第11話 勝負です!
用意された材料や調理器具を確認しながら私は隣にいる少女へと視線を向ける。私の隣には今、エプロン姿の夢香ちゃんがいた。そして私から少し離れた位置にいる綾乃ちゃんがこちらを……正確に言うと私の隣にいる夢香ちゃんのことをぎろりと睨みつけている。
ど、どうしてこうなったんだ……。
時は少し遡る。夢香ちゃんが私に抱き着いているところを目撃された私は修羅場に巻き込まれていた。そんな重苦しい空気が流れる中、綾乃ちゃんが夢香ちゃんに向かって指を刺し────
「枕木先輩!勝負です!」
宣戦布告をしたのである。あまりの急展開ぶりに私は困惑、一体どうして夢香ちゃんと綾乃ちゃんが勝負する必要があるのか私にはよく分からなかった。な、仲良くして欲しいんだけど……無理そう?
「勝負?」
「そうです!実は今から家庭部でチーズケーキを作るのですが、どっちが美味しいチーズケーキを作れるか勝負を申し込みます!」
「綾乃ちゃん?一回落ち着かない?」
「大丈夫ですひなた先輩!私はとても冷静です。それ故に枕木先輩に勝負を挑んでいるのです!」
冷静……?冷静か……?冷静か……。
話をポンポンと進めていく綾乃ちゃんを見て私は悟った。これ、私が何言っても無駄な奴だ!
「よく分からないけどひなたと一緒にお菓子は作ってみたい」
「わ、私を踏み台に先輩とイチャイチャする作戦……良いですか枕木先輩!私が勝ったら先輩にべたべたしないでください!本来であればそこは私の特等席なんですから!」
「誰のものでもないんだけどね?」
と、なんやかんやあり夢香ちゃんと綾乃ちゃんのどちらが美味しいチーズケーキを作れるか勝負をすることになったのでした。うーん……一応私も当事者のはずなのに一切会話に混ぜてもらえなかったのはどうしてなんだろうね?
「ひなた、眠い」
「夢香ちゃん、私に寄りかかるのは良いけど綾乃ちゃんとの勝負の事忘れないでね」
私の背中に柔らかい感触が伝わる。私一人の状況だったらこの柔らかさと温かさを噛みしめるところなのだが、今は周りの視線がある。というか綾乃ちゃんからの視線がすごい。直接見たわけじゃないけどきっと鬼の形相をしていることだろう。
「あんなひなた先輩にべたべたくっついて……なんて羨まし、じゃなくてだらしないの」
私は視界外から伝わってくるナイフのような視線を回避すべくチーズケーキ作りを早速始めることにした。
「よし夢香ちゃん、早速作ろっか。今回作るチーズケーキはすっごく簡単だから心配しないでね」
「わかった、私は何をしたらいいの?」
「まずは────」
チーズケーキ、一見作るのが難しそうに見えるが全くそんなことは無い。何故ならほとんどの工程が混ぜるだけだからである。分量さえ間違えなければある程度の味は担保されるし、後は焦げない様にオーブンで焼くだけ。とてもシンプルで料理初心者の人手も作れる簡単なスイーツなのである。
「はい、それじゃあ泡立て器で混ぜてみよっか」
「任せて」
泡立て器を持った夢香ちゃんはボウルの中身を混ぜていく。
それにしても夢香ちゃんエプロン姿似合ってるなぁ。
白髪の美少女がエプロンを身に纏い、慣れない手つきながらもケーキ作りに励む姿に私は釘付けになっていた。カチャカチャという音共に動く華奢な手に小さく揺れる白い髪の毛。家庭科室という背景を覗いて切り取れば、彼女は童話の世界の住人である。今の彼女の姿を今すぐ写真に収めたい。
「ひなた、疲れた」
夢香ちゃんが泡だて器を握ってから数十秒、夢香ちゃんは私の前にボウルをすっとスライドさせる。あ、あれぇ?まだ全然混ざってないんだけどなぁ?
「夢香ちゃん、まだ混ぜないとなんだけど……」
「もう無理。私の腕は限界を迎えた」
「ま、まぁ結構力要るもんね……じゃあ後は私がやろうかな」
夢香ちゃんからボウルを受け取った私はボウルの中身をかき混ぜ、チーズケーキの生地を完成させていく。
「ひなたすごい」
「そんなことないよ。ただ材料を混ぜてるだけだし」
「慣れを感じる。将来私のご飯を作って欲しいくらいすごい」
「んぐっ!?げほっげほっ!」
ガチャン!!
私は急いでボウルから顔を背ける。危ない、もう少しでボウルに向かって咳をするところだった……。突然放たれた告白まがいなことに私は酷く動揺する。まずい、このままでは冗談を真に受けるやばい子扱いされてしまう。お、落ち着いて私……何事も無かったかのように振舞って。
「大丈夫ひなた?」
「うん、大丈夫。ちょっと咽ちゃっただけだから」
私は心配と共に首を傾げる夢香ちゃんに問題ないと伝え作業に戻る。何とかバレずに済んだ……かな?
一方その頃、別のテーブルではひなたと夢香のやり取りを見ていた一人の少女が凄まじいオーラを放っていた。
「今のプロポーズ?将来は毎日私のためにご飯を作って欲しいというプロポーズ?やっぱりあの二人は友達以上の関係だよね?じゃないとあんなこと言わないもんね普通」
「あ、綾乃ちゃん!?さ、砂糖入れすぎだよ!?」
異様な雰囲気を綾乃、彼女の頭がひなたと夢香のやり取りに支配されていたせいか、彼女は知らない間に大量の砂糖を入れていたらしい。同級生の声により、意識を取り戻した綾乃は手元にあったボウルへと視線を戻す。
「……や、やっちゃった」
「よし、完成!」
「おー」
オーブンから取り出された甘い匂いを漂わせるチーズケーキを見て夢香ちゃんはパチパチと拍手をする。ちなみに夢香ちゃんにボウルを渡されてからはすべて私が材料を混ぜました。
「美味しそうだね」
「だね」
本来なら粗熱を取る工程が挟まるのだが、綾乃ちゃんとの勝負があるため数切れだけ切り試食の準備をする。
「よし。綾乃ちゃん?そっちはどう?上手に焼けた?」
「えっと……その……」
私は綾乃ちゃんの方へと歩み寄る。あれ?なんかバツの悪そうな顔をしてるけど……も、もしかして焦がしちゃったりしたのかな?
そんな心配を元に彼女が作ったチーズケーキを覗き込む。そこには私達が作ったチーズケーキと遜色ない色をしたチーズケーキがあった。
「わぁ、すごい美味しそうだね!」
「んぐっ……ま、まぁ……工程自体は簡単だったので……」
ど、どうしよう……砂糖を入れすぎちゃったって言えない……。
綾乃は頭を抱えていた。本来チーズケーキは控えめな甘さが売りのお菓子。それなのに私の作ったチーズケーキは砂糖が大量に入った甘ったるいもの。こ、こんな失敗作をひなた先輩が食べたら────
「あ、あまっ……じゃ、じゃなくてすごく個性的なチーズケーキだね!」
と、嫌な思いをさせると同時に気遣われるに違いない。そして私はこんな簡単な物も作れない料理下手な人間として扱われる。さらに勝負を吹っ掛けたにもかかわらずこんなものを作ってしまったらきっと────
「こんな失敗作で勝負を挑んでくるなんて、お馬鹿なんだね」
と、枕木先輩にも煽られてしまうだろう!
「ひなたが作ったのもそうだけど綾乃の作ったチーズケーキも美味しそう」
「よし、それじゃあ食べよっか。いただきまーす……うん、良い感じに焼けた!」
「あむっ……うん、美味しい。流石ひなた」
「それほどでも。はい、綾乃ちゃんもどうぞ」
「ありがとうございます」
ひなた先輩が作ったケーキを口へ運ぶ。お、美味しい……絶妙な甘さとチーズの酸味がマッチしてる。チーズケーキと言えばこれという味だ。流石はひなた先輩、好き。
「じゃあ今度は綾乃ちゃんのも食べていいかな?」
「えっと……ど、どうぞ……」
「いただきまーす」
私の心臓がドクンドクンと大きく脈を打つ。先輩に嫌われる、食べないで欲しい。私は頭の中で思い描いていた絶望を受け入れる準備をする。怖い、先輩に幻滅されるのが怖い。私は恐怖から逃れるようにきゅっと目を瞑る。
「んん~甘くて美味しい!私のとは違って結構甘めに作ったんだね!」
「あむっ……うん、確かにこっちの方が甘い」
「へ?」
何かおかしいことが起きたのか?それとも私は夢でも見ているのか?私の頭には様々な疑問が生まれる。確かに私はレシピよりも多くの砂糖を入れたはず。
「あむっ……あ、甘い……」
実際に作ったものを口へ運ぶとチーズケーキとは思えないほどの甘さが口の中を支配した。ど、どうしてひなた先輩はこのことを指摘するどころかそんな美味しそうにケーキを食べ進めてるの!?
「ひなた甘い物好きなんだね」
「うん!私甘い物すごい好きなんだよね!あむっ、幸せ~」
ひなた先輩って……超甘党だったんだ!
私のミスはひなた先輩に対してはミスではなかったらしい。よ、良かった……先輩に嫌われなくて本当に良かった……。
すごく美味しそうにケーキを頬張るひなた先輩を見て私はそっと胸を撫で下ろした。その後私と先輩達は雑談をしながらのんびりとした時間を過ごすのであった。
ひ「そういえば勝負ってどうなったんだろう?」
夢「私ほとんど作ってないからそもそも勝負になってない」
ひ「た、たしかに……」
眠り姫は夢可愛い ちは @otyaoishi5959
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