第2話 どうすれば
「ひなたおっはよ~」
「なんだ由良かぁ……おはよう」
「ねぇ?私普通に傷ついたんですけど?」
「ご、ごめん!ちょっと緊張し過ぎちゃってて……本当にごめんね?」
「私は寛大だからね、許してあげようじゃないか」
翌日、私の心臓は朝から普段からは想像もつかないリズムで鼓動を打っていた。高校受験の時のようなドキドキと修学旅行の日の朝のドキドキが混ざった何かが私の胸辺りで蠢き、リラックスとは程遠い状況に陥っている。
「やれやれ……流石に緊張し過ぎじゃない?」
「だ、だって隣の席だよ!?緊張しない方が無理だって!」
このドキドキの原因、それは昨日の席替えで私の隣になった眠り姫こと枕木さんである。
「良かったじゃん、隣の席になれて」
「確かに嬉しいけど……こ、心の準備というものがあってですね?」
「推しのアイドルを目の前にしたファンか」
由良の言っていることはあながち間違いではない。何せ枕木さんは私の推しなのだから。私が学校に通う理由の一つと言っても過言ではないのだ。
「やれやれ……先が思いやられるよ」
「分かる。私もそう思うもん」
「分かってるなら少しは肩の力を抜くことだね……っと噂をすれば」
ドアが開かれる音に私の肩がビクンと跳ねる。視界に映ったのはぼんやりとした表情をしながらこちらへと歩いてくる白髪の美少女。
「じゃ、私は自分の席に戻るから頑張ってね~」
「あ、ちょ由良!」
由良はタタタッと身軽な動きで自分の席に戻る。
や、やばいやばいやばい!!ど、どどどどうしよう!来る、来ちゃう!こっちに来ちゃう~!!
私の心臓がうるさく音を鳴らす。ご近所迷惑になっていないかが心配だが……そんなことを気にしていられる状況ではない。
俯く私の隣で椅子と床が擦れる音が聞こえる。枕木さんが席に着いたのだろう。
な、なんて声を掛ける!?というか私が声を掛けても良いのかなぁ!?私みたいなモブは声を掛けない方が良いかな?やっぱそうだよね!私は大人しく壁になっていた方が良いよね!アハハハ!
頭の中でそう自分に言い聞かせているともう一つの声が私の頭で鳴り響く。
「別に良いんじゃない?挨拶くらいしたって別に罰は当たらないでしょ。クラスメイトなんだし」
そ、そうだよね!もう一人の私!別に挨拶くらいしたって良いよね!というかむしろあいさつした方が枕木さんから良い印象を持たれるかもしれないもんね!
私は深呼吸をし、全身に酸素を行き渡らせ準備を整える。
よし、言うぞ!
「ふぅ……枕木さ……ん……?」
「すぅ……すぅ……」
ね、寝てる……。
席について早々枕木さんは自前の枕を机に置き、スヤスヤと夢の世界へ旅立っていた。寝るの早すぎない?というかどこからその枕を出したの……?
「……はぁ」
一体私の気苦労は何だったのか、結局挨拶は出来ず朝のHRが始まってしまった。
「えー……で、この法則が超新星爆発を起こした結果人類の誕生に大きな影響を─────」
カッカッという小気味の良い音が響く教室の中で私は頭を抱えていた。その原因は授業の内容が意味不明だからではなく、隣の少女にあった。
くそぉ……話しかけるチャンスが全く無い……。
眠り姫はその異名に恥じない睡眠を謳歌していた。授業中はもちろん授業間の休み時間、お昼休み、基本ずっ~と眠っている。お昼休みに席を立ったかと思えばすぐにどこかへ行ってしまい、教室に帰ったら帰ったで再び眠りについてしまう。眠り姫?序盤中盤終盤隙が無いよね、だから私負けちゃうよ?ぐぬぬぬ……可愛い顔してスヤスヤ眠っちゃって……本当に眼福です!!
すぅすぅと一定のリズムで寝息を立てる枕木さん。まつ毛長ぁ……というか肌めっちゃ綺麗ぇ……。
せっかく隣の席になったのに……ただ間近で可愛い寝顔を眺める事しか出来ないじゃん……。ん?これはこれでありなのでは?って違う違う!私は夢中さんとお友達になりたいの!私は眠り姫の新たな可愛い一面を見たいの!
「さっきから頭抱えてるけど大丈夫か春日部」
「はい!大丈夫です!」
「そうか……じゃあついでにこの問題を答えてもらおうか」
「えっと……わ、わかんないです……」
「2年生になったんだから授業はちゃんと聞くようにな。この答えはウガンガ─────」
ただただ恥ずかしい思いをした私はその後何を言っているのか分からない授業をぼんやりと聞き流していった。
「はぁ……どうすれば枕木さんに話しかけられるかなぁ……」
「普通に話しかければいいじゃん。おはよーとか今日も可愛いねーとか」
「そんなクラスの一軍の陽キャで運動部で彼女いつでも作れるのに色んな女の子と遊びまくってるくそ男みたいなことが出来たら苦労はしないんだよ!!」
「ヘイトすごっ!」
どうすれば枕木さんと仲良くなれるのか、それを相談するべく私は由良を連れてファミレスへとやって来た。
「それに枕木さんのあんなかわいい寝顔を見たら……可愛さに釘付けになって動けなくなっちゃうじゃん!」
「せめて起こすのが申し訳ないっていう理由であって欲しかったな私」
「お待たせしましたー。こちら苺のパフェです」
「見て由良!このパフェめっちゃ可愛くない?」
「確かに可愛い……けど量多くない?一人で食べられそう?」
テーブルへやって来たのは期間限定の苺のパフェ。通常のパフェよりも値段は高いが、その分量が多く苺がふんだんに使われている。苺の鮮やかな赤色とそれを惹き立てるソフトクリームの純白が合わさってとても綺麗で可愛い。
「大丈夫、なんならチョコサンデーも食べれそう」
「太るよ?」
「体重計に乗らない限り太ったことにはならないからへーき。いただきまーす」
「はぁ……私は忠告したからね~」
「ん~美味しい!由良も一口食べてみなよ。はいあーん」
私は苺とソフトクリームをスプーンで掬い由良の口元へと持っていく。
「あむっ。うん、美味しいね」
「でっしょ~」
「なんでそんな誇らしげなんだか……それで?枕木さんのことを相談したいんでしょ?」
「そう……どうやったら枕木さんとの距離を詰めることが出来るのか、相談できるのは由良しかいないのです」
眠り姫はおそらく友達がいない。それは普段の学校生活を見ていれば察しがつく。お友達がいる生徒であれば休み時間にそのお友達と喋ったり、お昼休みになったら仲の良い人同士でお昼ご飯を食べるのが普通だ。しかし枕木さんはその様子が全く見られない。
お昼休みにどこかへ行ってしまうが誰かと一緒に居るという情報は全く流れてこないし、そもそもお昼休みに枕木さんを見かけた話すら聞かない。気が付いたらいなくなっていて気が付いたら教室に戻って再び眠りにつく。それが眠り姫なのだ。
「う~ん……お昼休みに眠り姫がどこに行ってるのか後をついていくのが一番手っ取り早いんじゃない?」
「確かにそうかもしれないけど……ストーカーだって思われたりしないかな?」
「……な、なんとかなるんじゃないかな~?」
すっと目を逸らしながら曖昧な返事をする由良に私はじとりとした視線を送る。
「で、でも眠り姫が起きている可能性があるのはお昼休みくらいしかないじゃん?仲良くなりたいんだったらそこを狙うしかないと思うなぁ私は!」
「ぬぬ……確かにそうかもしれないけど……」
「それにぃ?眠り姫の穏やかな睡眠を邪魔しちゃったらどうなっちゃうのかなぁ?もしかしたら嫌われちゃうんじゃないかなぁ?」
「はっ……確かに……!」
「睡眠の邪魔しないで」そう冷たく告げる枕木さんの姿が私の脳内に思い描かれる。もし仮にそんなことを言われてしまえば私の心に治療不可能な傷が出来てしまう。それだけは…それだけは絶対に避けなければいけない!
「私、明日のお昼休み枕木さんの後をついてく!そして枕木さんとお友達になるんだ!」
「うん、がんばれー」
投げやりな返事をする親友を横目に私は英気を養うべく苺パフェを食べ進めるのだった。
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