第6話 彼の世界に訪問者あり

 それは突然の出来事だった。

  

 2020年7月5日。世界政府宇宙防衛局アメリカ支部、通称WGSD-US。

 若手のリチャード・ゴードンとベテランのジャック・ヤマトは暇な勤務中に談笑していた。


「なぁリチャード、ブリステン大学でやってる地球意識プロジェクトって知ってるか?」


「あぁなんか乱数ってやつが特定の出来事が起きると偏りが生じるから調べてるってやつだよな。ジャック?」


「流石博識のリチャードだ。最年少でこのWGSDに入っただけあるぜ!」


「よせよ、最年少で入ってやってんのは何も来やしない宇宙を監視するだけの第三観測部隊だぜ。笑えるだろ?」


「おいおい、それは降格してからずっとこの年までここから昇進出来ない俺の事を馬鹿にしてんのか?あぁ?」


「あ、あぁ悪かったよジャック。あんたを侮辱するつもりはなかったんだ……」


 二人の間に沈黙が流れる。


「……ほんとに悪かったよジャック。すま……」


「嘘だよリチャード!何も思っちゃいないさ!俺がここにいるのは機密データを紛失した自分の所為だしな。ハッハッハ!」


 自分のジョークに引っかかったリチャードに陽気なジャックは豪快に笑う。


「勘弁してくれよジャック……ハハ……」


「いやぁすまんな!少しからからかい過ぎた!」


「ところでさっき話してた地球意識プロジェクトがどうかしたのか?」


「あ、あぁそうだったな。それがよ、ついさっきあれに偏りが出たんだってよ!」


「へぇ……どこの観測所だい?」


「それがさっき大地震の発生してた日本のA県あたりだってよ。今まで大地震の時はそんなに変化がなかったのにおかしいと思わないか?」


「確かにそれは何か引っかかるね。大地震の時に隠れて何かがあったのかもしれないね……」


「あぁ、俺もそう思うんだよな。乱数の偏りは人の集合的意識が関与してるかもって話だが……」


 第三観測室でジャックとリチャードは和やかな雰囲気の中談笑をしている中、アラームが鳴る。


「第六索敵システム反応あり!ジャック!」


「あぁわかってる!すぐに捕捉す……」


「どうした!?おい!」


「聞いてくれよ、リチャード……反応が消えた……」


「消えた!?地球圏内に侵入して補足できなかった訳ではなくか!?」


「あぁ、俺らの補足領域から突如として消えやがった……」


「なん……だと……」

 

 二人が愕然としている中、アラームだけが鳴り続けていた。



 同時刻???にて。

「だから言っただろ!天の川銀河に入る前からステルスをオンにしとけと……」


「ごめんよ!それにしても地球の技術は素晴らしいねぇ……まさか僕らを索敵できるとはね~」


「地球を舐めるな!来る前にあれだけ調べただろ。休む暇なく戦争なんて馬鹿らしいことを続けてそのために技術を進歩させている野蛮人だぞ?さすがにステルスをオフにしとけばバレる」


「それもそうだね~。まぁ僕らを索敵できても捕まえることは不可能だけどね!ねぇイゴエ?」


「あぁ、あんな奴ら余裕で振り切れる。だが、地球人を試すのはやめろジダイ。我らモパンの目的を忘れるな……」


「その通りだイゴエ、よく言ってくれた。ジダイは地球人に興味を示しすぎだ。少しは自制しろ」


「わかったよアルパ、ごめん。いや、ごめんねごめんね~」


 船内の中沈黙が流れる。しかし彼らの口はプルプルしていた。そして……。


「「ぷっ……ははっはは!……」」


 どうやら、日本のお笑いは宇宙共通のようだ。


「……とりあえず予定通りあそこに着陸して現地調査開始だ」


「了解!コース設定完了、あとはイゴエよろしく~」


「任せろ、とはいえ一瞬だがな……。粒子圧縮、出力正常。いつでも行ける」


「よし、目標に向けて発進せよ!」


「了解、粒子開放、発進する……!」


 発進の合図がかかると共に船内に微小の揺れが起きる。


「目的地到着。計器に異常なし……」


「船外に異常なし~。出ても大丈夫だよ~」


「了解した。ではこれより日本での現地調査を開始する」


「うん!じゃあ……僕一番乗り~!……おや~」


 勢いよくジダイが船外に飛び出す。続いてアルパとイゴエも外に出る。


「はしゃぐなジダイ……。ここが日本か……」


「よし、これより彼らの生活圏を調査する。市内に移動するぞ」


「りょ、りょーかい~」



 航行船を山中に隠して彼らは市内らしき場所へと向かう。


「おぉこれが日本人と言うやつか、ネイティブすぎるのか何言っているのかわからんな」


 人ごみの中をすり抜けながら周りを興味深く観察するアルパとイゴエ。


「そ、そうだね~」


「聞き取れないどころか、書いてある文字も漢字ばかりで全く読めない……」


「そうだなイゴエ。ジダイでも無理か?」


「う、うん……ちょっと難しすぎるね~?」


「ならどこかで、脳内チップに調整を入れたほうがいいな。方言ってやつの設定が必要なのかもしれん」


「そうだな……。そこの飲食ショップが個室で良さそうだ……」


「よし、そこで調整をしよう。ジダイ行くぞ」


「え?……。わ、わかった~」



 モパンはある飲食店に入る。すると奥から店員が笑顔でやって来る。


「歡迎,請坐」


「……なんだ?おい、イゴエこれは何て言っているんだ?」


「わからん。しかしこっちに来いと言っているように感じる……」


「なるほどな……」


 何とか店員に誘導されて席に着く。


「欲點啥物?」


 再び店員が話しかける。


「……おい、やっぱりわからんな。ジダイ、わかるか?」


「いやぁ……わかんないねぇ~」


 何を話しているのかを分からず困るモパン。


「客人,你是不是日本人?」


「だめだ、まったくわからんぞ!日本語は難しすぎる!」


 さらに慌てだす彼らに対して、店員は見かねて語りかける。


「こんにちは?」


「お?おぉぉぉ!?」


 突然の日本語に彼らは動揺する。


「わかる、わかるぞ!?今のは挨拶の一つ。こんにちはだ!」


「流石アルパ。だが俺にも分かった。だんだん耳が慣れてきたのか……」


「そ、そうだね~」


 盛り上がる彼らを見て少し笑顔になった店員はさらに話す。


「あの、あなたたち日本人?」


「……あ、いや。俺たちはここ日本でネイティブな日本語を勉強するために少し遠い国から来た者たちだ」


 アルパの嘘に対して店員は少し考えて、笑いだす。


「な、なんだ?俺たちの日本語は下手か?」


「だから、こっちの言葉が通じなかったのね……。いえ、あなた達の日本語は完璧よ」


 再び思い出すように笑いだす店員に対してアルパたちは動揺する。


「な、ならばなぜ笑う!」


「貴様、うちのアルパを馬鹿にしているのか!理由によっては……貴様を切る……」


 イゴエが懐に手を入れて睨む。それに対して店員は少し焦りつつ答える。


「あぁごめんなさい。別に馬鹿にしたつもりはないのよ。あのね、あなたたちは勘違いしているわ」


「か、勘違い?」


「えぇ、勘違いよ。いい、よく聞いて。ここは日本じゃなくてホニャ国よ」


「へ……ホニャ国?」


「そう、ホニャ国」


「ここ、日本じゃない?」


「ええ、日本は隣の国よ」


「……ええぇぇぇぇ!」


 アルパとイゴエの悲鳴が店内に響く。


 そして数分後。


「まさかジダイが目的地を間違えていたとは……」


「いやぁ、ごめんよ……地理データの年代を間違えていたみたいだよ。一昔前のここは日本だったらしいから。まさにジダイだけに時代を間違えちゃった~。なんつって!」


 イゴエがすぐさまジダイを睨む。


「自分のミスが重大な事を理解しているのかジダイ?次くだらんこと言ったら、切るぞ……」


「ご、ごめんよ!切らないでぇ~」


「イゴエ、そこまでだ。切っても仕方がない」


「だがアルパ、実際大問題だぞ。調べたらこの土地はT-粒子が極端に少ない。これでは船の補給が出来ない……」


「あぁ、これではどこかに補給基地を作らねばならんな。なんせ交通手形を持っていない我らの日本への密入国は犯罪だ。早急に補給基地を作り舩を動かせるようにしよう」


「しかし我らの船はT-粒子が豊富な日本で直接大気中から補給する予定のため、補給基地建設の資材や機械は何もないぞ……」


「ならさ、政府に僕らを売り込もうよ~」


「ジダイ。……いいアイデアだ」

 そう言うとアルパは少し笑った。



 それからさらに数時間後


「つ、つまり宇宙の技術を提供の見返りとして貴方達に全面的に協力をしろと言うことですかね?……」


「そうだ。そちらとしても悪い話ではないと思うがな?」


「そうだよ。僕らの言うことを聞いてくれるだけでいいんだよ?」


「し、しかし……」


「大統領殿。我々の技術が不満か……?」


「そ、そういうわけ……」


 イゴエは立ち上がると懐から何かを取り出すと、その棒状の得体の知れない物を前に構えてスッと下に向けた。


 直後、大統領の座る椅子が粉々に砕け散った。いや正確にはミリ単位で切り刻まれる。その粉になった椅子の残骸の中に尻もちをついて呆然としている大統領に、イゴエは詰める。


「はっきり言え。イエスかノーか!……」


「ヒィ!……。イ、イエスだぁ!貴方方に全面的に協力する!……」


 アルパはゆっくりと拍手をして大統領に告げる。


「素晴らしい、交渉成立だ。ホニャ国は素晴らしい国だな、我々も技術を提供しよう」


「では、また来る。次ははっきり、喋れ……」


「では、失礼しましたぁ~」


 そう言うと彼らは会談室から出て行った。1人残された大統領は、椅子の残骸の中でへたり込んだまま固まっており、そして気絶するかのように床に伏せた。


「それにしてもイゴエ。あれはやりすぎだ。あれでは脅迫に近いぞ」


「そうだよ大統領、すごいビビってたじゃん~」


「悪い。こっちの技術が分からないのかと思ってわかりやすく実演して、不満があるかどうか聞いただけだったんだが……」


「そうだな、お前の考えは理解していたが、もう少し相手に優しく伝える努力が必要だな」


「あぁ、努力する……。すまない……」


「まぁ結果として相手には悪い話じゃないのはホントだし。交渉も上手くいって良かったんじゃない?それより、これからどうする~」


「とりあえずは大統領府に住処を提供してもらいつつ、補給基地を建設。その間はせっかくだしホニャ国を深く知る事にしよう」


「そうだね!せっかくなら日本人との違いとかも分かるとおもしろいよね~!」


「では、ホニャ国の言語もインストール出来たし、今日は街でホニャ国料理を堪能しよう」


「お~!」


「……」


「イゴエ、落ち込むな。未来を見るんだ。過ちを起こしたのなら反省して次起こさないように努力する。お前はもうしっかり反省している。なら、あとは未来に向かって努力をするだけだ!行くぞ?」


 アルパはジダイと共に先に歩く。それを見てイゴエはつぶやく。


「アルパ……。ふっ、お前は昔から変わらないな……!」


 そう言うとイゴエは先を歩くアルパとジダイに追いついた。


 その後彼らはホニャ国名物の屋台街に向かう。



「なんと、こんな夜なのにネオンの明かりが煌々と照らしているぞ。そして飯屋がすごく多い!」

「いやぁ日本とは近いけど文化は少し違うのかもしれないね~!」


「異国の飯、珍しく腹が減る……」


「あぁ……なんの食材なのかは全くわからんがとにかく食欲をかきたてるいい匂いだ」


「とりあえず、あそこの店に入ってみようよ~!」


 彼らはある一軒の店に入った。


「いらっしゃい~そこにどうぞ!」


 店員はモパンに問いかける。


「ご注文はどうする?」


「そうだな、ここに来て間もないのだ。何か名物的なものを頼む」


「あいよ~」


 数分後、彼らの前に料理がやってきた。


「おまたせね~」


 「おぉぉ……!」


 目の前に置かれた料理は、どれも見たことのない料理だった。とろとろの肉が乗った丼、ゴロゴロお肉の麺料理、そして白い生地に包まれた小さな料理。どれも食べる前から彼らの食欲をそそる逸品たち。彼らはたまらずがっつき始める。


「なんだこの料理!口に入れるととろとろ溶けていく。その下の白い食べ物と相性が素晴らしいぞ!」


「ずずず~。へぇこの料理。香ばしいというか、ガツンと来る香りがたまらないね。味も甘じょっぱくて癖になるよ~」


「では、私はこれを……。んぁっつぅ!」


 突如イゴエが叫びだす。


「どうしたイゴエ!?」


 騒ぎを聞いた店員がやってきて説明する。


「あぁ~それ中にアッツアツのスープが入ってるからそのまま食べたら危ないよ~。最初に生地を割って中のスープを出してたべなきゃ~」


「ほぉなのかぁ……」


 口内をやけどしながらもイゴエは何とか食べる。


「……しかし、うまい。よくわからんが。そして熱い。だがうまい……」


「このホニャ国とやらは素晴らしい文化を持つ国だな」


「そうだねぇ、ほかにもいろいろ食べようよ~!」


「あぁ!」


 その後彼らは、謎の鳥の足料理、臭い白いキューブの料理、黒い粒の入った飲み物などに困惑しつつも次第に虜になって行った。


 それから数時間後。


「いやぁ素晴らしい料理だった。ありがとう」


「じゃあねぇ~」


「美味であった……」


 満足げに店を出ていこうとする彼らを店員が焦りながら呼び止める。


「お客さん、お代もらってないよ!」


「お代?あぁそうか地球では金とやらを支払わないといけないのだったな」


「忘れてたね~」


「店員忘れていたよ、すまない。これが代金だ」


 そう言うと、アルパは店員に札束をドンと渡す。それに対して店員はビックリする。


「いやいや、多いよ!こんなにもらえないよ!?」


「これは今日の素晴らしい料理と対応への代金だ。持っていくがいい。ではまた」


「ごちそうさま~」


「また来る……」


「え、えぇ……」

 店では店員が唖然としていた。


 その後、店を後にした彼らは大統領の家に向かい夜を過ごした。


 

 次の日、再び彼らは文化調査と言う名目上、外に朝ごはんを食べに行く。

「では、大統領殿。これより文化調査に向かう」


「そ、そうかね……。では、お気を付けて……」


「あぁ、では例の金を頂こうか」


「へ?金は昨日渡してあるはずだぞ?」


「あぁその金は昨日素晴らしい店があり、そこで全部使った」


「全部?100万ホニャを?」


「あぁ全部だ。よくわからんがな」


 アルパの言葉を聞いて、大統領の顔がだんだんと赤くなっていく。そして。


「貴様らはあほなのかぁ!?」


 「「!?!?!?」」


 突然の大統領の激高にビビるモパン達。それもそのはず。彼らの使った100万ホニャは日本円にして約800万円だったからだ。


 大統領にブチ切れられながら、お金の事、支払いの仕方などを学んだモパン達は、事の重大さに段々と気付き、最後には青い顔をして床に伏した。


 その後、彼らの金遣いは地球人水準で慎ましいものになったのだった……。


 これにて第6話、おしまい。

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