『イエェエエエエエエエエイイイイイイイイイイ――――――――――――‼』



 彼女達の呼びかけに大歓声で答えるファンの声はステージ裏からもよく聞こえた。


(ここまで来るのに、随分と時間がかかったな)


 一人、心の中でそう呟きながら、俺はこれまでのことを思い返していった。



―――――――――



「新しいアイドルグループのプロデュース、ですか…………」


 ある日、いきなり事務所の社長に呼び出された俺は告げられた内容に首を傾げる。


「あぁ、ウチの事務所が多くのアーティスト、特にアイドルを売り出しているのは知っているだろう?」

「はい」

「昨今、多種多様なアーティストが出てきた影響もあってか、CDの売上等が少しではあるが下降しているのも把握しているね?」

「はい。何かしら、新しいものを見つける必要があると考えています」

「そう、私達は新しい『何か』を見つけなければならない」


 そう言い、社長はこちらに真剣な眼差しを向ける。


「私は君に、その新たな『何か』になるかもしれないアイドルグループを任せたいと思っている」

「俺に、ですか」

「あぁ、オーディションや活動方針。何から何まで君にプロデュースしてもらいたいのだよ」

「――――――…………」


 全てを俺に一任したアイドルグループ。そう言っても過言ではないほど、大きな仕事を前に、俺は絶句する。


「…………どうして、俺なのですか? 俺は今までマネージャー業、それもほとんどがサポートでした。そんな俺がいきなり新しいアイドルグループをプロデュースするなんて…………」

「確かに、君よりも経験を積んだベテランも事務所にはたくさんいるが、このプロジェクトに最も適任なのは間違いなく君だよ」

「理由が、あるのですか………?」

「もちろんだ」


 社長は机に置いてあった一冊の雑誌に触れながら、続ける。


「この雑誌、覚えているかい?」

「は、はい。ウチの看板アイドルが初めて表紙を飾った時の物ですよね?」

「そうだ。君は彼女達のマネージャーもしたことがあったね?」

「一応は………」

「以前、彼女達と話した時、嬉しそうに君のことを話していたよ」

「俺の事を、ですか? 特段、変わったことはしていないと思うのですが………」


 俺がやったことといえば、彼女達のマネージャーから雑誌の表紙が決まったことを伝えたり、何個かの仕事について行っただけだ。


「君は彼女達が雑誌の表紙を飾るとなった時、自分事のように喜んだんだよね?」

「ちょ、なんで、それを社長が……って、彼女達から聞いたんですか⁉」

「あぁ、その後、冷静になって恥ずかしそうにしていたところまでね」

「なんで言うんだよ……秘密にしてくれって言ったのに……」

「こんなにも自分達に寄り添ってくれた人は初めてだ、彼女達はそう話していたよ」

「は、はぁ………」


 言葉の意味があまり分からず、困惑した表情を浮かべる俺を社長を面白い物を見るかのような眼差しを向けてくる。


「『アイドルとマネージャーの関係を一言で表すと?』と問いかけた場合、ここにいるほとんどの者達は”ビジネスパートナー”だと答えるだろう」

「そうですね。そのように考える人がほとんどだと思います」

「―――だが、君は違うのだろう?」

「……まぁ、違うには違いますが」

「その違いが新しいアイドルグループを作るには必要だと私が判断し、君に全てを任せてみることにしたんだよ」

「そうでしたか………」


 社長からの話を聞いて、俺の中には二つの感情が生まれていた。


 一つは不安。新しいアイドルグループを作ると言うのは簡単だが、実際にやってみるのは困難を極めるだろう。それに対し、言葉に出来ない不安を感じていた。


 そして、もう一つは――――――高揚。


 新しいアイドルグループを作ることで、アイドル業界そのものに革命を起こせるかもしれない。自分の中にある『理想のアイドル』が見れるかもしれない。


 二つの感情がない交ぜになった俺は一度、ゆっくりと息と吐いて答える。



「―――分かりました。そのプロジェクト、是非ともやらせください‼」



 その日から、俺の新しい日々が始まった。



―――――――――



 忙しない日々を過ごしていく中、遂に俺は新しいアイドルグループを集めるためのオーディション当日を迎えた。


「社長、本日はお忙しい中、ありがとうございます」

「礼を言われるほどのことはしていないさ。君がどんなオーディションをするのか、私も個人的に気になっているしね」


 俺の隣にはこのプロジェクトを任せてくれた社長が鼻歌を奏でていた。俺がオーディションに協力してもらえないか尋ねたところ、快く引き受けてくれた社長は一枚の紙を掲げる。


「特にこの『人生を賭けて、挑戦したいことがある』って言葉。これには私も刺激されちゃったね」

「そうですか?」

「うん、アイドルは多くの若い子が貴重な人生を捧げる仕事だからね。この仕事の重大さを再認識させてもらったよ~」

「それはえっと、ありがとうございます………?」


 俺は思わず苦笑いをしていると、プロジェクトのメンバーが面接の準備が整ったことを告げてきた。


「よしっ、頑張っていこうか」

「―――はい」



 オーディションは滞りなく進んでいった。


 そして、そこで俺は『原石』に出会った。


「では、どうしてアイドルを志望したのか。その理由をお願いします」




 ―――アイドルが、私の全てだから。



 ―――初めて、心の底からやりたいと思えたことだった。



 ―――本気でアイドルを、目指したいんです。



 俺は確信した。この『原石』達が、新しい風を巻き起こすグループになると。



「社長、どうでしたか?」

「私に聞く必要があるかい? 君の目に、輝く『原石』が映ったのだろう?」

「………はい。彼女達なら成し遂げてくれると確信しました」

「ならば、それに従えばいい。私は一人の観客としてそれを見させてもらうよ」


 期待しているよ。最後にそう言い、その場から立ち去って行った社長の背中を眺めながら、俺は拳を強く握り、一言。


「―――全力を尽くします」



―――――――――



 アイドルに限らず、グループというものは人間関係が重要である。


「センターは絶対に私。アンタみたいな女にはふさわしくない」

「はぁ? 私の方がセンターにふさわしいに決まっているでしょ? 目、腐ってるんじゃない?」

「ふ、二人とも、喧嘩しないで………」


 その点において、彼女達は最悪とも言っていいほどに険悪だった。


「アンタのパフォーマンスは可愛い子ぶってて気持ち悪い」

「それを言うなら、アンタの無駄にクールを気取るだけで笑顔の一つも浮かべない方がアイドルとしては問題でしょ?」

「は………?」

「事実でしょ?」

「お、お願いだから一回、落ち着いてぇ……ッ!」


 己の中に明確なアイドル像があるが故の対立。


「ってか、アンタはセンター、やりたくないの?」

「え………?」

「確かに~。仲裁ばっかで『センターをやりたい』って言ってないね~」

「え、えっと、私は………その………」

「ハッ………すぐに言えない時点でダメね」

「アンタの意見に同意するのは癪だけど、その通りだね~」

「う、うぅ………」


 唯一、己の心を打ち明けない者への糾弾。


 好ましくない状況である事は間違いないが、俺はこの争いを止めることは出来なかった。


 本気で挑戦している者達へ正論で詰めたとして、彼女達は理解しても認めはしないだろう。


「一度、落ち着こうか」

「マネージャー………」

「このまま話し合いをしたとしても、簡単にはセンターが決まらないだろうね」

「だったら、どうすると言うんですか~?」

「一つ、勝負をしよう」

「勝負、ですか………?」


 首を傾げる彼女達に、俺はとある『提案』を持ちかける。



「センターを賭け、全員でソロステージ対決を行おう」

『ッ………⁉』



 『提案』は至ってシンプル―――実力をセンターを勝ち取らせる。



「選曲は自由。選んだ曲で自分の理想とするパフォーマンスを各自が行い、その出来でセンターを決めよう」

「………この子もですか? 自分で『やりたい』と言っていませんよ?」

「あぁ。確かに自分の意志をハッキリとさせるのは大事だ」

「ッ………」


 俺の言葉に、一人の少女が俯き、胸の前で小さく拳を握りしめる。そう、彼女だってこのままではいけないと分かっているのだ。


 だから、俺はほんの少しだけ手助け―――もとい、険悪な雰囲気を払拭するために動くと決めたのだ。


「だけど、『やりたくない』や『どっちでもいい』とも言っていない」

「「ッツ………‼」」

「なら、最後まで機会を与える。簡単に見限ったりはしない」

「マネージャーさん………」

「異論があるならいくらでも受けよう。だが、ここで俺を言いくるめることが出来たとしても、センターを全員が納得して決定することは出来ない」

「それは………そうね………」

「仕方ないですね~、マネージャーさんの『提案』に乗ってあげますよ~」


 こうして、センターを争う戦いが始まった。



―――――――――



「―――不安か、ソロステージは?」

「はい………私の実力で二人に勝てるんでしょうか………」


 対決を提案した直後、俺は彼女と向かい合い、話し合っていた。


「実力だけで言うと、間違いなく無理だろうな」

「ッ………で、ですよね………」

「だが、勝ちたいんだろ? じゃないと、勝てるのかどうかなんて聞くわけがないからな」

「………はい。勝って、センターをやりたいです………‼」


 他の二人と同じように、瞳に強い意志を宿した彼女。


「なら、落ち込んでいる暇はないな。とりあえず、どんな曲でどんなパフォーマンスをしたいのか。それを確認していこう」

「はい‼」



―――――――――



 あっという間に時間は経過し、ソロパフォーマンスによる勝負の日がやってきた。


「フンっ………まぁまぁだったわね」

「素直に褒めてくれてもいいんじゃない~?」

「アンタだって、私のパフォーマンスを見た後に『悪くはないんじゃない~』って言っていたくせに」

「聞き間違えじゃない~?」


 三人の内、二人がパフォーマンスを終え、残りはあと一人。


「最後は私、だね」

「「………」」


 頑張って、なんて言葉がこの場に生まれることはない。全員が競い合い、高め合う関係なのだから。


「フゥ―――――――――」


 少女は思い浮かべる。己が理想とする『アイドル』を。


 そして、踏み出す。



「―――――――――♪」

『ッツ………⁉』



 世界が変わった。


 そう感じさせるほどの熱量が少女のパフォーマンスにはあった。


「~~~~~~――――――ッ‼」


 力強くて。


「――――――………………ッ‼」


 儚くて。


「―――――――――――――♪」


 光り輝く少女は間違いなく『アイドル』だった。



 あっという間にパフォーマンスは終わり、空間に静寂が訪れる。


「マネージャー、これは貴方の仕込み?」

「いいや。彼女が自分で明確にし、目指した『アイドル』さ」


 俺が用意した『仮初アイドル』ではなく、彼女自身が思い描いた『理想アイドル』である。問いかけに対し、俺はそう答える。


「そう………なら、文句なしの完敗ね」

「センターは決定だね~」


 そう言い、二人はパフォーマンスを終え、肩で息をする少女の元へと駆け寄る。


「今回は負けたけど、いずれは私がセンターを奪って見せるから」

「私も狙っていくからね~、油断しないでよ~?」

「う、うん………わ、私も負けない、から………‼」


 こうして、デビューシングルのセンターは一人の少女が選ばれた。



―――――――――



 暫くもしない内にデビューした彼女達は瞬く間に有名になり、多くの仕事を貰えるようになった。当然、俺の負担も増えたが嬉しい忙しさだった。


「しばらく仕事を減らすぞ」

「えっ、なんで………って、バレてた?」

「何となくだがな」


 彼女達が無理をし過ぎないよう、適度に休暇も取らせながら、グループとしての地盤を固めていった。


「ってか、マネージャーさんも休まないといけないんじゃない~?」

「そ、そうです‼ 働き過ぎです‼」

「そう言われてもなぁ………俺は皆と違って、矢面に立つわけじゃないし」

「君がしっかりと休んでくれないと、私も困るんだがね~」

「しゃ、社長⁉ なぜ、ここに⁉」

「強制休暇を取らせるついでに一つ、お知らせをしておかないと思ってね」

「お知らせですか?」


 強制休暇というパワーワードはスルーして、俺は何か知らせるほどのことがあったのだろうかと首を傾げながら問いかける。


「あぁ、実はね――――――」



―――――――――



「社長からいきなり伝えられた時は驚いたな」

「そうね」

「流石の私も声を出して驚いちゃったね~」

「わ、私なんか驚き過ぎて動けなかったよ」


 無事、ライブを終え、休憩室にて思い思いに当時の事を振り返る。


「一番、マネージャーが喜んでいた」

「だねだね~」

「凄い嬉しそうでした!」

「そ、それは言い過ぎだろ!」


 必死に反抗するも、彼女達は俺を揶揄い続ける。


「あんなに喜んでおいて、それは無理があるんじゃない?」

「ふっふっふっ、認めたら楽になるよ~?」

「ちくしょう………!」


 その場で項垂れたながら、悔し気に顔を歪めていると、袖をツンツンと引っ張られた。


「マネージャーさん。私達のパフォーマンス、どうでした?」

「もちろん、最高だったぞ」

「えへへっ、ありがとうございます」


 嬉しそうに笑う少女へ微笑みながら、ゆっくりと立ち上がる。


「よしっ、今日は特に頑張ったからな! 俺が好きなものを奢るぞ!」

「ッ、焼肉!」

「賛成賛成! どうせなら高いの!」

「ふ、二人とも、遠慮がなさすぎるよ……!」

「まぁ、そういうところも含めて、コイツ等だからな」


 そう言い、俺が準備をしようとすると、突然、腕を掴まれた。それも両腕。


「さぁ、行くよ! 一分一秒も無駄に出来ない!」

「だねだね! れっつご~!」

「ちょ、引っ張るな! 慌てなくても連れていくからって………⁉」

「ま、マネージャーさん~⁉」


 色々とありながら、ようやく落ち着いてきたと思ったが、やはりまだまだ刺激的な日々を送ることになりそうだ。


 夜空に輝く星達を見つめながら、俺は一人、静かに笑みを浮かべる。



(どうか、これからも彼女達の進む道が照らされていますように)



 俺の願いが聞こえたのだろうか、夜空に輝く三つの星が輝きを増した。そんな気がして、俺は笑みを深めるのだった。





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アイドルありて、マネージャーあり 苔虫 @kokemusi

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