第16話 森とココペ
「懐かしいなぁ」
リドは辺りを見回しながら、そう呟いた。
今、リドとイトは町の側の森の中にいる。
町の側にあるということもあって、町の人たちもここにはよく来るらしい。看板も時折立っているし、人の足によって踏みならされた道を通れば迷子になることはない。
「リドは昔、この森であそんだりしたの?」
イトが隣を歩くリドにそう聞けば、リドは頷いた。
「うん。木に登ったり、友達たちと隠れんぼしたり、追いかけっこしたり……いろいろね」
リドの思い出話を聞きながら二人は、森の中をのんびりと歩いていた。
「風がすずしい……」
イトはぽつりと呟いた。町よりも森の中は木陰があってとても涼しく、過ごしやすかった。
「木陰があって涼しいよね。それに、近くに小川があるし」
「そうなの?」
「うん。もうちょっといった先にあるはずなんだ」
リドは立ち止まる。イトもリドにつられて立ち止まる。
「聞こえてこない? 川のせせらぎ」
リドにそう言われ、イトは目を閉じて耳を澄ます。
サラサラと流れる音が確かに聞こえた。
「聞こえた。これが川のせせらぎ……」
きれいで、涼しげで、心が落ち着く音。イトはそんな風に感じた。
リドが言ってた通り、少し歩くと、小川が流れている場所に出た。そしてリドたちはある人物を見つける。
「リド、あそこにいる子って……」
「スケッチブックを持ってるし、たぶんココペ君だね」
切り株に座るキャラメルブラウンの髪色の十歳ぐらいの男の子は、スケッチブックに何かを描いているようだった。
リドとイトはココペに近づく。
「こんにちは」
リドがそう声をかけると、ココペはビクッと肩を震わせて顔を上げた。
少し長い前髪から覗く琥珀色の瞳がリドとイトを捉える。
「だ、だれですか……?」
「あ、驚かしてごめんね。僕はリド。隣にいるのはイト」
「はじめまして」
リドとイトが自己紹介をすると、ココペはじっとイトを見た。口がポカンと空いている。
「もしかして……宝石人形?」
小さくそう呟くココペ。
「うん。アクロアイト……ホワイトトルマリンの宝石人形です」
イトがそう言ったら、ココペの琥珀色の瞳がキラキラと輝いた。
そしてバッと切り株から立ち上がる。少し背伸びをしてイトに近づいた。
「ホワイトトルマリン……! 初めて見た! ダイヤモンドに似てるけど、やっぱりちょっと輝きかたが違うんだ……。でも、きれい!」
「え、えっと……ありがとう?」
「宝石人形が好きなんだ?」
リドにそう言われて、ココペはハッとなる。そして、顔を真っ赤にしてズササッとイトから離れた。
「わ、なんかごめんなさい……! 綺麗なものを見るとテンション上がっちゃって……。あの、ぼくはココペって言います……」
ココペは恥ずかしそうに自己紹介をした。
「ココペ君は、ここで何をしていたの?」
リドがそう聞くとココペはおずおずとスケッチブックを見せた。
「絵を描いていたんだ……そんなに上手じゃないけど」
ココペが見せてくれたスケッチブックには、花の絵や、この森で見つけたのだろう動物の絵、町の景色が描かれていた。ココペは上手じゃないと言っていたが……。
「動物とか、毛の感じがすごく上手に描けてるよ」
「花の絵もステキ。見ていてワクワクする」
リドとイトはココペの絵は上手だと思った。
「このスケッチブックに描かれている絵は全部、この町に来てから描いたもの?」
リドがそうたずねると、ココペは頷く。
「そっか……この森や町では色んな動物が見られるんだね。気づかなかったな」
町中を歩く猫の絵、森の木に作られた鳥の巣から顔を覗かせる雛鳥の絵、水を飲みに来たうさぎの絵……スケッチブックには色んな動物の絵が描かれていた。
この森のことはよく知っていると思っていたが、そんなことはなかったことにリドは、ココペのスケッチブックに描かれた絵を見て知った。
「ココペ君は、いつも絵を描いているの?」
イトがそう聞くと、ココペは「うん」と言った。
「毎日、絵を描いているよ。最近は、この場所がお気に入り。川のせせらぎを聞きながら絵を描くのが楽しいんだ」
「……だれかと、遊んだりはしないの?」
イトがそう言うと、ココペはうつむき、指先をいじる。
「ぼ、ぼくは一人でいい。だって、木登りできないし、足は遅いし、口下手だし……ぼくといても、つまんないだけだよ」
ココペはボソボソとそう言う。
どうやらココペは、運動が得意ではないがゆえに、みんなと遊ぶときに足を引っ張ってる気がして、それなら一人でいいと思っているようだ。
だが、町ですれ違った三人組の少年たちは、ココペと関わりたそうにしていた。
それに、真実を見極めることができるラズリはこう言っていた。
『ココペも、さっき私たちの前を通っていた子たちも、お互い仲良くなりたいと思っているのに、上手くいかないみたい。明日からのお祭りで親しくなれたらとは思ってるけど』
本当はココペも、あの少年たちも仲良くなりたいのだ。
「ねぇ、ココペ君。絵のことを会話のネタにしたらどう?」
リドがそう言うと、ココペはうつむいていた顔をあげてリドの方を見る。
「絵のこと?」
「うん。このスケッチブックを見せたらどう? 町のことも森のこともよく知ってるつもりだったけど、このスケッチブックには、僕が見落としてた、気づかなかった景色がたくさん描いてあった。きっと、みんなココペ君ともっと喋りたいって思うよ」
そこでぽんっとイトが手を打つ。
「それなら、みんなといっしょにお絵かきするのも楽しそう。ココペ君、絵をかくの上手だから、絵のかきかたを教えてもらえたら、みんなきっとうれしいよ」
リドとイトの言葉を黙って聞いていたココペは、なんだか難しそうな顔をしていた。
ココペは、口を開いて何かを言おうとするが、すぐに閉じてしまう。
そんなときだ。ピィと鳥の鳴き声が聞こえ、ガサガサと枝葉が揺れる音がした。
三人は顔を上げる。小鳥が空を飛び、森から町の方へと飛んでいく姿が見えた。
ココペが切り株から立ち上がる。
「あの、リドさん、イトさん。おはなししてくれて、ありがとう。ぼく、そろそろ家に帰るね!」
ココペは足早に去っていった。
「……行っちゃった」
ぽつりとイトは呟いた。
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