ベルリンのサラマンドラ

諏訪野 滋

Salamander in Berlin ―1945.4.30―

 ベルリンにある国会議事堂の一室は、すでに業火に包まれていた。少年が着ているユーゲントの制服は焦げて熱を持ち、横たわったまま見上げた鉄骨も赤く溶け落ちようとしている。

 不意に、喉を焼く熱い風が清涼な流れに変わった。わずかに首をめぐらすと、すぐそばで自分を見下ろしている女性と目が合う。腰まで長い黒髪に透き通るような白い肌、ペールブルーのワンピース。

 女性は少年を値踏みするように眺めていたが、やがて口を開いた。


「君の炎、とてもまずそう。火薬が燃えるときの青」


 炎の流れは少年と女性の周りだけを避け、球状の静謐せいひつが二人を覆っている。


「あなたは天使?」


 それまで無表情だった女性の顔に、初めて冷たい笑いが浮かんだ。


「ふふ、そんなものを信じているの? そんなだから、だまされてこんなひどい目にあうのよ」

「騙されてる? 僕が? あなたは共産主義のスパイ?」

「私は四大精霊の一人、火のサラマンドラと呼ばれることもある。そして私は炎の中で死ぬことはない、氷のように冷たいから」


 死に際の幻想かもしれない、と思いながら、少年は美しい妖精を見上げた。


「どうしてここに?」

「もちろん炎を食べに来たの。君たち人間のおかげでここ数年食事には困らないけれど、どれも最低の味しかしない。でももし君が生き延びたなら、いつかろうそくのようなおいしい炎に変わるかもしれない。だからその時まで生かしてあげようかと思って」


「僕の炎が変わる? それってどうすれば」

「その無意味な信仰を捨てることだね」

「無意味なんかじゃ」

「見たこともない他人を信じたおかげで、君の仲間たちは部屋の隅で灰になろうとしているよ」


 少年は涙を流した。自分のせいではない、というのは言い訳にならなかった。目と耳をふさいでいた自分への罰だった。


「僕はどこに行けば」

「北は閉じた海、南は飢餓、東はじきに窮屈になる。逃げ場なんてないけれど、西の方がまだましかもね」

「西……」

「それでもいずれ、極東の国に業火が巻き起こる。私でも食べることの出来ない、真っ白な炎が。せいぜい終末が来ないように、二人で祈ろうか」


 絶望にうなだれた少年を肩に担ぐと、女性は炎の壁をくぐってブランデンブルク門へと足を向けた。

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ベルリンのサラマンドラ 諏訪野 滋 @suwano_s

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