第6話 大団円
「ちょっと、場所を変えよう」
と言って、店を出た老人は、山本を伴って、歩き始めた。
夜のとばりはしっかりと降りていて、すでに、寝静まっているところもあるのではないか?
とまで思えたが、まだ時刻は九時過ぎくらい、普段であれば、
「宵の口」
ともいえるくらいの時間だった。
老人が連れていってくれたのが、
「街の北部の象徴」
と言ってもいいくらいの場所である、
「小高い山にある、鎮守様」
であった。
馴染みのある場所であったが、そこは、今まで、
「自分一人で佇むところ」
と思っていただけに、まさか誰かに連れてこられるなどということがあろうはずもないち思っていたので、気持ちとしては、複雑な思いであった。
鳥居をくぐり、神社に入ると、そこには、見覚えのある境内がそびえているのだが、いつもに比べて、少し明るくなっているように思えてならなかったのだ。
明るさが影響しているのか、境内も、いつもに比べて、少し狭くなっているかのように感じる。
こんな夜中に立ち寄ることは、そんなに頻繁にあるわけではないので、その明るさと広さの関係が、
「普段と違う」
という感覚で、露骨に感じることができるというのは、ある意味では、新鮮な気がするのであった。
「それにしても、この老人はいったい、どういうつもりだというのだろう?」
店にいる間は、普通に話をしているつもりであったが、店を出てから、ここまで、完全に、この老人に洗脳されているかのように思えたのだ。
しかし、歩きながら冷静になっていくにつれて、
「今日は最初から、洗脳されていたかのように思える」
と感じていた。
店の雰囲気も、今日はまったく違っていたように思えるわけで、マスターが、普段とまったく変わらなかっただけに、余計に自分と、老人の間の関係が、店の中で浮いていたかのように感じた。
そのことを、マスターは分かっていたのかどうか分からないが、その素振りは、分かっていようがいまいが、委細お構いなしと言ったところであろうか。
ただ、マスターが、途中から、話をすることを拒否していたような素振りがあったが、それが、唯一の違和感だったと言ってもいい。
しかし、そのおかげで、老人との会話に違和感を感じることなく入ることができたのだから、それも、
「自然ななりゆき」
ということで、
「マスターには、変わったところがなかった」
というには、十分ではないだろうか?
そんなことを考えていると、老人との話を思い出す。
最初は、
「タイムトラベル」
の話から、徐々に、
「歴史の話」
に移行してきた。
その移行にも、違和感があったわけではない。
「実に自然に、話を持っていけた」
と、我ながら、話の展開を、
「新鮮だった」
と感じることで、うまく導けたと感じたのだ。
老人は、その時のことをまず口にした。
「先ほどの店での会話に、そのヒントはあったんじゃがな」
というではないか。
「ヒントですか?」
と、いろいろ思い出してみるが、会話を思い出そうとすると、今度は、次第に、一つのことに集中させようとすると、おぼろげになってくるのを感じるのだった。
「覚えていないのか?」
と感じたが、それが、今までの自分の感覚と違っているように思えるのだった。
だが、違っているといっても、
「まったく分かっていない」
というわけではない。
自分の記憶や意識の中で、
「よく分かっていることのように思うのだが」
という感覚でありながら、その思いが今では、
「凝縮されたかのように感じる」
ということであった。
それを感じた時、
「ああ、そういうことか」
と感じた。
その時、同時に老人も顔が緩んで、微笑みかけてくるのを感じた。山本が理解したことがその瞬間に分かったかのようであった。
「そうだ、今この場では、主役はこの老人だった」
と思った。
この老人が、
「なぜ、国家の寿命が分かるのか?」
ということであった。
「わしはな。タイム何とかというのは、正直信じているわけではない。理屈に合わないことは信じられないというのが、今まで生きてきたうえでのモットーであってな。その多いは今も変わっていないんだよ。だが、そんな中で、一つだけ、矛盾しているかも知れないが、理屈が分からないことで、信じられないことだが、信じないわけにはいかないと思っていることがあるのじゃ。それが、この神社と、店で起こっていることなんだ」
という。
「それはどういう?」
と聞いてみると、老人は、境内を遠い目で見つめるように見ているのを横目で見ると、明るくなったと思った境内だったが、その明るさがさらに老人の目には、明るく見えてくるのであった。
その明るさは、瞬いているようで、まるで、目の前で、火が燃え盛っているかのようにであった。
そして今度は、もう一度境内に目を移すと、そこは、普段と変わらぬ明るさで、そして、広さもいつもの広さだった。
「見たじゃろう?」
と言って、さらに続ける。
「ここは普段からもう少し明るい場所なんだが、鳥居から境内を見ると、その明るさが凝縮されたように、目に移り。そこで意識が境内から自分に移りこむ。しかし、ほとんどの人はそれを意識しない。なぜなら、完全に写りこんでしまうと、移りこんでしまったということを、忘れてしまうからだ」
というのだ。
「じゃあ、今の遠い目というのは、それを忘れないようにするためですか?」
と、理解できたわけではないのに、そのことを感じた山本は、自然にそのことを口にできたのだが、
「そうじゃ」
と、老人が口にしたのも、別に意識してのことではなかった。
老人が、
「きっと、あなたは、夢を見たという感覚になっていると思うじゃ。その夢というのは、出来事が夢を見ているような内容という意識なのかも知れないが、実はそうではない。客観的に見て。相手が夢を見ているかのように見えるのを感じると、それが、夢の世界というものを、外から見ていることで、いろいろな感覚がマヒしてくると感じているのではないかな?」
というのを聴いて、
「はい、そうです。そして、それは、この境内だけではなく、先ほどの喫茶店でも、同じ感覚がしました。それは、今喫茶店に対して感じていることで、あの中で感じていたことが、まるで夢を見ていたと思えるんですよ。それは、過去のことのようなんですが、実際には。目が覚めて、夢というものを忘れていくというそんな感覚なんですね」
と山本は言った。
山本も、
「理解できない」
とは思っているが、
「ひょっとして、理解できないと思っていることでも、いずれは理解できるはずだと思うと、それはすでに、未来ではないと思えることなのではないか?」
と感じたのであった。
老人はそれを分かっているのか、
「そう、あの喫茶店では、夢を見させることができる場所であり、この境内に来ると、今度は、時間を自在に扱える感覚になるんだよ。そうなると、同じ時間であっても、長さが違っている。その感覚は、自分だけでは感じることができるものでなく、必ず誰かの存在を必要としているんだよ。今回は、それが、君であり、今までに、私はたくさんの人を言い方は悪いが、利用してきた。そのおかげで、私はいろいろな時間に関する能力を持つことができたのだが、それは、その時に一つだけ。いや、相手によって一つだけだという制限があった。そして、その能力は、期限があってないようなもので、能力の限界に達すれば、自然消滅する。だから、覚えていないということになるのさ」
と言った。
「じゃあ、その能力を持った人というのは、あなただけではないということになるんですか?」
と、山本がいうので、
「その通り。皆が、夢を見たと思っていても、目が覚めれば忘れていたということが、往々にしてあったりするだろう? それと同じことなのさ。そして、夢というものに対して、皆いろいろな発想を持っている。もちろん、一人一人微妙に違っているということで、夢への感覚というのは、人の数ほどあると言ってもいいといえるのではないだろうか? しかし、実際には、そんなことはない。夢の感覚というのは、結局は一つしかないのさ。世の中で、真実は一つとよく言われるだろう。それを聴いた時、何か違和感のようなものを感じることはなかったかい?」
と老人がいうので。
「ああ、確かにその通りですね。事実は確かに一つかも知れないけど、真実が一つとは限らないと私は思っていました」
と、ここぞとばかりに山本は言った。
この考えは、山本独自だと思っていた。実際には、
「これほど当たり前のことはない」
といえるのだが、
「じゃあ、皆、口にすることなのか?」
ということであり、この話題になると、避けようとする人の方が多い気がした。
それは、
「事実と真実は違うものだ」
ということは感覚的に分かっているが、
「では理論的に説明できるか?」
と言われると、簡単にできるものではない。
それは、
「自分だけのことではないだろう」
と思っていた。
しかし、考え方に相違あるわけではないので、むしろ、答えが出ないということを考えると、
「果てしない会話であっても、続けたい」
と感じることであった。
「夢と現実」
というのは、表裏一体と言ってもいい。
それを考えた時、
「真実と事実というのも、表裏一体ではないか?」
と考えられる気がした。
だから、老人が言いたいことも分かる気がした。
その表裏一体の中には、まるで。
「大どんでん返し」
のような、
「お互いに見ることのできない、まるで、交わることのない平行線と言ってもいい関係ではないか?」
と感じた。
「昼と夜」
などのように、それぞれ相手を見ることはできないが、それぞれが対であることで、一つの世界を形成している。
それが、
「タイム何とか」
というものの中でいうところの、
「パラレルワールド」
なのかも知れないと感じるのであった。
この老人は、別に、
「国家の寿命が分かる」
ということを言いたかったわけではない。
特殊能力を、境内と喫茶店で持つことができるのは、それが、お互いに、表裏の関係ということで、本来であれば見ることができないのだが、それを見れるという、
「老人そのもの」
という人と、もう一人が、山本という人間、まさにその人なのだ。
そして、それは、老人が特殊能力を発揮できるための、
「一つの道具でしかない」
ということになるのだろう。
本来なら、
「プライドが許さない」
と思えることなのかも知れないが、果たして、それだけのことなのであろうか?
というのも、もう一人の対ということで、マスターの存在を知ったのだが、それによって、今度は、マスターと自分が、同じ関係にならないとも限らない。
すると、
「もう一つのパラレルワールドが広がってくるのではないか?」
と思い、その時のエネルギーが、
「自分が今まで見た中の夢に含まれているのか?」
それとも、
「これから見る夢の中にあるというのか?」
それが問題ではないかと思うのだった。
そして、そのことを、
「マスターも予感している」
と感じられる。
そして、そこに、
「夢」
というものが介在しているのだと思うと、
「夢というものが、大き家影響をもたらすのではないか?」
と考えるのであった。
それを思えば、今まで、
「夢というのは、たまにしか見ることのできないものだ」
と思っていたが、実際にはそうではなく。
「実際には、夢をいうものは、毎日見ているものであって、ただ覚えていないだけではないか?」
と感じるようになった。
どうして、それをハッキリ意識できなかったのかというと、
「夢を見た時は、必ず、夢を見たという意識があるからだ」
ということであった。
「夢を覚えている時と覚えていない時がある」
というだけの違いだと思っていたが、それが大きな間違いで、
「夢を見たという意識すらない夢だってある」
ということを考えると、
「睡眠のメカニズム」
というものが、どれほどのものかと思えてならかなったのだ。
そして、山本は、
「これから、マスターと自分の間で、夢の共有のようなことが行われるのではないだろうか?」
と考えるのであった。
( 完 )
対となる能力 森本 晃次 @kakku
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