第17話 彼の居場所に安寧なし

 2025年6月17日。早朝から続いていた暴風雨はお昼の11時を過ぎた頃には収まり太陽の光が雲から覗くようになる。


 外では大きな体格のカラスが何度も鳴き声を響かせていた。幸太と陽翔はそんな事は気にする事なく相変わらず談笑を繰り広げていた。


 そんな彼らの会話を止めたのは1つのインターホンだった。


「ピンポーン」


「宅配?」


「いや、俺は何も頼んでない。それにこんな時に宅配なんて来るはずない……」


 そうして恐る恐る幸太はインターホンを確認する。そこには見知らぬ男が立っていた。


「あの~何か用ですか?」


 通話ボタンで話しかける。すると男は一言質問をする。


「福永幸太ですか?」


「え?あ、はい、そうですけど?」


「ブツ」


 幸太が返事をすると男はすぐに通話停止ボタンを押す。


「え?なに?どういう事?」


「どうしたの?」


「いや、なんかいきなり男に福永幸太かって聞かれてはいって答えたら切られた」


 幸太が不思議そうに思っていると今度は電話が鳴る。


「はい、もしもし?」


「福永幸太ですか?」


「え、あはいそうですけど。どなたですか?」


「ブチッ」


 再び名前を聞かれて答えるとすぐに切られた。


「なんだ、何が起きてんだ?」


 陽翔は何となく嫌な感じがした。するとおばあちゃんが囁く。


 ――陽翔、すぐにここから逃げるんじゃ!


 ――え?おばあちゃんどういう事?逃げろって?もしかして今幸太に起きてる事と関係が……。


 ――いいから早く逃げるんじゃ!巻き添えになるぞい!?……今しかないんじゃ!はや……く……。


 ――おばあちゃん!?ねぇ!?おばあちゃんの声が聞こえない……。わからないけど逃げないとまずいんだよね!


「幸太、避難の準備をしてここから出よう!」


「え?何いきなり言ってんの?避難って……」


「いいから!準備はしてあるんでしょ!?早くっておばあちゃんが!」


「ばあちゃん?」


「いいから!」


 陽翔の今まで見たことのない顔で言われた幸太は何が何なのか理解はしていないが、すぐさま持ち出し用の防災バッグを持ち外に出る準備を始めた。


 その間に携帯は着信が止まらず鳴りっぱなしだったが陽翔に取るなと言われて無視を続けた。



「おし、準備出来たぞ?」


「それじゃあ、もうここから出るよ!携帯は置いといたほうがいい!」


「わ、わかった」


 陽翔の言うがままに携帯をおいて玄関から外に出る。外に出た瞬間、隣の部屋に住む女性が玄関から体を乗り出してこちらを見ている。幸太は一瞬ビックリしたがいつも通り挨拶をする。


「あ、こんにちは」


 返事はない。よく見ると女性は耳元に携帯をかざしている。そしてぼそぼそと何かを話している。どうやら誰かに電話しているようだ。


「幸太!そんなの気にしちゃだめだ!早くここから離れないと!」


 幸太は気持ち悪さを感じるが陽翔の言う通り女性を無視して階段でマンションから降りる。高層階なのでしんどいが陽翔に言われた通りにする。しかし幸太の脳裏にはさっきの女性が階段を降りる時もずっと自分を見続けていた事が離れなかった。


 何とか外階段で一階まで下りた幸太達は外に出て愕然とする。マンションの正面入り口からエレベーターにかけてひしめく見知らぬ人の集団がそこにはいたのだ。それを見た瞬間に幸太は小さく悲鳴を上げてしまう。


「うわっ」


 小さな一言を聞き逃さなかったのか、その集団は幸太の悲鳴を聞いた瞬間に一斉に顔がこちらに向けられる。そして集団はゆっくりと少しずつ幸太に近づいてくる。


「う、うわ……なんなんだよ!お前ら!?」


「幸太!こっちだよ!」


 陽翔が逃げ道を示す。


「うわぁ!?す、すまん陽翔!わかった!」


 そう言うと幸太は陽翔についてその場を走って逃げる。しかし不気味なのがその集団は全く追ってこなかったのだ。


 幸太達の走っていく姿を見ながら1人が電話をかける。


「サタンは北西の方角に誰かと走って行きました。メシア様と同じ名前の人物ですが……はい、金の髪、端正な顔、白い肌の人物でした……!」


 そしてその男は電話が切れた後に叫ぶ。


「うぉぉぉぉぉ!」


 1人の歓喜の声にざわつく集団。その瞬間、集団全員に電話がかかる。


「「うぉぉぉぉぉ!メシア様!」」

「「メシア様が降臨なされた!」」

「「私たちは救われる!」」


 集団はみな歓喜に狂乱していた。



 幸太達は走って神輿通り方面に向かっていた。しかし街の雰囲気はいつもと違った。


「あれって……」

 

「メシア様だ、メシア様がサタンに連れ去られておられる」

 

「え?なんか周りで電話してる人多くない?」

「もしかしてさっきの人って国際指名手配の人なんじゃね?」

 

「きっと犯人なんだ!」

 

「俺、通報しとくわ!俺って悪を許せないんだよね~」

「あんた遊び半分でしょ!でも、私もしよ!」


「もしもし、警察ですか?さっきT通りでニュースでやってた……」


 「犯人を見ました!」


 すれ違う人全員が自分を見ながらその後誰かに電話をしている。

 何が起きているのかもわからぬまま不安の中、幸太達は必死に走る。


「さっきの幸太のマンションの集団と言い、この街の人たちと言い、みんななんか変だよ!」


「あぁ!みんな俺らをずっと見てきやがる……。追って来る奴はいないけど、また来るかもしれねぇな!」


 走りながら幸太は叫ぶ。


「うん!誰も見ていない……誰もこれない場所に行かなくちゃ……」


「そんなの山ぐらいしか……。てか、逃げろって陽翔が言ったのに当ては無いのかよ!」


「ご、ごめん……いきなりだったから……」


「まぁ、陽翔が言わなかったら俺ヤバかったからいいけどな!……とりあえず街から出れたしあそこの橋の下で休憩しよう!」


「ありがとう……」


 2人は街のはずれの橋の下に潜り込む。


「はぁ……、ごめんね、僕あんまり体力無くて……」


「大丈夫、俺もちょっとしんどかったから。さすがに街のはずれまでダッシュはきついわ」


「ありがとうね……ねぇ、今思い出したんだけど、あのマンションに集まってた人って「救世主教会」の人たちだよね……」


「あぁ~昔流行った新興宗教団体だっけ?前にも家にそんな人が来てたけど……もしかしてあの時から俺って狙われてたのか?」


「わからないけど、今日の彼らが幸太に何かしらの目的をもって行動しているのは間違いない気がするよ……」


「おられたぞ!サタンと一緒だ!」


 橋の上から声が聞こえる。


「しまった!追って来てたのか!」


 救世主協会の集団は続々と下に降りてくる。幸太達はさらに橋の下の河川敷を奥に走る。しかし彼らは向かい側からもやって来ていた。


「まずい……挟まれた……」


「メシア様だ」

「メシア様だ」

 

「ごめん、僕のせいで……」


「大丈夫だ、俺が何とかして見せる!」

 

「忌まわしきサタンだ」

「サタンは許してはならない」

 

「ど、どうやって!?」 


「そ、それは……」


 焦りからか腕を掻きつつ幸太は必死で考える。集団はじわじわと無表情で迫って来る。


 ――ど、どうする……。横から逃げようにも陽翔はもう走れないだろうし……。考えろ、考えろ、考えろ!……!


「幸太!僕を置いて逃げるんだ!彼らの目的は君のはず!」


「そんな事は絶対にするか!一か八か試してみるしかない!……ジダイさん!来てくれ!」


 幸太は大声で叫ぶ。しかし何も起きない……。


「だめか!……おいお前らってあの宗教団体だろ!?なんで俺たちを追うんだよ!?」


 幸太は陽翔だけでも救うため、時間稼ぎに集団へ問いかける。


 ――どうする、どうする!このままじゃ陽翔が……。


「そうだ、我々は救世主教会。我らの目的はただ1つメシア様のお役に立つこと。それ以外に目的などない」


「意味がわかんねぇよ!それと俺たちが何の関係があるんだよ!」


「黙れサタン!貴様に……」


 集団の一人が喋ろうとしたその時、辺りに激しい風が吹く。


「な、なんだ!」


 集団は突然の突風に怯み一瞬目線が反れる。その瞬間、幸太達を光が包みその場から消えた。


「……なんと!消えた……」


「これは奇跡だ。メシア様の奇跡だ!」

「メシア様万歳!」

「「うぉぉぉぉぉ!」」


 彼らは幸太達を取り逃がしたにも関わらず、喜びに狂乱していた。

 


「……!おぉ!」


「……え?あれここどこ!?……!幸太!逃げるよ!」


 陽翔は彼らを見て、幸太の手を取って走り出そうとする。


「ちょ!ちょとまって!彼らは味方だって!」


「驚かせてすまない。橘君。我々は幸太の知人だ」


「え?いやいやどゆこと?」


 戸惑う陽翔に幸太とアルパが説明する。



 「なるほど~。貴方達は幸太の知り合いの僕らに危害を加えるような人じゃないんですね。なら安心です!」


「うむ。安心してほしい。ところで幸太、なぜ我らを呼ぶことが出来たのだ?」


「あ~それはね僕が彼の左腕にチップを入れたからだよ~幸太君が珍しい人間だってわかったから、もしもの時の為にってね~。僕って優しいよねぇ~」


「俺は聞いていないぞ!まさか勝手に入れたのか!?貴様また罪を犯す気か!」


 アルパがジダイに詰め寄る。


「ま、待ってください!入れてって言ったのは俺です……たぶん。どんなものなのかは知らなかったけどジダイさんは悪くないです」


「そうだったのか……。ジダイ。何も確認せずに怒ってしまった。申し訳ない」


「言い忘れていた僕も悪いからお互い様だよ。ごめんねアルパ~。幸太君もね、ごめん。……ところで君たちあの状況はどういうことだい~?」


「ジダイ、これを見ろ……」


 イゴエが丸いディスプレイを差し出す。ボタンを押すと映像が立体的に浮かび上がりだす。そこには世界中で流れている幸太の指名手配のニュースだった。


「うへ?俺がテロリストで指名手配!?」


「そんな、どういう事?」


 幸太達は衝撃の情報に驚く。


「君たち知らなかったの?しかもホニャイヤダのトップって笑」


「ジダイ、笑い事ではない……」


「そうだぞ。幸太、いったい何があった?」


 幸太は今日あった出来事を話した。


「ほう、不審な電話や、外に出ると宗教団体が群がっており、彼らが幸太達を見かけたら追いかけてきたから逃げてきたと言う訳だな。いったい何をしたんだ……。まぁ大体何が起きているのかは予想できるな。考えたくはないが……」


「どういうことですか?」


 アルパは少し苦々しい顔をして話始める。


「幸太は以前この船に来た時に体を調べたことがあったのを覚えているか?」


「はい、僕が目を覚まさなかった時ですよね?」


「あぁ落ち着いて聞いてほしいんだが、実はあの時のデータには君の体が普通じゃないと言う事が示されていたんだ」


「え……」


「もちろん、身体構造などは他の地球人と全く同じだ。しかし、唯一地球人と……いや全宇宙の生命体と違う事がある。それは精神の数だ」


「精神の数ってどういうことですか……」


「どの生命体にも基本的には決まった数の精神を持っている。例えば地球人は平均で1つ、宇宙レベルだと多くても100だ。まぁ疾病などでそれは変わって来るんだがな。しかし、君の精神の数は1兆以上だった。計測器の問題で1兆までしか測れない都合上、正確な数は我々にもわからんがな。これは地球上の人類の精神を合わせても足りない数だ。そんな膨大なナニカが君の中には存在しているんだ」


 幸太は理解が出来なかった。


「訳が分からないですよ……僕は僕だけですよ!?」


「そうですよ!そんなの計測ミスじゃないんですか!?アルパさん?」


 陽翔は問いかける。


「確かにミスを疑うようなデータだ。疾病などを考慮してもそんな数は到底あり得るはずがないからな、しかし何度もチェックしたがミスは存在しなかった」


「……それが今回の事とどういった関係があるっていうんですか?」


 陽翔が問いかける。


「うむ。分かる者には分かるがこの幸太の異常な精神の数は人為的にしなければ生まれるはずの無い物だと。だが宇宙人である我々でもそんなものは作れない。つまり幸太を手にした者はこの宇宙で最も進んだ技術を手に入れる鍵を手にしたことになるのだ。さらに我々の星では多くの人間の思念が世の中の現象に干渉して影響を与えると言った仮説がある。地球でもいくつかそういった仮説は立てられているはずだ。もし幸太のその数多の精神によって何らかの共通の思念を形成した結果、その思念が世界に影響を与えることも出来るだろう」


「……」


 幸太はアルパの言葉に戸惑う。


「そんな幸太を手に入れれば、その力を研究し利用できる。そんな貴重な生体サンプルを欲しいと思う人物は世界中に大勢いるだろう。世界政府も同じように考えて宗教団体を使って幸太を手に入れようとしたんじゃないんだろうか」


「もし捕まってたら今頃、脳みそをクチュクチュされてたかもね~」


「幸太、君は何か自分には不思議な力があると知覚していないか?またはあの日、大災害の日に何か願わなかったか?」


「ッ!……」


 幸太は息を飲む。


「アルパさん、それはひどいですよ!それじゃまるで幸太が災害を願ったみたいじゃないですか!」


「確かにこの質問はひどいとは思っている。しかしあの日の災害、幸太の叫びに呼応するように機械の異常が始まり、それが伝播するように幸太を中心に同じような現象が広がっている。そして最後には災害が発生した」


「やめましょうよ……そんな事を聞くのは……」


「そうだな、申し訳ない……。あくまでも仮説であり立証はされていない事だ。だが問題は誰がこのデータを誰かが流出させた可能性があると言う事だ」


「!?」


「……」


 そして夜が更けてゆく。


 その日、幸太は黙ったままだった。


 ただただ、笑顔で。



 一方その頃。


「セルグスク公爵閣下。標的は逃亡してあの宇宙人に保護されたようです。ミフジよりあれの使用許可願が出ておりますが如何いたしましょうか」


 老人は報告する。


「そうか……。構わん使え」


「かしこまりました」


 老人は音もなくその場を後にする。


 セルグスク公爵は1人椅子に腰かけ呟く。


「約束の日まで残り18日か……」


 これにて第17話、おしまい。

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