第4話 夜空を見ながら



「辛いこと、ですか」

「やめたくなる、こと。結局やめられないのはわかってるんですけどね」

「やめたくなる、はまぁないですかねぇ。だって、やってないと生きていけないですし」


 あっけらかんと答えれば、空峰さんの表情に羨望が浮かんだ。

 あー、もう人と関わるの得意じゃないのに。

 誰かを慰めるのとかも。


「羨ましいですね」

「スランプですか?」

「わかります?」


 ふふっと唇を緩めた姿に、見惚れてしまう。

 髪の毛でよく見えていなかったけど、妖艶な雰囲気で美しい人だ。


「疲れちゃったんですよね、何かをつくり続けることに。自分を削って、削って、形作ってたなぁって」


 だらんっとイスにもたれ掛かって、上を見上げる仕草を私も真似してみた。

 いつもと変わらない、白い天井が目に入る。


 自分を削って、形作る。

 私にはわからないな、と思ってしまった。

 そして、同時に口から勝手に言葉が出ていく。


「私にはわかんないですねぇ」


 命削って創るのが、クリエイターとしては正しいのだろうか。

 ただの夢物語な気がする。

 私は食い扶持を全て、ハンドメイド作品で稼いでるわけではないけど。

 作家の矜持として、そうなってみたい気はしなくもない。


 でも、まぁ、私は雑な人間だから無理だ。

 創るのが楽しいし、次はあれを、これをと浮かぶ限りは創る。

 でもそれは、楽しみであり、自分自身の望まないことはやらない。

 それが仕事になっているから、ありがたいけど。


「わからないんですね」


 じっと見つめる黒い瞳に、笑顔を浮かべて頷く。

 楽しくて楽しくて、ご飯を忘れたり、こうしたいと考えて気づけば夜を明かしたことはある。

 それでも、私は私の命が一番大事だから、クリエイターではないのかもしれない。


「そっかぁ」


 ぐたーっと机に寝転がって、空峰さんは肩を揺らす。

 私また間違えたかもしれない。

 心配になりながら、覗き込めば、くっくっと笑う声が耳に届いた。


 肩をばしんっと叩かれて痛みに、耐える。


「ルナ、力強すぎるんだから手加減してよ!」


 声を荒げても、ルナはニヤニヤと肩で私の肩を突く。

 何が言いたいのか、なんとなくわかって、顔を逸らした。


「そっかぁ。命削って作るだけじゃなくてもいいんだぁ」


 ぽつり、と空峰さんがつぶやいて、瞳の横の涙を拭い取った。

 聞いてもいいのだろうか?


「何に行き詰まってるんですか?」

「命削って、睡眠時間も削って、届けたものがどうなってるか知ってしまったんですよね」

「小説ですか?」


 先ほどの勘を口に出してみれば、空峰さんはこくんと頷く。

 届けたものがどうなってるか……。

 多分あまり良くないことだったのだろう。


「命削る意味なんて、ないな、って思ったら、書けなくなっちゃって」

「楽しくないんですか?」


 私の質問に、一瞬驚いた顔をして首を力強く横に振る。

 そして、空峰さんは「そっかぁ」とまた独り言のように呟いた。


「楽しいです。話が出来上がっていくと、これ見て! って言いたくなるくらい」


 じゃあ、それでいいと思いますよ。

 その言葉は、私の勝手な価値観だから言わないでおいた。


「まぁ、まぁ、そこらへんで、ケーキでも食べましょ」


 出してきたパウンドケーキは、青い。

 これも、私のブルーベリー勝手に使ったな。

 じとと見つめれば、また手をごめんごめんと上下させる。


「で、空峰さん?」

「はい」


 すんなりと返事する空峰さんに、戸惑いもせずにルナは肩を組む。

 時々、距離感バグってるよねルナって。

 まぁ、いい時とあるし、悪い時とあるから、一概にうん、なんとも言えないけど。


「食べてみてー! 私の超おいしい作品」


 パウンドケーキを指さして、ルナはニコニコとする。

 料理はある意味、ルナの作品ではあるなぁ。

 たしかに。

 じゃあ、なんで私に任せた!

 まぁ、良いんだけど、良いんだけど。


 空峰さんがフォークでパウンドケーキを一口切り分けて、口に運ぶ。

 私も横から手づかみで口に持っていけば、ルナが何か言いたげにため息を吐き出した。


「なに?」

「いや、なーんにも?」

「おいしいです、すごく、優しい味がする」

「自分は削ってないですけどね」

「ふふ、そうですね」


 すっかり柔らかくなった雰囲気で、空峰さんは肩に腕を掛けられたまま微笑む。


「なぁんか、過集中気味になって、色々考えすぎてたんですかね」

「ほら、そういう時こそ星空を見てぼんやりするべき!」


 ルナがドンっと胸を張って、断言する。

 ふっと鼻で笑って「だから来たんでしょ」と答えれば、空峰さんもルナも私を見て、嬉しそうに頬を緩めた。


 このゆるい空気感に、癒されてばかりだ。

 重労働もあるし、楽しいことだけじゃない。

 嫌な客に当たることもある。

 それでも、ここは、穏やかでゆるくて、息がしやすい。




 星空を見上げながら、パチパチと響く炭の音に耳を澄ませる。

 鼻の奥には、お肉が焼ける香ばしい香りが漂ってきた。


「キャンプみたいですねぇ」


 空峰さんが焼けたお肉を取りながら、私たちに話しかける。

 お菓子の一件以来、すっかり気を許してくれたようで、表情は明るくなったし、楽しそうだ。


「毎日ですよ、ここに居たら」

「ちょっと羨ましいです」

「アカリみたいに、住み込みで働きます? 大歓迎ですよ」


 ルナの調子のいい言葉に、私は空峰さんに首をぶんぶん横に振ってみせた。


「こき使われますよ、ルナに」

「住み込みで働かせてくれって言いに来たのアカリなのにー?」


 どんっと体当たりされて、踏ん張る。

 私もどんっとし返せば、想定してなかったのかルナがフラフラと倒れ込んだ。


「危ないですよ、火も使ってるんですし」


 私とルナをしっかりと抱き止めて、空峰さんに怒られる。

 私たちより、空峰さんの方がまるで従業員みたいだけど、まぁいい。

 それが、ここ「夜空荘」の持ち味だし。


「気をつけまーす」


 へらへらとするルナに、ぺしっと背中を叩いてじゃれつく。

 空峰さんはお肉を頬張ってから、私たちを見比べる。

 

「アカリさんも、お客さんだったんですか?」

「そうそう、超常連になって、住み込みで働きたーい! なんでもしますからー! って」

「なんでもしますとは言ってないでしょうが」

「あれ、そうだっけ?」


 てへっと笑いながら、私が焼いていたお肉をお皿にかさらっていく。

 ルナのお皿からお肉を奪いとれば、じゅわりと牛肉が口の中でとろけた。


「いいお肉だねぇ、おいしいー!」

「アカリさんは、どうしてここに?」


 空峰さんの質問に、ごくりと飲み込む。

 お昼頃に漬けた出汁トマトを頬張りながら、どう答えるべきか考えてみる。


 家族仲が良くなかった。

 単純にそれだけ。

 家族でも馬が合わないとかあるじゃん。


 浮かぶ言葉はあるのに、どうしようもなく悲しくなってくる。

 お父さんもお母さんも勝手だから、私のことを思ってると言いながら、私の望んでないレールばかり敷いてきた。

 お見合いばかり持ってこられるのも、しんどいんだよ。

 成人したとはいえ両親の態度に傷ついたから、というのは、さすがに子供すぎて恥ずかしい。


「言いたくないなら、あの、大丈夫です」

「家族がなんでもかんでも決めちゃって。どこにも私の考えはないんだなぁと思ったら、全部家族とかも嫌になっちゃったんですよねぇ」

「そうだったんですね」


 ただ、そこに事実があるように空峰さんは頷く。

 可哀想とか、悲しいですね、とか、そういうありがちな言葉ではなく、事実として。

 そんなことが、嬉しくて、つい、頬が緩んだ。


「だから、一人が嫌で、でも、他人が嫌で、一人になりに来たんです」

「私と同じですね」

「同じ、ですか?」

「創ることが好きで、でも、嫌で、逃げて来たんです。まぁ、私が勝手に考えてた、だけなんですけど」


 恥ずかしそうに、頬をぽりぽりと掻いてから星空を見上げる。

 私もつられて見上げれば、ただ、ただ、広がる夜空は静かで、美しかった。

 何度見ても、この夜空は美しいままだ、


「うん、ここはとてもいいところですね。穏やかです、全てが」

「そうなんですよ! ルナ以外、穏やかで落ち着くんですよねぇ」

「でも、ルナさんと居るのが楽しいんでしょう?」


 空峰さんの言葉に、ぐっと喉が詰まった。

 ルナが私の横で、このこのっと肘で突いている。

 調子乗ってるな、完全に。


「ちょっと、肩の力抜けました。ルナさんも、アカリさんも、含めて、ここはとても穏やかでいいところですね」


 空峰さんの言葉に、頷く。

 ルナのことも、私は好きだよ。

 お調子もののくせに、几帳面で、神経質。


「私も好きだよ、アカリのこと。考えすぎるから、全部とりあえずやっちゃおー! って、決断して雑になっちゃうとこもね」


 声に出していないはずなのに、心を読まれた。

 そんなところも、ルナといて、居心地がいい理由なんだけど。

 多めに漬けたトマトをもう一つお皿に取って齧る。


 出汁がトマトの中からじゅわりと弾けていく。


「待って、それ何個目?」

「ふぁ?」


 トマトを齧りながら首を傾げれば、空峰さんも、ルナも慌てて、トマトをお皿に取る。

 だから、多めにトマト収穫して漬けたのに。


「食べ過ぎ!」

「しーらない!」

「私もまだ、食べてなかったんですよ!」

「知らないです〜」


 二人に背中を背けて、トマトを食べ続ける。

 優しい出汁が沁みたトマトは、やっぱりおいしい。


「私、一応、お客様ですよ!」

「お肉ばっかり食べてたじゃないですか」


 もう一つ、トマトをお皿に取れば、二人に揚げ浸しのタッパーを隠された。


「食べ過ぎです!」

「アカリは、もう禁止!」

「えー」


 三人で話してるうちに、きらりと夜空が光る。

 空峰さんも、きっとここの常連になる。

 そんな予感がしていた。


 私みたいに、ルナに、この星空に、穏やかな時間をもらうために。


<了>

 

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ペンション【夜見荘】 百度ここ愛 @100oC_cocoa

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