明晰夢
@Canopuss
狂ったゆめ
星を見ていたら、どちらが地面かわからなくなった。
寝ぼけて後ろ向きにベッドにダイブするみたいな
刹那の浮遊感と、柔らかい紺青の、
深い水溜りにぽちゃんと 壮快な飛沫の音が散る。
水面に映る三日月が、ニタリ顔を浮かべてこっちにおいでと手招きしている。
不意に手を伸ばすと、水溜りよりさらに深いところまで落ちていく。
落ち続けていたら、いつのまにか地球を飛び出して、青く光る星を目の前にして、暗闇の中に浮いていた。
どこからか現れた、無作為に泳ぐ白鯨の
「Dream on」
と呟く瞳の中は、 万点の星空だった。
気がついたら、ベッドの中にいた。
汗だくで、シーツに皺までつけて、なんて目覚めの悪い朝なんだろう、と。カーテンをめくって窓を開け放つと、そこには暗闇が広がっていた。
「は?」
なんだ?なんで夜?なんで地球が遠くに見えるんだ?まだ、夢を見ているのだろうか?目がまわりそうになって思わずベッドに尻もちをついた。視界がぐにゃぐにゃと蛍光色に蠢いて、胃液が上ってくる。
「うぷっ」酸っぱい味が口の端と端から溢れ出てきた。気持ち悪い。
状況を整理したいところだけれど、どうも今の私には無理そうだ。仕方がないから、布団に入ってもう一度眠ることにした。寝て起きたらきっと、きっと全部元通りになってるよ。
ここは地球で、私の家で、背筋が凍るような獣の気配が、扉の向こうからするような危なっかしい空間ではないんだ。そうだ。これはきっと夢だ。
ぎゅっと目を瞑って、頭まで布団を被って耳を塞ぐ。こうしていれば、いつのまにかお天道さまが昇っていつも通りの朝が来る。くるはずなんだ。
苦し紛れに、羊を数えていると、気がついた瞬間には、まったく見覚えのない場所にいた。どこかの家の玄関だ。暗くてよく見えないけれど、私の手には何か、棒のようなものが握られている。それと、鉄の匂い。
鉄が錆びた匂いが強烈なほどに私の脳を刺激する。壁や床のあちこちに赤黒い水溜りができている。私の体も真っ赤に染まっていて、目の前には黒い塊が倒れ込んでいる。
「………。」
厭な予感がしたその時、奇しくも、外から漏れた光によって全てが照らされてしまった。見たくないものが、視界を埋め尽くして、酷く動揺してしまった。黒い塊の正体は人で、それを私が刺したらしい。広がり続ける赤が、私のつま先につっかえていた。
目の前のそれを見つめて、突っ立ったままでいると、また視界が反転した。今度は路地だ。雷が空で光って消えている。今にも雨が降り出しそうで、私の手には傘が握られている。これは…さっきの棒、もとい包丁と同じか。場面が移り変わるごとに私のアイテムも変わる。アイテムというには随分可愛すぎるかもしれないが、こう言っておいた方が私の気が楽になるんだ。知らないうちに勝手に足が動いて、見知らぬ家に入っていく。2階に上がって、誰もいないのかと何故か安堵していると、ペラペラと紙をめくる音が聞こえた気がした。次の瞬間、銃声がしてまた場面が移り変わった。沈むその瞬間、血まみれになった部屋が垣間見えた。
これはきっと、あれだ。明晰夢というやつだ。根拠らしい根拠はないが、強いて言えば、私が嫌だと思う瞬間にはもう違う場面に移り変わっていること。つまり、これは私が意図的に行なっているものとみて間違いないだろう。夢の内容はさておき、コントロールができるみたいだ。そうと分かれば都合が良い。こんな鬱まっしぐらの血みどろショーなんてこれ以上はごめんだ。もっとメルヘンな内容に変えてやろう。そう企んでいたところで一気に引き戻されて目が覚めた。
勢いよくベッドから飛び起き、カーテンをめくって窓を開け放つ。目の前に現れたそこは、ユニコーンが踊り狂う桃源郷だった。
明晰夢 @Canopuss
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