第4話
「狂い神を、祓う?」
「ああそう言ったが」
「神は人の手に負えないんじゃなかった?」
祓は食べ終わった食器にフォークを放る。
「神格から引きずり降ろす。あの時君はあの狂い神の生きた神社だった。佐原走太の事を願ったんだろう。なんと願ったのか知らんが、君のことだから大体想像がつく。『僕はどうなったって』とでも付け加えたんだろう」
「そうだけど……よく分かったね。まだ会って数時間しか経ってないよ?」
「う、うるさい!大事なのはそこではない!君があのときいわば生きた神社だったことが問題だったのだ!
狂い神は信仰を得た神社に居ることで神であれる。例外はあるがな。君から狂い神を剥がしたことでヤツは元の腐れ神社に帰った筈だ。君に殺害命令を出したのと同じだ。あの腐れ神社を壊せばいい」
「壊すって、ハンマーとかで?」
「形だけ壊しても霊場としてあの場は残る。空の神社なら壊せばいいが、すでに腐っているからな。徹底的に霊的に犯す必要がある」
「犯す?」
「冒涜するんだよ。忌々しいことにそういったことの専門家が居てな。君の知己だよ」
「僕の友達?」
「大学病院のお嬢さんが居るだろう」
「魅録伽耶先輩?」
「君、彼女になんども心霊スポットに誘われてただろう」
「ああ、うん。なんで知って──
「うるさい!」
「……でもあの人、熱量が凄くてついていけないし、幽霊とかそういうのを面白半分で見に行くのはちょっと……」
「あいつはただの霊感少女で筋金入りなオカルトマニアだ。片っぱしから厄介なモノを持ち込んでは祓いではなく封印を頼んでコレクションにしてる。樹海の首吊りの縄、丑三つ時の釘打ちを完遂させた藁人形、商売繁盛のお守りと銘打って中に強欲の悪魔マモンの使い魔が封じられた巾着袋、果てはコトリバコやきさらぎ駅の切符まで持ち込んで来やがった。あいつの力を使って神社をぐちゃぐちゃに冒涜する」
「そんなことしてたのかよ……え?魅録先輩は退魔師なの?」
「違う。ただの霊感少女と言っただろう」
「なんで呪われてないのさ」
「それは本人に聞くといい」
扉がノックされた。
「お嬢様、空様、お食事はおすみでしょうか? 車の用意が出来ております」
次の日の昼休み。屋上。遅れて伽耶先輩がやってくる。
魅録伽耶は二人を交互に見つめ、頭を抱えた。
「あっちゃーカラキラくんが先に取られちゃったよ。ヒドイぜヒドイぜ、カラキラくん。私様が先に何度も何度もアプローチかけたのにさー」
「初手に激ヤバ心霊スポットでデートすることをアプローチとは言わないですよ。ていうか、なんであんなに僕ばっかり誘ったんですか?」
「君が生命力でキラキラ輝いてるからに決まってるじゃないか。天性?神性のモノかな?多少の穢れじゃへこたれないし最高の相棒だろう?」
そういって伽耶先輩は僕の頬を宝石でも撫でるように撫でる。首筋にビリリッと痺れが走った。
天使の輪を作る長い黒髪は片耳側だけ赤いリボンで三つ編みにして垂らされている。夜より深い黒い瞳で射すくめられる。
「『クリカラ』、その女から離れろ」
脳よりもっと奥、存在の一番奥から吹き出す衝動の名前は『服従』。理性による思考プロセスをシカトして衝動は行動になり、僕は彼女から離れた。初の『命令』の感覚に戸惑いながら殻栗空、と静かに呟く。
「うわー嫉妬だあ〜あ〜あー」
「違う。話が進まないからだ。あの腐れ神社をめちゃくちゃに出来る呪物を用意しろと私は注文した。今回はお前が商品を渡す番。それだけだ。私の下僕に色目を使ってないで早くしろ」
はいはい、といいながら持って来ていた段ボール箱を空ける。
「これ、霊場で首吊り自殺するのに使った紐20人分ね。注連縄剥がしてこれ巻いたら?あと、動物の血と経血の血の混合物2リットル。死産した子供の臍の緒。先に祠に突っ込んじゃえ。死、出産、生理、動物。神社が穢れるオンパレード。どうせ腐れ神社は壊すんでしょ?
じゃあこれとっておき。犬神憑きの一族から盗──騙しとっ──譲って頂いたミイラ化してる犬の頭部。封印済みだけどこれ埋めとけばもうそこは霊場として使い物にならないよ」
「お前にしては大盤振る舞いだな」
「大分長いこと前の住人は神社を大切にしてたんでしょ?このくらいで充分じゃない?」
「充分だが……見返りが怖いな」
「この子を時々貸してよ。退魔の式神の力ってこの子単体で使えるんでしょ?」
「お前には頼もしい妹が居るじゃないか」
「怨霊には怨霊。単純だからこそ強力だけど、オカルトには何が起こるか分からないからねー」
祓は屋上に転がった空き缶を蹴飛ばす。
「友達付き合いは赦してやる。ただ『それ』は私のだ。忘れるな」
「分かってるって。可愛いなあ祓たんは」
「呪い殺すぞ。私はもう帰る。空、学校が終わったらすぐ腐れ神社に来い」
そう言って祓は屋上から階段を降りて行った。
えっと、なにを言えばいいのか。なにを聞きたいのか。
「知りたい?私がなんで呪われないのか。『頼もしい妹』って誰か」
「知りたいです」
「そう。そういう素直なとこ、カラキラくんの好きなとこだよ。畸形嚢腫って知ってる?」
「漫画で読んだことがあります。本来双子として生まれてくるはずが、肉の袋の中に片方の身体がバラバラになって入ってるって」
「私はね、畸形嚢腫の死産だったんだ。産まれた瞬間なのに、今でも覚えてる。蘇生措置で生と死の狭間に居る私と私の妹。そして起きたら生まれる前から一緒だった私の一部、私の妹が殺されて消えていたこと。仕方が無いことだったんだ。現実にブラック・ジャックは居ないしね。摘出して捨てるしかない。でも、たまたま運悪く──私にとっては運良く?私達二人の霊能力が高かった。産まれる前の生き物が何を考えてるか分かる?」
「……いえ」
「生まれたい、だよ。生まれたい。何がなんでも生まれたい。生まれることだけを望んでいる。生まれることに執念を燃やしてる。でも」
そこで伽耶先輩は言葉を切り、制服の上の裾を捲る。
眩しいほど引き締まった細く白い彼女のお腹には、生々しい手術痕が残っている。
「私の妹は産まれられなかった。産まれたのに、産まれることが赦されなかった。産まれることの執着、生命の原初の欲求を依り代に、大怨霊としてこの傷に取り憑いた。私は、半分くらいバケモノなんだ」
「……」
「この子がいる限り、大体の呪詛も怨霊もそっぽ向いて逃げてくよ。それが、私が呪われない理由」
「……伽耶先輩が」
「うん?」
「……伽耶先輩が、心霊に首を突っ込むのは、妹さんをどうにか成仏させるためですか」
そういうと、魅録伽耶は大声で笑いだした。
「そんな訳ないじゃん。私が心霊の世界に自ら突っ込んでいくのは、君と同じだよ。それが一番、相棒にしたかった理由なんだけどなあ……まあ、また遊ぼうよ。同類くん」
先輩が、片方の口角を上げて肩を叩き、屋上を去る。全てを見透かされたことによる胸の高まりを、脳が誤認しそうになる魅惑の微笑み。
『同類くん』
もし、僕にももっと早くオカルトの世界に足を踏み入れるきっかけがあったら。
僕は。
僕は?
僕は。
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