里山と妖精

カニカマもどき

里山と妖精

「本当に、こんな山奥に村があるんですか?」

 ぐねぐねとした道を軽自動車で登りながら、女は言った。

「あるとも。ほら、ナビにも村の名前が表示されている」

「このナビ、古いから当てにならないんですよ」

 軽自動車に乗っている人間は二人。

 不安げな女とは対照的に、助手席に座る男はのんきなものだ。

「大体、フィールドワークだか何だか知らないですけど、その村にいったい何があるんです?」

「何があるか、ねえ」

 その言葉を待っていたというように、男がニヤリと笑った。

「話すとちょっと長くなるが……村に着くまではまだ時間があるし、ちょうどいいか」

 そうして、男は語り始める。

 その村の歴史を。


 *


 ええと、どこから話すべきだろうか。


 まず、村では昔から、プルルラバラの実を用いたルラバ染めが特産品だったんだ。

 知らない?プルルラバラ。

 まあ、よその地域では見ないからなあ。


 うん。着物から小物から、いろいろなルラバ染め製品があったよ。

 ああいや、物欲を刺激されているところ悪いんだが、今は

 過去に、ある問題があってね。


 ルラバ染めの最盛期だった1970年代には、染め物に使ったプルルラバラの残りをそのまま川に流していたんだな。

 それで、村の周辺の川や池が、ルラバ色に染まってしまった。


 プルルラバラそのものに害は無いんだが、水中に太陽光が全く届かないものだから、まあ生態系への影響は相当なものだよね。

 結局、ルラバ染めを続けることはできなくなってしまって。

 村はしばらくの間、水質浄化の活動に明け暮れることになる。



 で、水質浄化のため、外界から輸入して野に放ったのが、妖精だ。

 うん、その妖精だよ。

 実在? するとも。

 もちろん日本の、この群馬での話だよ。


 池の周りや、花々の間を飛び回る妖精たちは、それはそれは美しく……

 ああごめん。また期待させてしまって悪いんだが、妖精も、


 妖精の活躍によって、水質は浄化された。

 村では妖精饅頭なんかを作って、観光客へのアピールもしていた。

 しかし、まあ今の知識で考えればすぐに分かることだが、大量の妖精の流入によって、村周辺のマナバランスが崩れたんだな。


 畑で発芽したバハハマが、二カ月で三メートルの高さの木になったり。

 山頂近くでは、オロの髭がくるくるになってヤントセの蔦と絡まり、壁のようになることで、一帯が自然の迷宮と化したり。

 チョアが薄紫色になったり。

 水路から、ドドンゴの子らがこちらを覗いていたり。

 もう、しっちゃかめっちゃかな状態になった。


 そこで村の人々は、妖精の天敵ともいえるある生物を放ったんだが……


 やあ、話していたらちょうど村に着いたな。

 ちょうどいい。

 この先は、君自身の目で確かめてみてくれ。


 *


「あの……話を聞く限り、この村って相当ヤバいのでは? 過去もヤバいですけど、その妖精の天敵っていうのが、今も村に居るんですよね? 来たばかりですけど、もう帰ったほうが……」

「何を言う。今の村は平和そのものだよ。ほら、あれがその"天敵"だ」


 男の指さす先に居たのは……

「……猫?」

「そう、猫だ」


 猫は、妖精を見るとすぐじゃれつく。

 妖精が隠れていても、すぐ見つけ出してじゃれつく。

 妖精たちにとって、それはとんでもない迷惑。

 それで、妖精たちは村を去り、周辺のマナバランスは元に戻った。

 らしい。


 猫たちを撫で、猫饅頭を食べながら。

 女は考える。

 こののどかな村やその周辺で、本当に、男が語ったような大変なことが起こったのだろうかと。

 実は、全てウソだったのではないかと。

 きっとそうなのだろう。


 しかし、本当のところは、未だ謎である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

里山と妖精 カニカマもどき @wasabi014

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説