失われた9について
秋犬
私の大嫌いな9
私は幼い頃、両親が共働きだったのでよく母方の祖母の家に預けられておりました。
祖母の家には鬼のような面がたくさん飾ってあり、常に線香に火がついておりまして、そして夕方になると祖母は必ずお経を唱えるので、私も一緒に真似をしてお経を唱えておりました。両親は私がお経を唱えると嫌な顔をしましたが、最後まで何も言いませんでした。
私は祖母が好きでした。色水の実験にドライアイスを使ったり、花火をバラバラにして様々な色を思い通りに出すことの出来る祖母を尊敬し、祖母の好きなものを私も好きになろうと決めておりました。
「いいかいミィちゃん、9に近づいてはいけないよ」
「どうして?」
「9は苦労のクの字だよ。ろくなもんじゃない」
そういう祖母の家に、9のつくものは見当たりませんでした。9個入りのお菓子は「仏さま」にあげるという名目でひとつゴミ箱に捨てられ、8個入りになっていました。祖母は「仏さま」が大好きでした。だから私も、「仏さま」を好きになろうとしました。
そんな祖母が亡くなったのは、私が9歳のときでした。おそらく祖母は私が9歳になったので死んでしまったのだろうと、私は自分で自分が嫌になりました。私のせいで祖母は死んだのだ、私は呪われていると両親に訴えましたが「祖母は患っていた持病で亡くなったので、私は呪いなどかかっていない」と何度も言われました。
それでも私は9という数字が恐ろしく、それから9歳の間は学校にも行けませんでした。学校の先生に両親が「9歳が嫌いなんです」と説明すると、学校の先生は困った顔をするだけでした。先生も両親も、皆が私を見下しました。祖母に教わったお経を唱えると、祖母が側にいるようで心が安らぎました。私は祖母のところに行きたくて仕方がありませんでした。
10歳になって私は再び学校に通えるようになりましたが、困ったことに出席番号が19番になってしまいました。やはり私は呪われているのでしょう。19番だから学校に行かないと言い張り、私はその年も学校を休み続けました。
学年が変わり、ようやく学校に行けるかと思いましたが、もう勉強も友達もよくわからなくなっていました。皆が私を嫌っているようなので、私は学校に行けなくなりました。
私のことで両親はよく喧嘩をしました。そして必ず母が泣き、父が途方にくれました。こんなに不出来な娘を持ってしまっては当然でしょう。私はせめて国語の勉強をしようと、ノートに日付を書こうとしました。そして今日が9日だったので、国語の勉強は止めました。
算数の勉強をすると、必ず9が出てきました。社会の勉強をしたら、九州という恐ろしい地域の名前が出てきました。どんな勉強をしても、必ず9が私に付きまといました。
「数字のない場所に行きたい」
私はそう両親に毎日訴えました。数字の9が私の足を引っ張るのです。ですから、数字のないところへ行けばもう9に会うこともありません。そう主張する私に、両親は女の人を紹介しました。いい匂いがして、優しそうな女の人でした。
「数字が嫌いなの?」
「いいえ、3や6は好きです。でも9が嫌いなんです」
「どうして嫌いなの?」
「9は苦労のクだからです」
女の人は「そうなの」と言って、あとはアニメや漫画の話だけしました。それきり、その女の人と会うことはありませんでした。
こうして学校に行かなくなった私は、毎日お経を唱えながら家で過ごさなくてはなりませんでした。外へ出ると9に出会うかもしれません。その恐ろしさに私は震え涙し、9に対抗するために凶器を持つことにしました。
9に出会ったらすぐに殺しにいけるように、私はナイフを買いました。祖母から習った知識を使って、毒薬も作りました。いざというときのために、インターネットで殺人術も勉強しました。9がやってきても、人を不幸にするためならば怖くありませんでした。だって9が呪われているのですから、当たり前のことなんでしょう。
それから私も年をとり、19歳になりました。19歳のとき、父が癌で死にました。29歳のとき、母が首を吊りました。やはり私は9に呪われているのです。9に触れば、私は死ぬでしょう。
そして私は39歳になりました。国からもらったわずかな情けで食いつなぐだけのゴミになり果てた私にも何かできることがあるに違いないと、ある人が私にスマートフォンをくれました。手始めに人々が行っている「えっくす」というもので「いいねの数だけ自己紹介をする」というイベントに挑戦することにしました。
いいねは14もやってきました。
1 私はゴミです
2 私は死んだ方がいい人間です
3 私は働いていません
4 私は結婚も出産もできません
5 私は死んだ方がましな人間です
6 私は死ねばいいのにと思われる人間です
7 私はカスでクズのアブラムシです
8 私はゴミです
10 私は死にたい
11 私は消えたい
12 私は〇〇〇〇です
13 私は〇〇〇〇です
14 私は
血反吐を吐く思いで私は自己紹介をしました。すると、なんと私の投稿を見ていた人がいたようです。その人は私に「えっくす」を勧めてくれた人でした。
『[9]がありませんよ?』
私は震える手で「教えてくれてありがとうございます」と返信し、9番目の自己紹介を考えることになりました。
祖母の声がどこかから聞こえます。
9は苦労のクだ、9に近づいてはいけない。
「私は9という数字のせいで人生を台無しにされて狂人扱いされてきましたがそもそも私が狂っているという前提はおかしくて鈍感なお前らがおかしいに決まっている平気な顔をしたその下お前ら全員9に違いない9は敵だ殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺せ9を殺」
私はお経を唱えながら投稿をして、大変すっきりしました。しかし、「殺害予告」と判断したというメールが届いて私のアカウントは凍結というものになってしまいました。
また私の居場所が消えました。
これも9の呪いのせいです。
9を殺せ。
私は部屋にしまってあったナイフや毒薬を取り出しました。9を押し付けた人を殺せば、9は消えるはずです。9を殺せば、私は自由になれるはずです。
9をころせば、わたしはじゆうになれるはずです。
ああ、祖母の声が聞こえます。
ありがとうございます。ありがとうございます。
今から、そちらに参りますね。
<了>
失われた9について 秋犬 @Anoni
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます