妖精が見える
伊藤沃雪
妖精が見える
妖精がやって来たのは、俺がまだ小学生の時だった。
突然だった。ある朝、目が覚めて布団から起き上がったら、ぶんぶんと飛び回っていたんだ。
もちろん最初は驚いた。だけど妖精は時々話し掛けてくるくらいで、害はない。次第に慣れていって、側を飛んでいるのが当たり前になった。
四年生の時に林間学習があって、夜は泊まりだった。
そういう時の恒例として、同室の仲間内で怪談が始まる。ホラーな話題に人知れず胸を躍らせていた。一番得意な分野だ。
幽霊を見た、誰もいないのに物が動いた、と言って皆が騒いでいるのを見守り、今か今かと待った。俺の順番が来ると、皆も様子が変わって身構えるような仕草を取った。
「うお、きたきた」
「今回は何だって?」
「大トリの降臨だあ」
俺の話を期待してくれていると分かって嬉しくなる。
「俺、実は妖精が見える」
言った途端、友人達から堪えきれないという感じで笑いが漏れる。
手応えを感じてますます力が入った。雰囲気が出るように声を低くして、話を進める。
「気付いたらずっと側に居たんだ。何も悪いことはしないよ。知ってる? 妖精ってさ、意外に個性的なんだ。最初はエルフっぽい格好の蝶みたいな羽が生えた奴だったんだけど、今は違くて。細長くて、目がいくつも付いてて、歯が生えそろって……」——
——「お前、まだそんなこと言ってんのか?」
目の前に立つ友人の呆れたような顔が目に入り、俺ははっとする。
俺と友人が話しているのは、最寄りの駅のロータリー付近だった。車や電車の音が耳に入る。
どうやら昔の思い出に浸ってしまっていたらしい。正面に立っているのは小学校以来の友人だ。
「病院はちゃんと通ってる?」
「へ? 行ってない。何も悪い所ないし、俺」
「おいおい……行けって言われてるだろ。この前だってお母さん探し回ってたぜ。急に居なくなったって」
「嘘だ。そんなの初めて聞いた」
俺が怪訝な態度を取ったせいか、友人は何とも言えない、という顔で黙りこくってしまった。
くそっ。こいつもだったのか。
近頃、妖精が囁くんだ。
病院に行けなんて言う奴は、お前を陥れようとしているんだって。
起きた瞬間からずっとずっと、耳元でざわざわざわざわ、殺せ殺せ殺せって。
妖精が見える 伊藤沃雪 @yousetsu
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