第10話 姫宮綾乃
「ひなた今日は部活あるの?」
「うん、今日はチーズケーキを作るんだ」
「いいな~。私の分も作っといて~?」
「多く作ると思うから明日由良にあげるね」
「やった~!これで部活も頑張れる!それじゃ行ってくるね~」
「うん行ってらっしゃい」
元気を取り戻した由良は軽い足取りで教室を出て行った。すごい今更だけど運動部の人ってすごいよね。これから2、3時間運動するんだもん。私だったら途中で力尽きちゃうよ。
「よし、それじゃ私も行こうかな」
カバンを持って教室を出た私は家庭科室へ向かう。
「ひなた」
調理の準備もあるため少し早い足取りで廊下を歩いているとお手洗いの前で夢香ちゃんに声を掛けられる。
「夢香ちゃん、どうしたの?」
「ハンカチ忘れた」
「なるほど」
よく見てみると彼女の手からは水がぴちゃぴちゃと滴っていた。なんで幽霊みたいなポーズを取っているのだろうかと思っていたけれどそういう事だったのね。
「はいこれ。良かったら使って」
私から受け取ったハンカチで手を拭く夢香ちゃん。多分あれだ、母性ってきっとこんな感じなんだろうなぁって思いました。
「ありがとひなた」
「夢香ちゃん!?」
ど、どういうことおおおおおお!?
夢香ちゃんは感謝の言葉と共に控えめながらぎゅっと私に抱き着いてきた。確かに私と夢香ちゃんの距離は日に日に近くなってるとは思うけどまさかこんなに近くなってるとは思いませんでした私!というか柔らかいしめっちゃ良い匂いする!
「由良とひなたよく抱き着いてる」
「そうだね?」
「私も友達だから……ひなたに抱き着く」
そ、そっか!友達だから私抱き着かれてるのか!友達ってすごい!(小並感)
……はっ!?友達という言葉を使えばこのまま夢香ちゃんの頭をなでなで出来るのでは!?
その考えが頭をよぎった時、私の心臓が駆け足を始めた。この目の前にある絹のような髪を私は「友達だから」という免罪符の下撫でることが出来る。私が手を伸ばせば────
「駄目だよひなたちゃん!」
て、天使の私!!
「確かに気持ちはわかるよ?だって控えめに抱き着いて来てる夢香ちゃんすごく可愛いもん!!もう食べちゃいたいくらいだよ!」
天使の私!?
「でもダメだよ!そういうのはもうちょっと仲良くなってからじゃないとダメ!それにもし頭を撫でて嫌われたりしたらどうするの!?」
た、確かに……。友達になったのは嬉しいけどいきなり距離を詰めたら嫌われる可能性も無い訳じゃない。ここは体から伝わってくる温かさと柔らかさで満足しよう……。
「おい私!どうして手を伸ばさないんだ!」
あ、悪魔の私!!
「距離がどうこうって……夢香の方から抱き着いて来てるんだぞ?頭を撫でるくらい別に問題ないだろ!というか今すぐ頭を撫でくり回させろ!」
悪魔の私!?
天使の私もそうだったが悪魔の私も夢香ちゃんの行動にテンションがおかしくなってる……。いやまぁ実際夢香ちゃんの暖かさに私の身体がそろそろ限界を迎えつつあるんだけども。
「ほら、よく見てみろ私。この純白の髪の毛、絶対にサラサラでいい匂いがするぞ?撫でるついでに友達だからっていえば匂いを嗅げるかもしれないんだぞ?ここは私の指示に従った方が良いに決まってる。欲望のまま夢香ちゃんの髪を撫でるんだ!」
「駄目だよ私!今はまだ焦るときじゃないよ!」
ど、どっちの声に従ったらいいんだ……。だ、誰か助けて……ってん?何か視線を感じるような……。
頭の中で行われる論争から逃れるべく意識を外へと向けると、どこかから視線を感じる。それもかなりどんよりとした薄暗い視線を。私は一体どこから、そして誰が私のことを見ているのか周囲を見回してみると見覚えのある紫色の髪が視界に映った。
あ、綾乃ちゃん……?
ムムムムと小さく唸り声を上げながらこちらを鋭い目つきで見つめていたのは家庭部の後輩である姫宮綾乃だった。ハーフアップアレンジされた紫色の綺麗な髪に、可愛さと幼さが特徴的な可愛らしい顔、そして平均的な身長を持つ私よりも幾分か小さい身長。
小動物的可愛さをぎゅっと詰め込んだ少女がまるで飼い主が他の犬と遊んでいると言いたげな目でこちらをジーっと見つめていた。
どうしてここに彼女がいるのだろうかと思ったが、今私と夢香ちゃんがいるお手洗いは階段の近くに位置している。部活がある日は良く彼女が私のことを迎えに来てくれたり、この階段で待っていてくれたりする。そんな彼女の後輩力の高さが今の状況を生み出してしまったのだろう。
「え、えーっと……やっほ
じとりとした視線を向ける綾乃ちゃんになんて声を掛けたらいいか悩んだ結果、私は浮気現場を見られ何とか取り繕おうとするクズ男の様な挨拶をしてしまう。やっほじゃないよね!私もそう思うもん!
「……お疲れ様ですひなた先輩」
苦虫を嚙み潰したような声で姿を現す綾乃ちゃん。ニコニコの笑顔でこちらに近づいてきているが、声、そして彼女の態度で分かる。綾乃ちゃん今すっごく不機嫌!
自分の知らない人が来たからか、私に抱き着いていた夢香ちゃんは私の隣へと移動する。その際に私の制服の裾をきゅっと掴んでいる所に思わずキュン死しそうになりました。何だその手は!可愛すぎないか!?
「ひなた、この子誰?」
「…っ!?先輩のことを呼び捨てで……しかもその異様に近い距離感はっ……」
先ほどよりもどよんとしたオーラが強くなった綾乃ちゃん。彼女のあの暗闇がこれ以上強くなる前に何とかしなければと私は慌てて口を開く。
「この子は家庭部の
綾乃ちゃんの機嫌を少しでも良くするべく「可愛がってる」と紹介したが、あまりにも上から過ぎないかなぁと私は自分の中で一人反省会を即座に始める。が、当の本人は「一番可愛がってる……えへへ」とご満悦な様子。綾乃ちゃん喜んでるならそれでいいや。
「そうなんだ」
「んんっ!ひなた先輩、そちらの可愛い人は先輩にとっての何なんですか!?」
「ねぇ綾乃ちゃん?その聞き方は良くないかなって思うの」
「私は枕木夢香。ひなたの友達」
「友達……友達であんな甘い空気を?……絶対におかしい」
「……友達ならあれくらい普通なんじゃないの?」
「なるほど……中々の強敵らしいですね……」
もしもーし。出来れば私を置いてけぼりにしないで欲しいかなぁって。
バチバチと火花を散らしながら夢香ちゃんを睨みつける綾乃ちゃんと、何事も無いかの様に振舞う夢香ちゃん。その間に立たされている私の心情を30字以内で述べよ。
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