お買い物

「ああ、大変だった...」


「ポーン…」


アクミとハチゴーは旅を続けた。


「プキャトは少し傲慢で、汚い、というかあれ脅迫でしょ!」


警笛。


「そうだよね!」


…響く摩擦音。

 電車はトンネル内の長いカントレールを通る。


「...でも、パスタが食べたい気持ちだけは分かるかも...」


「ポーン… ポーン…」


「だって、人間も動物も、お腹がすいてると誰しも不機嫌になるじゃない。」


「ハチゴーにとっては... 電車がガラガラなのを想像すれば分かるかも...」


「ポーン… ポーン、ポーン。」


「ああ。 じゃあ、ハチゴーは電車として人に乗って欲しいとあまり思わないの?」


「ポーン…」


「そっか。 電車それぞれだもんね。」


レールがまっすぐに戻ると同時に電車も傾きを抑えた。


****


「プキャト達は...」


「美味しいごはんさえ食べれば喜んでくれるのかな...?」


会話が迷うアクミに対して、ハチゴーは示唆を与えてくれた。


「ポーン。 ポーン…」


「えっ... ホントに? それでいいの?」


「ポーン…」


「”人間らしく、料理すればいいじゃない”って、ハチゴー...!」


「ありがとう。 何となく元気が出たよ。」


警笛。


「じゃあ! ハチゴーは電車らしく、次の場所まで連れて行ってくれる? パスタが買えるところがいいな!」


また警笛。


その後、ハチゴーがスピードを少しずつ、確実に上げていくと、限度まで走り先を急ぐ。


アクミはやはり慣れなくて、でも慣れている、と言う姿勢を示す為に体で表さずなんとか体制を保った。


****


瞬間に眩い光が差した後、ハチゴーが力いっぱい非常ブレーキを掛けると、トンネルの様子が変わる。


と言うよりかは、トンネルを抜けて広い空間に出た。


人々が忙しく棚を見つめながら、カゴをもってウロウロしている。


壁一面ショッピングを促進させる明るいオレンジの壁紙。

 ロビーの様な爽快な店内の音楽。


ここはトンネル付属パブリックショッピングセンター。


「ハチゴー! ありがとう、ここ丁度いいよ!」

 窓先を確認したアクミからの嬉しい一言。


「ポーン…」


ドアが開くと、アクミは下りて、ハチゴーの表に向かい、言葉を残した。


「ハチゴー、少しの時間待っててね。 レールはここだけだと思うけど、とりあえず広そうな感じだから。」


遠い「ポーン...」


「さあ、カゴを取って...」 その後のアクミの続く言葉は小さな呟きに近かった。


アクミはハチゴーから離れて、棚の列の中へと姿をくらませる。


パスタ。 トマトソース。 

 クミン。 コリアンダー。 


次々に手に取られる材料はプキャトを喜ばせるのには十分なものだった。


「さあ、他のものは... 我慢しなきゃ... うう...」


アクミの思考とは逆行して、手が先に動く。

 チョコレート。 カフェオレ。


甘ーい、寄り道。


****


不思議な、寄り道。


「電車...? あの女の子電車に話しかけてた?」

 気づいていた様で客の一人がハチゴーに興味を示した挙句、近づいてきた。


警笛を鳴らすと、ハチゴーは自身の知能を隠さなかった。


「おお。 勝手に動いてる...?」

次々と集まってくる客。


チカチカ、と前面の光を付けたり消したり。

 少しだけ進んで、後進。 


ハチゴー、珍しく知能を必死にアピール。


「勝手に動いてる!」

「この電車はロボットだ。」

「いいぞもっとやれ。」


「生きてる電車だ! かっこいい!」


人々はそのうち歓声を上げていく。


それでやっと、警笛を幾つか鳴らしたハチゴーは大歓声に恵まれた。


****


「これでよしと、」

「すみません。 IDでお願いします。」

アクミは遠くから聞こえる大合唱の後ろで買い物を済ませる。


「なんで、皆んな騒いでるんだろう... ハチゴーかな...」


そんな風に心配するアクミに一人、客が寄ってくる。


「お客さん、あの生きてる電車もう見た?」

「ええ、生きてる... って、ハチゴーの事?」


アクミが聞くと、客は続ける。

「ああ、面白いよあれ。 勝手に動いてるさ。 誰も運転してないやら、まるで人間の様だね。」

「ああ、あれ... 私の彼氏なんです。 正直に。」


「ええ? あっはは、冗談じゃないわよ。 電車が彼氏なんて、今の時代多様だねえ。 いつから付き合ってるんだい。」

「えっと、つい先程...」


「ええ、そう。 まあ彼を大事にしなさい、そのハチゴーと言う電車は生きてるから。」

「分かりました! ありがとうございます。」


「さあ、向かいなさい。 きっと頑固に待っているさ。」

「はい!」


****


せっせと歩いた先。

 アクミが帰ってくるとお目当てのハチゴーが人集りに埋もれていた。


「ええ、何これ?」


アクミはなんとか人混みを迂回してハチゴーの表に辿り着く。


「わーい! すごーい!」 歓声の渦。


警笛。 チカチカ。 赤と白熱の点灯。

 ハチゴーは出来る限りの「顔」である前面の技を見せる。


「ハチゴー、すごい人だね...! 皆んなに知能を見せてるの?」


遠い「ポーン...」


「あ、この電車には相手がいるんだ。 こんにちは!」

「あ、いやいや... こんにちは、えへへ...」


遠い「ポーン... ポーン...」

 「彼の名前はハチゴー、東急8500系って言います。 皆さんよろしくね。」


やがて、人々の注目は電車一人だけではなくて電車と人間の二人に移る。


「彼氏と彼女、て言うやつ? ヒューヒュー!」

「モテてるよー! 羨ましい!」


長い警笛。

「ああ、恥ずかしいな。 ねえハチゴー?」


ハチゴーが少し後進すると、人々は興味に駆られて後を行く。

 アクミは前向きで愛と保護のタンゴ。


「皆さん! ハチゴーは恥ずかしがり屋なんです。 程々に!」


「なんだい、もっと自信持って!」

「ハチゴーかっこいい! 女の子にモテるぞ!」


短い警笛。


****


「ええ? ハチゴー、別にいいって?」

「あなたがそう言うなら、構わないけど...」


荷物が音を立てると、合図。


「ああ、この荷物は少し重い... そろそろ帰ろう...?」


遠い「ポーン...」


「皆さん、今日はここまで! ありがとうございました!」


少し残念がる歓声の後に、握手と嬉しい歓声の舞。

 アクミはハチゴーの表の前でジ・エンドを示した。


そして、ドアが開いた。

 少しの努力の後、アクミは荷物と共に電車の中に乗り込み、着席。


ドアが閉まると、人々は車体から離れて、手を振る。


「さようならハチゴー!」

「また来てねー! 楽しかったー!」

「うおー! 愛してる!」


アクミも、窓から手を振った。


警笛と共に、調整と共に、走り出すハチゴー。


その様にして、このリアムは攻略した。

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梶ヶ谷リアムの暗闇と光 テヴェスター @tvstar_1999

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