KILLING DAY

堂場鬼院

KILLING DAY

 ダイナーに入ってきた男は彼女を見ると、傍に近づいていった。女であれば誰でもよかったわけではないだろうが、幸か不幸か、彼女は一般的に見て美人の類で、しかも店内にいる女性は彼女一人だけだった。


「よお、カワイ子ちゃん。おれとちょっくらデートでもしねえかい?」

 男といったがもういい歳をしたおっさんで、自分だけがイかしてると思っている痛いファッションで臭い台詞を吐くものだから、さすがに嘔吐はしなかったものの、彼女の口からため息が出た。

「おあいにくさま。わたしこう見えて忙しいの。他に用がないなら出ていったらどう?」

 彼女の目は大きく、そして鋭かった。半端な男なら尻尾を巻いて逃げ出すところを、この男は輪をかけて半端だったから逆に顔を寄せていった。

「いいじゃねえか少しくらい。おれと遊んだら楽しいぜえ? こんなちんけな店なんかやめちまって、他のイイところにいっちまおうぜ?」


 彼女は首を振ると窓の外を向いた。ダイナーの窓側の席からは海が見えた。今日は白波が立っていて、ヨットが一艘、沖合に浮かんでいる。

「なあ無視すんなよなあ? そうだ、金ならいくらでもあるぞ? どんな美味いもんでもほしいもんでも思いのままさ! 車も超イけてるやつ乗り回してドライブといこうや! ……なあおい、聞いてんのか?」

 男はしだいに語気を荒げた。それでも彼女はどこ吹く風とばかり無視し続けている。

「……おい、このアマ! いいかげんにしねえとぶちのめすぞ?」

 男がテーブルを拳固で叩いたのを機に、彼女は振り向きざまにはっとさせられるような目を喰らわせた。

「ちょっと、危ないじゃない! コーヒーがこぼれるでしょ!?」

「へん! こんなコーヒー、その辺の犬のしょんべんの方がマシだぜ!」

「最っ低……!」

 見かねた店主が、カウンターの内側からやってきた。

「お客さま。他のお客さまのご迷惑になりますので、どうか……」

「何だとコラ! それが客に対する態度か? だいたいこんなちっぽけな店に客なんかいねえだろうが! 迷惑感じてる客がいるなら、おお上等だ、出てこいや!」

「ここにいる」


 離れた海側の席から、バウザーが立ち上がった。巨体の動きはゆっくりだが大股で歩いてきて、男の前に立つと、男は見上げるしかなかった。

「お前が迷惑な理由は三つある。一つ目は、そこの女性が嫌がっているから。二つ目は、店の雰囲気を悪くしているから。三つ目は、お前がいることで料理がマズくなるからだ」

 いわれた男は、グッと生唾を飲み込んだ。なるほど大抵の男ならこの時点で逃げ出していただろうが、輪をかけて半端な奴だったからそうはしなかった。

「う、うるせえこのデカブツが! 何だてめえ、この辺で見かけねえツラだな。よそもんか?」

「昨日引っ越してきたばかりだ。ジョギング中、海の見えるダイナーを見つけて入った。ここのハンバーガーはスパイスが効いていて美味い。自家製のコーヒーも薫りが高くて最高に美味い。犬のナニの方がマシだというなら、外にいって飲んできたらどうだ」

 バウザーがそういうと、聞いていた女性がプッと笑った。


「この野郎……」

 顔を赤くした男はいきなり拳固でバウザーの腹を思いきり殴りつけた。

 だが面白いことに、鉄板か何かにぶつけてしまったかのように、男の拳固は勢いよく弾かれてしまった。

 男は反動でよろめきつつ、目を丸くして己の拳固とバウザーの腹を交互に見た。

「…………」

「何だ? それだけか? もっと殴れ! さあ!」

 腹を指し示すバウザーに、男はさらに二度、三度……殴りかかった。

「まだだ! もっとこい! そうだいいぞ! ダメだ! もっと強く! もっと速く! 拳に鋼を宿してみろ! 何だいまのパンチは? お前の全力はそんなもんか? 本気を見せろ本気を! おい、ヘナチョコパンチはやめろ! ふざけてるのか? クソザコパンチもいいかげんにしろ!」


 男はとうとう泣きながらパンチを繰り出し、力尽きてその場に崩れ落ちていた。

「泣くな! 立て! もっと挑戦してこい! 俺の腹のサンドバッグはまだ元気だぞ!」

「プッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 こらえきれず女性が声を上げて笑った。

「あ~可笑しい。何これ、新しいパフォーマーの方たち? マスター知ってる?」

 話を振られた店主は、苦笑いしながら肩をすくめた。

「ねえ、ちょっと。もうあんたの勝ち目なんかないんだからさ、いいかげん出ていったら? あんたの舞台は終わったのよ」

「くっ……クソがあああああああっっっ!!!!!」

 男は泣き喚きながらダッシュで店の外へ逃げ出していった。


「助けてくれてどうもありがとう。わたし、シェルバ。あなたは?」

「バウザーだ」

「わお。大魔王って感じの名前ね。口から火は噴いてくれるの?」

「あいにく、手品は苦手でね」

「そう。よかったらここにきて話さない? 口直しに」

「海が見える場所ならどこでも構わない」

 バウザーは元の席からハンバーガーとコーヒーを持ち、シェルバの向かいに座った。


「海が好きなの?」

 シェルバがいった。

「好きだ」

「どういうところが好き?」

「穏やかなときもあれば荒々しいときもある。まるで、人間みたいなところが好きだ」

「あら。意外と詩人なのね」

 マスターの好意でコーヒーのお代わりが運ばれてきた。バウザーとシェルバは礼をいって飲んだ。

「さっきの奴は誰だ。この辺のやくざ者なのか」

 バウザーがカップを置くと、シェルバはカップを持ったまま眉をひそめた。

「せっかくのコーヒーが不味くなるわ。その話は止しましょうよ」

「悪い。少し気になってな」

「あんな奴、気にするだけ時間の無駄よ。それより何か楽しい話をしましょ?」

「楽しい話?」

「ええ。たとえば……今度どこかに一緒にいく約束とかね」

 そういってシェルバは大きな目をバウザーに向けた。

「すまないが、約束はしないんだ。先のことがどうなるかは誰にもわからない」

「あなたって、どうしてそんな話し方なの? ちょっと硬すぎると思うけど」

「軍隊にいたからだ」

 シェルバは、バウザーの体を見て頷いた。

「なるほどね。でも、いまは違うんだ。何してるの?」

「何も。無職だ」

「まあ、それは大変ね。マスター、ここでガードマンとして雇ってあげてよ」

 マスターは答えず、ただニヤニヤするだけだった。


「……失礼を承知で訊くけど、どうして辞めたの?」

「除隊になった。人を殴って、殺した」

 シェルバは固まった。

「死ぬとは思わなかった。俺も殺す気はなかった。軍の裁判にかけられ、禁固三年、執行猶予五年の裁決が出た」

「……知らなかったわ」

「俺もいま初めて人に話した」

「でも……あなたのことだから、きっと相手は悪い奴だったんでしょうね?」

「そうだな」

 それを聞いて、シェルバはほっとした。

「あいつは人間のクズだった。強い者にはへつらい、弱い者にはつらく当たった。周りはそれを見て見ぬふりをした。俺はそれができなかった」

「で、殴ったと」

「ああ」


 バウザーはコーヒーを飲み干した。

「上官からは裁決が出た後、こういわれたよ。『バウザー、お前は力の使い方を学ぶべきだ』ってね」

「それでこのアルカディアベイに越してきたの?」

「そうだ」

「力の使い方は学べそう?」

「さっき一つ学んだ。こちらが殴るのではなく、相手に殴らせる」

「優秀ね。尊敬しちゃう」

 シェルバも空のコーヒーカップを置いた。

「外にいかない? 海の近くで話しましょうよ」

「いいとも」

 二人は勘定を済ませ、外に出た。

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