ETERNAL FLAME

@eternalflame

第1話「反撃開始」

「──それでも 逢いに行くよ」












2006年 東京 某所(14年前)




「お前はすでに包囲されている!諦めて大人しく投降しろ!」




それは、真っ赤な空が広がる夕方の出来事だった。閑静な住宅街で発生した立てこもり事件。


荒れ果てたリビングには血まみれの夫婦の死体と、抵抗した際に散乱したと思われるものたちが無残に散らばっていた。時間が経ち、徐々に冷たくなっていく死体から放たれる腐臭と、噎せ返るような血の匂いが外で待機している警察官の鼻を刺す。






そんな中、犯人の身代金の要求からしばらくの間膠着状態が続いていたが、事態が大きく動き出した。


「あああ!あの音!頭がおかしくなりそうだ!殺されたくなかったらどうにかしろクソガキ!」


鳴り響くサイレンと警察の呼びかけに耐えきれなくなった立てこもり犯の男が人質の子供に八つ当たりを始めたのだ。


それを幽霊のように俯瞰して眺めている男が一人。




──ああ、またこの夢だ。吐き気がするほど残酷で胸糞悪い夢。


最近寝つきが悪いってのに、どうしてこうも悪夢ばかりなんだ……




どうやらこれは男が見ている夢のようだ。


「ごめんなさい……!何とかするので殺さないでください……!」


まだ幼い少年が必死に男の機嫌を取る。


自分の目の前で両親を殺された少年がかろうじて正気を保つことができたのは、すぐそこまで警察官が来ているからだろうか。しかし、男にとってはそれがストレスの原因だった。


「何とか?ガキに何ができるんだよ おちょくってんのか? 大口たたいてるとマジで殺すぞ!!」


男は完全に正気を失っていた。


「ご……ごめんなさい……!」


理不尽な男に泣きながら謝る幼い子供を見て表情が曇る男。ただその光景を眺めているだけの男だったが、少しづつ意識が遠のいていく感覚がした。


男はまるで死んでいるようだった。








しばらくすると空間が歪み、高貴な衣装を身に纏う青白く発光した亡霊の様な男が現れる。


一瞬の出来事だった。


「は?」


「……なんだおm」


突如自分の目の前に現れた謎の亡霊の様な男を見て唖然としていると、何の迷いもなくその男が眩しく発光した光の剣のようなもので、立てこもり犯の喉元を掻っ切って殺害した。


まるで少年の怒りを代弁したかのように勢いよく血が噴き出る。


緋色の雨が降りしきる中、俯いていた少年は顔を上げて男の方を見る。




亡霊の様な男と少年の目が合ったその時、悪夢は幕を閉じた。












場面は荒廃した高速道路へ移り変わる。


4人の軍人が軍用車に乗ってどこかへ向かっていると、大柄な男が眠っている男を起こそうとする。


「……きろ……起きろ……起きろヤマト!」


「……?」


「もうすぐ着くぞ!」


「凄ェーなお前……よく眠れるよな……こんな世界で……」




2020年 大阪 (現在)




──14年前、突如として現れた侵略者「鬼」によって東京が陥落するという未曽有の事態が発生した。そこで政府は首都を京都へ遷都して戒厳令を布き、鬼の調査・討伐を目的とした組織「守護警察」を設立した。しかしその後も鬼の侵略は続き、日本は壊滅的な被害を被った。そして日本は2009年、残された人口を首都京都に集中させて本格的な鬼との戦争の時代に突入した。


「守護警察」 彼らは、残された領土を護り、奪われた土地を取り返す人類最後の希望である──




「てゆうか、何でお前泣いてんだよ」


大柄な男が不思議そうに笑う。


「……え?」


どうやらヤマトは自分が泣いていることに気が付いていなかったようだ。


「なんでだろう……」


しかし、朧気ながら直前に見た悪夢を思い出してこう言う。


「よくわかんねーけど……」












「──すごく 長い夢を見ていた気がするんだ……」








大柄な男がまたしても不思議そうに笑う。


「はは、なんだそれ」








そんなやり取りから数分後、4人の軍人を乗せた軍用車は梅田へ到着した。


梅田は大阪を代表する巨大な都市だが、鬼が住み着いていて非常に危険だ。


しかし、都市部に残された物資や設備を回収して再利用するため、さらには新大阪駅を開放して新幹線を使い、西日本を奪還するための足掛かりにするために、守護警察が2016年から総力を挙げてこの作戦の準備をしてきたのだ。




彼らは、大柄な男「大樹ミキオ」を班長とした「ミキオ班」の一員としてこの作戦に参加している。この日、この作戦が人類の未来を大きく変えるのだ。








梅田は道路が老朽化していてヒビや汚れ、無秩序に生い茂る植物などでいっぱいだった。また、大阪駅の天井やビル群は所々ガラスが割れていて、梅田は完全にゴーストタウンと化していた。


「気を引き締めて行けよ」


ミキオが班長として渇を入れる。


「ああ」


ヤマトも目が冴えてきたようだ。ほかの班員、ギンとなのはも表情が強張る。


「……それと」


「……なんだよ『班長』」


ヤマトがわざとらしく班長と呼ぶ。


「絶対死ぬんじゃねーぞ」


ミキオはいつになく真剣だ。その物言いに少し気まずさを感じたヤマトは不機嫌そうにこう言った。


「……わかってるよ」


軍用車をわき道に止め、ミキオ班は大阪駅の桜橋口を目指す。


梅田周辺の鬼は空挺部隊が先に対処していたのでほとんど鬼の姿はなかった。


この作戦は、最初に空から奇襲を仕掛けて梅田周辺の鬼を殲滅し、ミキオ班を始めとした陸軍が大阪駅に突入してホームで戦闘を行い、増援に来た空挺部隊と共に制圧するというものだ。


他の部隊も大阪駅のホームを目指して別の入り口から突入している。


駆け足で桜橋口を目指したその時、建物の屋上から人間の倍近く巨大な鬼が落下してきた。




一瞬の出来事だったが何とか鬼の奇襲を回避したミキオたち。


「なのは!煙幕!」


「了解!」


ミキオは体勢を立て直すために衛生兵のなのはに指示を出した。


なのはの放り投げた発煙弾が鬼の感覚を鈍らせている間に3人は廃車の裏に隠れる。


「ギン、お前は俺とヤマトのサポートを頼む!なのははほかに鬼がいないかよく注意しろ!」


ミキオの指示で一気に緊張が加速する。


「了解!」


「了解した」


緊迫した空気の中、ギンが無表情でそう言った。ギンはいつも冷静で合理的だ。








(クソッ……!何だコイツ……!いつもの鬼とは大違いだ……こんなにでかいヤツもいるのか……!)


圧倒的な威圧感を放つ鬼を見てミキオが思わず本音を漏らす。


しかし、そうしている間にもヤマトは鬼と戦っている。


(……ッ!いかんいかん……俺は班長としてコイツらを引っ張っていく義務があるんだ……!俺がビビってどうする……!!)


覚悟を決めたミキオがヤマトに加勢する。




ヤマトはギンと正反対で感情的な男だ。


幼少期に家族を鬼に殺された怒りと悲しみで守護警察に入隊した、正真正銘復讐の鬼だ。


そのため合理的ではない判断を下すことも多く、お世辞にも成熟しているとは言えないのでミキオやギンが常に気にかけているが、戦いのセンスは抜群で、鬼に決して怯むことなく戦うその姿がほかの隊員に与える勇気は計り知れない。


しかし、今回の作戦ばかりは身勝手な行動は許されない。




ミキオが鬼のパンチを大盾で防いで注意を引き、その隙にヤマトとギンが攻撃する。ギンはミキオとヤマトに当たらないように細心の注意を払いながらアサルトライフルで攻撃する。


しかし、激しい銃弾の雨を喰らっても鬼はびくともしない。それどころかミキオとヤマトは少しずつ押されてしまっている。


(な……!なんて衝撃だ……!!強化外骨格の補助ありでこの衝撃……まともにくらったら死ぬぞコレ……!!コイツ、想像以上に強いな……!マズい……!ここで消耗するわけには……!)




ミキオはアサルトライフルを使うギンとは違い、大盾を使って鬼と戦っているため肉体への依存度が高い。そのため、強化外骨格を使って疲労を軽減しているのだが巨大な鬼のパンチの衝撃はそれをもってしても完全には防ぎきれなかったのだ。


鬼が想像以上に強いので長引いたら撤退するようヤマトに指示を出す。




「ヤマト!ギン!5分だ!5分経ったら切り上げろ!たとえ殺し損ねたとしてもだ!いいな!?」


「了解した」


ミキオの指示に従順なギンはヘルメットに搭載されてあるディスプレイを操作してタイマーをセットしたが、鬼と戦っていてイライラしているヤマトは言うことを聞かなかった。


「うるさい!集中してるんだ!黙ってろ!!」


ミキオの忠告は感情的になっているヤマトの前では無意味だった。


「お、おい……!」


(最悪だ……!よりにもよって、こんな時にあいつの悪い癖が……!)


ミキオは青ざめた様子で時計を見た。


作戦のためには10時までにホームにたどり着かないといけない。


しかし、今は9時45分。中の状況がわからない今、そんなに長く戦っていられる余裕はない。


「クソッ……!ウゼェなぁ!」


防戦一方、焦るヤマトを見て居ても立っても居られなくなったミキオがヤマトに声をかける。


「──落ち着けヤマト!必ずどこかに弱点があるはずだ!俺が観察するから時間を稼いでくれ!」


「あぁ!?」


「頼んだぞ!」


ヤマトが半ばキレ気味に返事をしたが、ミキオはそんなヤマトの反応を一切気にする素振りを見せず強引に戦闘を離脱した。


「クソッ……!!俺一人かよ!!」


しばらくの間鬼の猛攻に1人で耐えなければならないヤマトは不快感をあらわにした。


そんなヤマトのことは露知らず、少し離れたところでヤマトに襲い掛かる鬼の動きを観察するミキオ。


深呼吸して、鬼の微細な動きまでしっかりと観察していると、ある意外な事実に気が付いた。


(あれ……コイツもしかして……!? ──ッ!やっぱりそうだ!!コイツ、さっきからずっと急所ばかり狙っている!!でも何で……!?今までこんな鬼いなかったのに……!)


(──いや、今はそんなことどうでもいいだろ!!早くヤマトに伝えないと!!)


始めてみる鬼の意外な挙動に衝撃を受けたミキオだったが、ふと我に返ってヤマトに忠告する。


「ヤマト!!気をつけろ!!こいつ、さっきからお前の急所ばかり狙ってきてやがる!!」


「!」


それを聞いたヤマトは一瞬動揺したものの、すぐに切り替えて防御に徹した。


(そういうことか……!!どおりでろくに反撃できねぇわけだぜ!!)


「ヤマトはそのまま防御に徹しろ!!俺とギンが鬼の攻撃の隙をついて攻撃するから、お前はエアブレードでとどめを刺せ!!」


「ああ!!」


ようやく攻略の糸口が見えたヤマト達。戦場に緊張が走る。


「いけるか?ギン……」


ギンの銃の腕前に大きく依存したこの決死の作戦に対するギンのプレッシャーは計り知れない。そんなギンを慮っての発言だったが、ギンは表情一つ変えずにこう言った。


「問題ない」




ギンはアサルトライフルからスナイパーライフルに持ち替えてスコープを覗き込む。


(まだだ……まだダメだ……)


鬼がヤマトを攻撃した後の一瞬の硬直を狙ってギンは引き金を引く準備をする。




意外にもその時はあっさりときた。もちろん、ギンはそのチャンスを絶対に見逃さない。


(今だ!)


(勝負は一瞬、ここで決める!)




パァァァァァン!!




ギンの銃弾が鬼の肩を貫くと、鬼がけたたましい声で叫びだした。


「グォォォォォ!!!」


明らかにペースを崩された鬼が力のままに拳をふるうと、ヤマトはそれをひらりとかわして鬼に蹴りを入れる。


「さっきはよくもやってくれたなクソ鬼が!!」


体制を崩した鬼の首にヤマトが刀を突き刺しレバーを引くと、刀身から二酸化炭素ガスが放出され、鬼の体を内側から破壊した。




時刻は9時48分。大阪に血の雨が降り注ぐ。








一息つき、済ました顔で刀に付着した血をふき取りカートリッジを交換するヤマトにミキオがものすごい勢いで詰め寄って注意する。


「お前の身勝手な行動で仲間が死ぬかもしれなかったんだぞ!!」


「今回はうまくいったが、次もうまくいくという保証はどこにもない!!俺たちはチームで行動しているんだ!!」


「お前は一人じゃないってことを忘れるな……!!」


ヤマトに説教をした後、ミキオはどこか寂しそうにそう言った。


「ごめん」


ミキオの言葉と勢いを前に、ヤマトは反論の余地もなかった。








9時50分、ミキオ班は駅構内へと突入した。


「ここからはなるべく言葉を慎め。待ち伏せされているかもしれないから常に気配を感じ取れよ」


「了解」


不意打ちを警戒しながらホームを目指す3人。衛生兵のなのはが負傷者の手当てをするために戦場に残っている兵士のもとへと向かった分いつもより空気が張り詰めている。


足音が静かな構内に響き渡る。無駄な一言が命取りになることを知っている彼らは目で会話をする。そのまま何事もなくホームへとたどり着けるかと思われたとき、鬼が待ち伏せていた。先ほどの鬼より小さいが、数が多いので厄介だ。


しかし今度は冷静に指示を待つヤマト。


「ヤマト!こいつは俺とギンで対処するからお前はその間に行け!」


ミキオの指示は意外なものだったが、迷っている暇はなかった。


「了解!死ぬなよ……『班長』!」


心なしか、ミキオが少しうれしそうに笑う


「へへ……生意気言いやがって……行くぞ!ギン!」


「了解」


盾を構えたままミキオが鬼にタックルをして、ギンもアサルトライフルで応戦する。


そして、ヤマトはその隙に階段を駆け上がる。


階段を昇れば上るほど夢に近づいている気がして様々な気持ちが溢れてくる。鬼に怯えるだけだった昔の自分、ここまで支えてくれた仲間や上司、この作戦が成功することでもたらされる莫大な利益、今までの怒りも悲しみも、期待も喜びも全てこの瞬間のためにあったといっても過言ではないほどの「希望」と「使命」を感じたヤマトは、完全にハイになっていた。




(ありがとうみんな……!俺たちは仲間だ!あいつらのためにも、俺が鬼共全員ぶっ殺して、奪われたもん全部取り戻すんだ!──今日、俺たちは大きく前進する……!なのはちゃん!ミキオ班長!ギン!梅田を取り返したら、一緒にいろんなところに行こう!ボロボロの街だけど、お前らと一緒なら、どんな世界でも楽しめるんだ……!だから……!絶対死ぬなよ!!生きて……!一緒にこの世界を遊・び・尽・く・そ・う・!)








ついにホームにたどり着いたヤマト。そこはまさしく戦場だった。鳴り響く武器の音と思わず目をつむりたくなるような光景。しかしここで逃げることは許されない。多大なる犠牲の上に成り立つこの作戦は、なんとしてもやり遂げなければならない。


死んでいった仲間たちの分まで戦わなけれならない。ヤマトは自分を奮い立たせ一人戦場に突撃する。


「……!クソ……!どこ見ていいかわかんねぇ……! いや、迷うな俺……!『前』だけ見てろ!」


そして、駅のホームにはヤマトに剣を教えた師匠のような存在である「鬼丸ハナビ」率いる「ハナビ班」や、名前は知らないが同じ守護警察の仲間が数人いた。


(ハナビ……!そっか……あいつもここに……!)


「ますます退けなくなってきたなあ!!!ダセェとこ見せられっかよ!!」


恩師であるハナビの姿を見たヤマトは、さらに奮い立った。


ものすごい勢いで鬼を殺していくヤマト達守護警察だったが、人数では圧倒的に鬼の方が上だった。


未だにギンとミキオはホームに来ていない。


しばらくするとさすがのヤマトも疲れが出だし、動きが少し遅くなってきた。


多勢に無勢。四方八方に鬼がいるこの状況に神経がすり減ったヤマトは鬼に不意打ちを喰らってしまう。


「グハァッ……」


(まずい……!やられる……!)


窮地に追い込まれたヤマト。その時、聞き覚えのある銃声がヤマトにとどめを刺そうとする鬼を貫いた。




ズドン!!




「ヤマト!大丈夫か!」


ミキオが負傷したヤマトを心配して駆け寄る。


「班長!それにギン!」


2人と再会したヤマトの表情が少しだけ明るくなった。


「俺は全然平気だよ!それより、二人はだいじょ……」




ズドン!!


ヤマトが言い終わる前に、ギンがヤマトのすぐ傍にいる鬼を狙って発砲した。




「危ない。集中しろ、ヤマト」


ギンはいつも通り冷静にそう告げる。


「お、おう……」


(コイツマジか……)


いつも通り過ぎるギンの態度にヤマトは少し引いていた。




その後も鬼との戦いは続く。作戦は順調かと思われたが、風が強いせいかなぜか増援に来るはずの空挺部隊が上陸してこない。




「クソッ……!!空挺は何やってんだよ!!」


時刻は10時15分。本来ならとっくに来ているはずの増援がまだ来ていないことにヤマトは焦りと怒りを隠しきれなかった。


「わからん……!だが何かトラブルがあったんだろう……!!この天気だ……強風のせいでうまく飛行できていないのかもしれん……!!」


ミキオが鬼の処理の片手間にそう言った。


「ふざけんな!!こっちはもう限界なんだよ!!」


それを聞いたヤマトは更に怒り始めた。


「落ち着けヤマト……焦っても無駄に体力を消耗するだけだ……!」


「ここは冷静に彼らが来るまで耐え忍ぶんだ……お前は向こうのホームへ行け……ここは俺とギンで片付ける!!」


ミキオは混乱したヤマトに冷静に指示を出す。


「──ああ畜生!!」


心身ともに消耗しきっているヤマトは重い体を動かしながら、渋々ミキオの言うことを聞きいて別のホームの戦闘に加勢しに行った。


近接戦闘が得意なヤマトがいなくなったホームにはまだ鬼がたくさん残っていた。


残された二人はホームの中央で背中を合わせる。


ヤマトがいなくなった分、鬼の軍勢の脅威が増して見えたミキオは少し冷や汗をかきながらギンにこう言った。


「はは……これ結構ヤバいな……」


ミキオはヤマトに移動の指示を出したが、その分の負担が増すのは自分たちの方だった。


予想以上の緊迫感に尻ごむミキオ。そんなミキオの姿を見かねたギンが強気な発言をする。


「アンタは俺が護る。無理しない程度に鬼の気を引いてくれたらそれでいい……」


ギンはミキオと目を合わせることなくそう言った。


ギンはこの予想外の状況でも焦りを見せなかったが、顔はいつもより引きつっていた。


ギンの汗が頬を伝う。ギン自身、お世辞にも余裕があるとは言えなかったが、ここが天王山と見たギンは強気な言葉でミキオの士気を上げる。


「助かるよギン……!!──ここが正面場だ!!行くぞ!!」


覚悟を決めたミキオは先の見えないこの戦いに身を投じる。


鬼と殴り合うミキオの背中を常に気にしながら、ギンも鬼に照準を合わせる。








向こう岸のホームの鬼の対処に向かわされたヤマトだったが、多勢に無勢。そのまま少しずつ押されていくヤマトたち。気が付けば同じホームにいた隊員たちは合流し、背中を合わせていた。


「クソッ……!キリがねぇ!」


(まずい……このままじゃ……!!)


ぞろぞろと寄ってくる鬼の処理に手こずり、焦りが見え始めたヤマトに偶然同じホームに居たハナビがヤマトに声をかける。


「なあ、ヤマト……お前、2年前のあの日のこと覚えてるか……?」


「あ? なんだよこんなときに……!!」


命のやり取りをしている戦場で予想外の質問をされて集中を削がれたヤマトは少し不機嫌そうに答えたが、そんなヤマトのことは露知らず、鬼の処理の片手間にハナビが話を続ける。


「こんなときだからだよ……昔話さ……山科に鬼が出た時のことだ……お前が、駆けつけた俺にいきなり切りかかってきたんだ……あの時の傷は今でも残ってる……」


そう言ってハナビは左腕の前腕の古傷を懐かしそうに眺めた。


「……」


何かを思い出したヤマトはさっきまでの不機嫌そうな態度とは一変し暗い面持ちになる。


「何もかもが燃えて壊れたあの日の話だ……俺がクソガキからナイフを奪って話を聞いてみると、どうやら鬼に仲間を殺されたらしい……最悪なことに、そのガキは鬼に親を殺されていたらしく、鬼に対して強い憎しみを抱いていたんだ……だから、2度も自分の力不足のせいで大切な人を失ったことが本当に悔しかったらしい……そして、自分より強いはずの俺が……!織姫を護ってあげられなかったことが、許せなかったって……!」


ハナビが声を震わせてそう言った。


ハナビ自身にとっても忘れたいはずの過去。しかし、敢えて言葉にするのには、ハナビなりのケジメのつけ方があったのだろう。


ヤマトの脳内には初恋の少女の面影と、4年前の京都で起きた悲劇が思い浮かぶが、ヤマトは咄嗟に過去の自分の発言を否定する。


「違う……!ハナビは悪くない!悪いのは俺だ!俺に……! 力が……」


ヤマトは過去の自分の心無い言動を本気で後悔していたが、ハナビの話には続きがあった。


「聞いてくれ、ヤマト……! 俺はあの日、自分が何のために強くなったのか思い出したんだ……!お前が思い出させてくれたんだ……!ヤマト……!俺は……!もう誰も泣かなくていいように、もう誰も失わないために力を望んだんだ……!」


ハナビの雰囲気が変わった。味方のはずなのに、なぜかものすごい威圧感を感じたヤマトはごくりと唾をのむ。しかし、緊張したのも束の間、ヤマトの緊張を察したハナビが優しく声をかける。




「──だからな 安心しろ、ヤマト」


「お前も……!みんなも……!何もかも!! 俺が全・部・、守ってやるから!!!」




そういってハナビは、1人で最後の力を振り絞って、鬼の軍勢を相手にした。


一時的にだが、驚異的な力で鬼の軍勢を追い払ったハナビ。


黄金色の覇気を纏うその姿は、竜にも勝る、百戦錬磨の獅子のようだった。


あっけにとられていたヤマトだったが、即座にハナビの後を追う。


(何突っ立ってんだよ俺……!俺も戦うんだろうが!!)


二人の想いが共鳴する。


ヤマトもまた、自分の師であり兄貴分でもあるハナビの覚醒した姿を見て舞い上がっていたのだ。


ヤマトは正真正銘最後の力を振り絞ってハナビの後を追う。


(何でだろう……よくわかんねーけど……)


(──お前と一緒なら、どんな相手でも負ける気がしないんだ!!)


物凄い勢いでヤマトもまた、ハナビに勝るとも劣らない覇気を纏ってで鬼を蹴散らかしていった。








しかし、どれほどの時間がたっただろうか。それでも鬼が全滅することはなかった。


別のホームに居るミキオとギンも厳しい戦いを強いられていた。




ヤマトもハナビも精一杯最後の力を振り絞って戦ったが、蓄積していた疲れと痛みが動きに影響し始めた。


「ハァ……ハァ……流石に無茶しすぎたか……悪いなヤマト……俺はちょっと……休憩だ……」


そして、ついに限界を迎えたハナビが崩れ落ちる。


「ハナビ!!」


それを見たヤマトはハナビの方へ駆け寄ろうとするが、次々に襲い掛かってくる鬼のせいでなかなか近づくことができなかった。


「クソッ……!!邪魔だ!!来るんじゃねぇ!!」


体も重く、鬼の攻撃から身を守ることで精一杯のヤマトは必死にハナビに呼びかける。ヤマトの目は涙で潤っていた。




「ハナビ!」


「死ぬなバカ!!」


「頼む……!俺を置いていかないでくれ……!俺はまだ、お前にまだ一度も勝ててねーんだよ……!ホントはお前にもっと教わりたかったし、もっと話したかった!言いたいことも山ほどあるんだよ!」




「あの時、頭の中がグチャグチャになってひどいこと言ったけど、ホントは全部わかってたんだ……!どうしようもなかったって……!」


ヤマトは、ずっと胸の内に秘めていた想いを吐露する。




「──だから俺は、自分の大切な人の命は自分で守れる力を手に入れるためにお前に……!──あなたに弟子入りしたんだ!鬼丸ハナビ!」




ヤマトは藁にも縋る思いで叫びをあげる。




「だからまだ死ぬな……!」


「──まだ……!『ありがとう』って……言えてねぇんだよォォォ!!!」








ヤマトの叫びがこだましたそのとき、天井から「何か」が物凄い勢いで落ちて来た。


否、銛のように尖った何かが、ものすごい勢いで地面に突き刺さった。




「え?」






老朽化していた強化ガラスはあっけなく粉々になる。


降りしきるガラスの破片に日光が反射しているその光景は、まるで神が彼らの勝利を祝福しているかのような光景だった。


鬼を含め、その場にいた誰もがあっけにとられていた。




ガラスがまだ宙に舞っている間に、それは空からやってきた。


「──遅れてすまない」


彼らの名は第一空挺団。


名実ともに、守護警察最強の部隊だ。




降下中、彼らはフックを大阪駅の天井のフレームめがけて放り投げて落下の衝撃を著しく緩和した。


耐衝撃スーツがフックの衝撃を優しく包み込む。




全身を纏う耐衝撃スーツに烙印された深紅の紋章を見たヤマトは安心し、溜まっていた疲れがどっと押し寄せて来た。


「はは……遅せーよ……」


瀕死のヤマトが涙声で最後にそう言って地面に倒れ落ちた


体はボロボロなのに、ヤマトの表情はとても優しかった。


安堵の表情で眠るヤマト。








薄れゆく意識の中でヤマトは山科での過去のやり取りを思い出す。








数年前、ヤマトがまだ孤児院に居た頃のことだった。成人したらここを出て守護警察に入隊したいというヤマトを止めようと、織姫が泣きながら必死に思いとどまるように訴えていた。


「教えてヤマト……!貴方は一体どうしてそこまでして自分の命を危険にさらしたいの……!?守護警察に入隊したら早死にするのなんて目に見えてるじゃない……!」


「ああ」


ヤマトは泣いている織姫の意見を真剣に受け止めているが、覚悟はすでに決まっているようだった。


その返事を聞いた織姫は、ヤマトの理解できない考えに対してさらに感情的になる。


「じゃあどうして……?ハナビのことを間近で見ている貴方なら知っているでしょ……?」


「ハナビは大丈夫だって言うけど……」


そ・れ・を口にしたくなかった織姫は一度言いとどまるが、ヤマトを説得するためにも心を鬼にして残酷な現実を告げる。


「ハナビは大丈夫だって言うけど、い・つ・も・ボ・ロ・ボ・ロ・じゃない……!!」


織姫の目から大粒の涙が零れ落ちる。これだけは言いたくなかったと言わんばかりの表情をする織姫。ここまで言わないと駄目なのかという無力感が織姫の感情のダムを決壊させた。




ここでヤマトを説得できないと一生後悔することになると思った織姫は、今までずっと言えずにいた本当の気持ちをヤマトに伝える。


「私は貴方にはそうなってほしくない……!!貴方は……!ヤマトは、私の世界でたった一人の『大・好・き・な・人・』だから……!!」


ずっと言えなかった本音を、こんな形で伝えることになってしまった自分の惨めさに言葉ではうまく説明できないほどの悲しみを感じた織姫は地面に泣き崩れた。






しばらくの沈黙の間、ヤマトは織姫の言葉の意味を考えた。そのうえで、自分を大好きだと言ってくれた人に自分の本当の気持ちを告げる。


「──ありがとう。俺のことを好きでいてくれて」




「だけど、俺は行かないといけないんだ。俺が行きたいんだ」


やっとの思いで伝えた自分の本音に対する答えを、織姫は泣きながら必死に聞いていた。


ヤマトは続ける。


「織姫の言う通り、外の世界は凄く危険だ。鬼は容赦なく俺たちに襲い掛かってくる」


「──戦場では、誰も死の運命からは逃れられない」


ヤマトの発言からは並みならぬ覚悟が感じられた。


しかし、やっぱり理解できなかった織姫はヤマトに問いかける。


「──じゃあどうして……」


泣き疲れたのか、織姫の声は少し弱々しく聞こえた。


織姫の問いにヤマトは答える。


「変な話だけどさ……」


「こんな傷だらけで、誰からも望まれていないような世界が」


「──俺には、凄く美しく見えたんだ」




「誰もこんな暮らしは望んでいないと思う……俺だってそうだ」


「だけど、こんな世界なのに、誰一人諦めていない」


「土地は狭いし食料も少ない。ろくな娯楽もないこんな世界でも、必死に生きている人間がいるって知った時、俺はそんな人たちを命に代えてでも護りたいって思ったんだ」


「だから、俺は行かなくちゃいけないんだ」




「ヤマト……」






──なあ織姫……


もし兵士になった俺でも、まだ俺のことを好きでいてくれたらさ……俺の傍で見守っていてくれないか……?












その時は、今よりずっと笑っていよう……!








ヤマトは満足そうな顔で気絶している。


時刻は10時45分、戦場に一筋の光が差し込んだ。




2020年8月14日


大阪駅に上陸した空挺部隊はあっという間に梅田を制圧し、ヤマトたち守護警察は大阪駅及び梅田周辺の奪還に成功したのであった。




つづく

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