ペイルホース作戦

……………………


 ──ペイルホース作戦



 俺たちが参加する反攻作戦ってやつが分かった。


 それは伸びに伸びた敷島人民共和国の後方連絡線を遮断すべく、上陸作戦を実行しようというわけである。


「我々は北辰州中部の天塩崎に対して上陸作戦を仕掛ける!」


 そう宣言するのは国連軍司令官のデイビス・ステュアート大将だ。大将自らブリーフィングをしてくださるらしい。嬉しいね。涙が出ちまう。


 その大げさなブリーフィングに参列しているのは作戦に参加する陸海空軍、そして海兵隊の将兵だ。実に運がない連中の集まり。


「天塩崎から兵力を展開することによって、敵の後方連絡線を脅かし、同時に川港から反撃に出る部隊とともに敵を挟撃する。それが本作戦の最大の目的である」


 地図を広げながらステュアート大将はそう説明。


「この作戦が成功すれば、我々は敷島国の本来の領土を奪還するだけではなく、侵略行為を躊躇しない共産圏の邪悪な国家をひとつ消滅させることができる。それこそが私は最大の成功だと考えている」


 こいつは朝鮮戦争でいう仁川上陸作戦だ。で、知っての通りマッカーサー元帥はそいつに成功したが、北朝鮮は消滅しやしなかった。


 今回も同じような結果だろうさ。けっ!


「作戦に当たっては海軍と空軍が全力で支援を行う。だが、これは奇襲上陸作戦であることを理解してもらいたい」


 奇襲じゃない上陸作戦はノルマンディー上陸作戦におけるオマハビーチみたいなことになる。水から上がる際の軍隊は弱い。どういう装備があってもな。


「この中には川港の陥落を防いだ精鋭部隊も含まれている。第666装甲戦闘団だ」


 ステュアート大将は自慢げにそう言って俺たちの方を指す。


 大将自らのご紹介に第666装甲戦闘団の暫定司令官を継続しているウィンターズ少佐が礼をを送り、俺たちも頭を下げた。


「彼らは上陸第一波で道を切り開く。彼らに続き、勝利を!」


 クソ野郎が! 上陸第一波なんて聞いてねえぞ! 重装備であるシェルを第一波とか、この大将もイカレてんじゃねえか!?


「偵察機による事前の偵察活動では、敵は天塩崎を重視していない。奇襲上陸は問題なく行えるだろう」


 あーあ。こうなったら、これまでクソみたいに役立たずだった海軍と空軍がまじめに仕事してくれるのを祈るしかねえ。



 * * * *



 アルカディア海軍の戦車揚陸艦に俺たちは乗り込んで、天塩崎上陸作戦であるペイルホース作戦に参加している。


 この戦車揚陸艦ってのすげえ揺れる。転覆しないが不思議なぐらいに。


「おええええええ…………!」


 アンディとマットはずっとゲロってる。食ったもの全部吐いたあとで、もう胃酸しかでないのにまだい吐いてるやがる。俺はこういうのは平気だけど、苦手なやつは戦闘前の緊張も相まってゲロりまくってる。


 だが、ゲロの吐きすぎで死ぬことはない。問題は上陸してからだ。


「全員集合しろ! シェルパイロットは全員集合! 急げ、急げ!」


 俺はそう叫んでシェルのパイロットどもを集める。


 アンディとマットを含め、ゲロを吐いていた連中がゲロをこらえて俺のいる場所まで集まってきた。アーデはおすまし顔で平然としてやがる。可愛げのねえ女だ。


「いいか。空軍は偵察飛行で敵は上陸地点にさほどいないと言ったが、全くいないわけではない。そして、俺たちは上陸第一波だ。敵がいれば俺たちは海から上がろうとよたよたしていることをハチの巣にされる」


 俺は上陸地点の地図を指さしながら言う。


「よって、だ。ここは機動力は重視しない。頑丈な連中を盾にして進む。M1001のチームが、つまりニッケル小隊が先頭に立って上陸する」


 ニッケル小隊はM1001「ウォーカー」4機で編制される部隊だ。そして、四脚のシェルであるM1001は俺が乗るM901より装甲が厚い上にいろいろと機能も充実している。


 指向性障壁がその最たるもので、これは一種のデフレクターシールドだ。こいつを展開してればいきなり敵戦車に撃たれても2、3発ならば確実に耐える。


「メタル中隊はニッケル小隊に続いて上陸を実行。海兵隊の連中を援護して、橋頭保を確保する。今回の主役は俺たちじゃなくて海兵どもだ。連中を適切に支援して、可能な限り死なせるな。そして、何より自分が死ぬな」


「了解!」


 これ以上誰も死んでほしくないし、俺が一番死にたくない。


「中隊長が様になってきたじゃない」


 上陸まで一度解散したあとで、アーデが俺をからかうようにそう言ってくる。


「俺はしゃんとしないと部下が死に、そして部下が死ねば俺が死ぬ。俺は死にたくはねえんだよ、アーデ」


「そうね。きっとあなたは生き残れるでしょ。それだけのバイタリティがあれば」


「それも皮肉か?」


「いいえ。真面目に言ってる」


 アーデはそう言ってじっと俺の目を見つめてくる。青い綺麗な瞳で見てくる。


「私はあなたに賭けてる。あなたなら私たちを生き残らせてくれるって」


 そういうアーデの組んだ腕は僅かに震えていた。武者震いではない。


 へえ。可愛いところもあるじゃん。



 * * * *



 戦艦が、巡洋艦が、駆逐艦が、無数の艦艇が天塩崎を砲撃している。


 それに加えて空母を飛び立った艦載機もありったけの爆弾とロケット弾で見える全ての敵を攻撃していた。敵はそれで全滅するんじゃないかって思えるぐらいには、海軍は全力で攻撃している。


 戦車輸送艦の甲板からはそんな燃え上がる上陸地点が見えて、俺たちは思わず息を飲んだ。まるで地獄の釜が開いたかのように盛大に炎が、煙が上がっているのだから当然だろう。


「メタル・ツーより各機。準備はいいか!」


 そして、上陸10分前。


 いよいよ俺たちはその地獄に向けて突撃する時間が来やがった。


『メタル・スリ-。準備完了だ!』


『ニッケル・ワン。準備はできてる』


 準備は完了だ。あとは必死になって生き残るだけ。


「じゃあ、ショータイムだ、諸君。作戦通りにやれよ!」


 完全に着岸する前に戦車揚陸艦のバウ・ランプが開き、俺たちは予定通りにM1001を装備するニッケル小隊盾に上陸作戦を開始。M901を装備する俺たちはM1001の後ろにぴったりと付いて陸地を目指す。


 陸地には既に海兵どもが上陸しており、敵が構築した地雷源や即席の防御陣地を戦闘工兵が必死に除去していた。爆薬に火炎放射器、無反動砲、その他使えるあらゆるものを使って、海兵隊が前進しようとしている。


「クソ。奇襲上陸って話じゃなかったのかよ」


 敵はばっちり待ち受けてやがったように見える。敵の装甲部隊こそいないものの。、少なくとも海兵隊の損害は無視できるものではなさそうだ。あのクソ馬鹿大将の作戦は既にその目論見が破綻してると言っていいだろう。


 そこで強襲上陸した俺たちに向けて手を振っている海兵隊員を見つけた。どうやら敵の抵抗で前進できずにいるようだ。


 俺はシェルを前進させ、海兵隊員のところまで進む、ハッチから顔を出す。


「どうした!? 何が障害になっている!?」


「あんたらは救いの女神だ、ロボットパイロット! あそこに機関銃陣地があって全く進めない! 吹っ飛ばしてくれ! そうしたら前進できる!」


「了解した!」


 俺はハッチを閉じて、操縦席に座ると無線でアーデを呼び出す。アーデは俺たちの前方で敵の攻撃を引き付けている最中だ。既に敵の間接砲撃や対戦車手榴弾を使った肉薄攻撃から俺たちを守ってくれている。


「メタル・ツーよりニッケル・ワン。これから俺が前に出る。援護してくれ」


『了解』


 敵の戦車こそいないものの対戦車砲や対戦車ロケットの類がないとは限らない。俺は慎重に、慎重に前方に進出して敵の機関銃陣地に接近する。


 そこでガンガンと装甲が悲鳴を上げた。


 敵の機関銃陣地からの射撃だ。恐らくは大口径の重機関銃だろう。だが、その程度で抜けるほどシェルの装甲はやわじゃあない。


「そらよ! プレゼントだ!」


 俺は榴弾HEを装填した口径76ミリライフル砲を構え、砲弾を陣地に叩き込んだ。陣地は爆発して吹き飛び、人間だったものが周囲に散らばる。


 そこで敵からのお返しが来た。対戦車ロケット弾だ!


 俺は飛びのき回避すると、放たれた数発の対戦車ロケット弾はアーデのシェルに向かって行った。しかし、アーデのシェルが装備する指向性障壁によって阻まれ、空中で爆発した。部隊に被害はなしだ。


「クソ。寿命が縮んだぜ……」


 それから俺は再びアーデのシェルの背後に戻り、海兵たちが前進していくのを見た。陽気な海兵たちは支援してくれたお礼だとばかりに、俺のシェルを叩いていったり、俺に向けてサムズアップしていく。


 そして、その陽気な海兵たちは先の陣地まで前進し、投降しようと武装解除して両手を上げた敷島人民共和国の兵士たちを射殺した。乾いた銃声が響き、射殺された兵士たちが崩れ落ちると、海兵のひとりがそれに唾を吐いた。


 まあ、これが戦争ってやつさ。


 殺してくる相手をどうして人道的に扱うなんてできる?


……………………

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