第18話アフガン事変(18)-バンシジール要塞攻略
1961年7月3日アフガニスタン東北部
我が軍の攻勢を既に二度凌いできたこの要塞の守りは未だ硬い。メテオを二度くらい既に要塞の6割において要塞としての機能は果たしていないが、残存している各所に設けられたバンカーとそれを結ぶ地下道。それらは頑強な抵抗をアフガニスタン軍に提供しこの精強な我が軍を退けている。その様相はかのジークフリート線のようであった。
そして今回の作戦……かのイグニス部隊との共同であたる。以前ではあり得なかったことだ。まぁそれでも本部を経由しているので私たちですら彼らの素性の一切を知ることはないのだが
今作戦では我々の部隊とイグニス部隊が要塞後方にヘリによる空中機動により回り込み、本部を潰しながら敵の撤退路を塞ぐ。本来火力不足になりがちな我々ヘルボーン部隊の火力不足を彼らの部隊が補うのだそうだ。十中八九米軍の運用法を真似たのがオチだがその柔軟性もかつてはなかった。トップが変わったのを期に全ての失敗を先の司令官に押し付け、一新を図ったのだろうというが部隊でのもっぱらの見方だ。
「おい!ユラーチカ聞いているのか。まったく…考え事してる最中は周囲のことが見えなくなるのがお前の悪い癖だぞ。今回もまたあれか?故郷に置いてきた幼馴染との妄想でもしてたのか?」
分隊長がいやらしい目つきをしながらバシバシと肩を叩く。それに合わせるようにダハハと周囲から笑いが起きる。
やめてくれよと揶揄う彼らに抵抗するもヘリコプター内の喧騒は収まることを知らない。
収まったのは10分後。私がいくら抵抗しても鎮まらなかった煩さがヘリパイロットの作戦地点周辺空域の到着の合図を持って静寂に変わる。皆の表情に緊張感が漂う。
ハッチが開くと同時に一斉に荒野へと飛び降り周辺警戒を行う。ここアフガニスタンの地は岩場が多い。もしこの場に山岳ゲリラがいるとすれば、そこに身を隠しながら無防備なヘリの着陸時を今か今かと待ちながら潜んでいるだろう。
「心配しすぎだぞユラーチカ」
と背中をポンと押される。
周辺のヘリ部隊も無事に降り立ったようだ。30機近い戦闘ヘリはそのまま我々の部隊の航空支援にあたる。
着陸してから数分後。激しい砲撃音と銃撃音が響く。どうやら主攻の作戦が開始したらしい。
我々の部隊は本部直属の通信部隊と合流し尾根を伝いながら移動し要塞全体を俯瞰出来る位置で構え偵察を行う。見下ろすと主力部隊の装甲車群がこちらからも観察できるほどに迫ってきているのが分かる。装甲車の大口径機関砲が要塞全体に降り注ぎ、それにより巻き起こった土埃が峡谷全体に舞い始めている。
山脈を塞ぐように囲んでいた我が軍にようやく気づいたのか麓の部隊との間にも火線が走りだした。予定より随分早かったが今の時点においては作戦には支障がなさそうだ。予定通り進んでいる。我が隊の偵察報告に基づき戦闘ヘリがロケット弾を放ち敵の次々と火点を潰していく。しかしバンカー内、地下道内の敵を掃討することは容易ではない。弾薬を打ち切った戦闘ヘリは次々撤退していくが未だ敵の砲火は激しい。
味方歩兵部隊も対戦車ロケット弾をトーチカに打ち込みいかんせん火力不足が否めない。通常であったならここが攻勢限界点であり、ここで守りに切り替えこの地点で主力部隊がこの地点まで押し切るのを待っていただろう……しかしながら今回は違う。
「来るぞっ!」
先ほどから無線で本部と交信し続けていた隊員が顔を上げ叫ぶ。
それとほぼ同時に後方から火球が飛来する。それらは陣地群の内部に次々と入り込み、トーチカの至る所から火が漏れ出す。先ほどまで峡谷全体を包み込んでいた土煙が要塞内部に吸い込まれ、谷間が晴れ渡っていく。
「うぅむ中々実際イグニスというのを目にするとその恐ろしさが伝わるな」
分隊長が双眼鏡を顔に押し付けながら唸る。この攻撃により敵の防御線からの砲火は一気に減少し、これを好機と見た麓の部隊が被害を承知で次々と突撃していく。
つい無意識にあの威力の火球が発された点を見ようとしてしまったところで拳銃が押し付けられているのが隊服越しに分かる。
「殺されたいのか?」
私に押し付けていたのは本部から派遣された隊員だった。同じように彼らの部隊も私に向けライフルをむけているのを感じる。恐らく彼らが見張っていたのは敵ではなく我らだった。迂闊な自分の行動に今更ながら心底後悔する。冷や汗が首を伝う。
周囲の仲間も緊張感で顔が強張る。
そこにドウドウと周囲を収めながら立ち入ってきたのが分隊長であった。コラッと一発俺を殴りつつ、本部隊員に面と向かう。
「いやぁすみません。このバカは新人なもんで…今回は許してくれませんか?我が部隊も人手がカツカツで…こっちからも言っておきますんで」
その言葉のお陰で拳銃の威圧感が背中から消える。周囲の者たちも銃を下ろしたようだ。ほっと周囲から緊張が解れる。
「未遂であることと今作戦での活躍に免じて不問とする。だが今回の事案は機密漏洩未遂の罪で上には報告させてもらう覚悟するように」
先ほどまで私に銃を押しつけてきた彼は低い声音で脅しながら仲間を引き連れながら先ほどまでいたところに戻る。我々の部隊も偵察任務を再開する。定位置に戻るまでに何度か味方にこづかれたがいたしかないと仲間に謝罪しつつそそくさと戻る。
我々の部隊が偵察についていない間にも随分と前線が進んでいたこの混乱により主力方面の部隊も一気に進軍する。敵の組織的抵抗力は既に無いに等しい。トーチカ内で運良く生き延びた残存兵も次々と我々に投降するかそうしない者は次々と処されていく。
敵本部陥落の報が入ったのは2時間後。北方から侵入した主力部隊の偵察隊が制圧したらしい。
要塞が完全に陥落したのはそれから更に約1時間後。あれほど難航不落だったこの要塞がたった6時間で陥落したのだ。
この件はのちにバンシジール要塞攻略戦と呼ばれ、我が軍はこれを足掛かりにこのアフガニスタンの勢力を強めていくのである。
未知による抑止力 釜飯 @kamameshi556
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