ペンション【夜見荘】

百度ここ愛

第1話 静かなペンション

今日も私たちのペンションから見る星空は、近いような遠いような美しい景色だった。


「そろそろ焼けますよー!」


 ルナの声に、お客様はハッと顔を上げる。

 お客様は、いつのまにか清々しい表情だ。

 なぜだか、私の方まで嬉しくなってしまう。

 炭火がパチパチと爆ぜて、まるで、拍手の音のように耳に届いた。


***


 久しぶりの予約が入った。

 だからか、ルナは慌ただしく歩き回っている。

 私は気づかないふりをして、リビングのソファに体を沈め込む。

 私がサボってることに気づいたのか、いつのまにか真上からルナが覗き込んでいた。

 つい、驚いて、変な声が出てしまう。


「うわぁ」

「また、サボって」

「だって疲れたんだもーん、サイダーでも飲もうよぉ」


 甘えたように声を出せば、ルナは「はいはいあとでね」と答えながらも、私の手を引く。

 無理矢理に立たされたかと思えば、ルナが使っていた掃除機を握らされた。


「じゃあ、掃除よろしく」

「えー」

「買い出し行ってくれてもいいけど」

「私免許持ってないから、歩きじゃん!」


 行きつけのスーパーは近いとは言え、歩けば二十分くらい掛かってしまう。

 片道で、だ。往復にすれば四十分。

 そんな距離、絶対に歩きたくもない。

 ルナは免許を持っているから、ぴょいっといってすぐだけど。


「だから、免許とりなよっていったじゃん。公共交通機関が発達してる場所じゃないから無いと大変だって言ったでしょ」

「そーだけどー」

「はい、じゃあ掃除よろしく」


 ぱしんっと私の背中を叩いて、ルナは車の鍵をくるくると回して出ていく。

 仕方なく掃除機をかけながら、ふぅとため息を吐いた。

 ジーンズのお尻のポケットから、スマホを取り出してお気に入りの曲を大音量で掛ける。


 歌を口ずさみながら、掃除機を動かす。

 ルナは私とは正反対で、神経質だと思う。

 それを指摘すれば、「アカリが雑なだけ」って言われるけど。

 まぁ、自分の部屋は汚い自覚はある。

 片付けようと思うたびに、懐かしいノートとか、色んなものに心惹かれて進まないからしょうがない。


 早く起きたせいか、眠気が襲ってきた。

 ふわぁっとあくびをすれば、扉のガラス越しに誰かと目が合う。

 ごくんっとあくびを飲み込んで、時計に目をやればまだ十三時。

 お客様にしては、到着予定時刻よりだいぶ早い。


 掃除機を止めて、扉を開ければ爆音が耳に刺さったようで一瞬顔を顰められる。

 慌ててスマホをたぐりよせて、音楽を止めた。

 パッと顔を上げれば、やっぱりお客様らしい。

 もしくは、どこかの宿を探してる迷い人。

 大きなキャリーケースに、困惑した表情から推測すれば、だけど。


「あの、早く着いちゃったんですけど、大丈夫ですか?」


 うん、お客様だった。

 臨機応変に対応できるのが個人経営の良いところだよね。

 うんうんと一人で頷いていれば、「あのー」ともう一度声が耳に入った。


「あ、すみません。大丈夫ですよ。本日ご予約でしたか?」

「はい、ネットから予約した田畑です」


 掠れて消えていきそうな声に、むふっと笑顔を作る。

 このペンションに来た時が、懐かしくなった。

 ルナから見た私も、こんな感じだったのかもしれない。


 どの季節もぽつり、ぽつりとまばらに訪れるお客様は皆何かを抱えて、このペンションに訪れる。

 ペンションに憧れて、星空に夢を抱いてくる若人もいるけど。


「お部屋にご案内します。お荷物お持ちしますよ」

「あ、でも重たいので……」

「こう見えて、私力持ちなんです」


 Tシャツの袖をたくしあげて、むきっと拳を握りしめる。

 まぁ、筋肉が見えるほどには、ついていないんだけど。

 お客様は困ったように「は、はぁ」と言ってるから、すぐにポージングはやめた。

 そして、キャリーケースを持ち上げて二階へと運ぶ。


 階段を登ってすぐ、201と扉に書かれた部屋を指し示す。

 今日、朝から私が布団からカーテンから全て洗濯した一番整えられてる部屋だ。


 扉を開けて、中を見せれば「わぁ」と感嘆のため息が聞こえて、胸を張りたくなった。

 贅沢にダブルサイズのベットには、紺色のシーツと、お揃いの掛け布団。

 枕元には小さなたぬきのぬいぐるみ――これは完全に私の趣味――。

 テーブルは星空を閉じ込めたような透明なもので、下に敷いてあるカーペットは、濃いブルーのグラデーション。


「星空の中みたい」


 小さくお客様――田畑様――がつぶやいた言葉を、聞き逃さなかった。

 ルナだったらグイグイ距離感を詰めるだろうけど、私は違う。


「どうぞごゆっくりおくつろぎください。お風呂は、十九時以降予約制です。ごはんは、十八時からです、先ほどのリビングに降りてきてくださいね」


 部屋の中をしげしげと眺めていた田畑様が、ハッとして私の方を振り返る。

 

「あ、はい」

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