春が来ませんように
雨森灯水
第1話
聞いてほしいの。そして嘲笑ってほしい。
私、この一年、頑張りました。泣きながら机に向かった日がいくつあったかわからないくらい。お風呂場には、まだ私の泣き声が残っているみたいで。上手くいかないんだよね、なんにも。
あ、もっと単刀直入な話から入らないとだよね。
私ね、志望校落ちたんだ。
なんか、それを知った瞬間は大したことなかったんだけどさ、同じ志望校に受かった子の連絡を見たら涙止まらなくなっちゃってさあ。その子……Aさんにでもしておこうか、Aさんはね、ずっと「一緒に志望校受かろうね」って声かけてくれたの。上手くいかなくて泣き出しても、微笑みながら話聞いてくれて、慰めてくれて、他愛もない話をして笑わせてくれたの。夜中でも笑いながら電話してくれた。私はね、ずっとAさんの足を引っ張っているように感じてて、だから受かったって報告が来て安心したの。心の底からああよかった、ほんとによかった、って。それと同時に、Aさんとの約束、守れなかったなって思って。ていうかそれ以前に、私志望校落ちてるんだけどって。出来損ないって言葉がよく似合うなって思った。散々他人の足引っ張って自滅、その相手は夢つかんでて。なにこれ、ほんと滑稽、馬鹿みたいだよね。はは、ほんとに。
ねえ、自己満だけどさ、どれだけ私が頑張ったか話してもいい?
いや多分、そんなに頑張れてなかったんだけどさ。
ほんとにちょうど一年前くらいから受験勉強始めて、塾入って毎日通ってた。自己満の勉強してて、模試の結果は散々。でも先生は「ここから伸びるから合格の可能性は全然ある」って言ってくれて、だから私はそっか、頑張れば受かるんだって納得して、とりあえず塾で勧められた勉強をひたすらにやった。夏休みの模試では成績爆上がりして、さすがにテンション上がったよね。このままなら本当に受かるぞって、自分の中で自信になってた。
その流れの中で、推薦入試に手を出すことにした。もちろん、一般入試なら余裕だから、じゃなくて、逆に推薦入試のほうが合格可能性が高いんじゃないかと考えたから。それと、私が苦手な自己分析とか面接とか、その克服をしたかった。成績的にも問題なかったし、親も先生も了承してくれた。そこからは、大学で研究したいことをちゃんと探して調べて、時には電車に揺られて実際に見に行った。面接では話し合いをする時間があって、私はそれがどうも苦手だった。初めての練習では、本当に一言も発せなかった。怖かったし、心臓がバクバクして、顔が熱くなって、どんどんパニックになっていって、話し合いの内容がするすると抜けていって、何も話せなくて、ただうなずくことしかできなかった。終わった後、恥ずかしいことに学校で大泣きした。悔しかった。上手くできない自分にむかついた。死ねばいいって思った。いや、なんでもっと早く死ななかったんだろうって思った。このままじゃ落ちるっていう焦りと、不安と、もう練習するの嫌だなっていう恐怖と。自分でもよくわかんなかったんだけどさ、とにかく涙が止まらないんだよ。そうしたら、Aさんが来てくれて、大丈夫?って。泣いてる私の隣で楽しそうに話をしてた。自慢話だってしてた。私は微笑ましくて泣きながら笑ってた。あの人は私を馬鹿にしないでくれた。私のことを認めてくれているみたいな優しさだったな。
先生は私に言ったの、「あなたの志望理由は個性がない。個性のない志望理由は相手への冒涜になり得る」って。ねえ、私ってそんなに無個性なの?馬鹿になんてしてない。私の本音だ、本当にそう思ってるからそう書いたの。なのになんで、そんなふうに言われなきゃいけないの。あなたが私を馬鹿にしてるんじゃないの。Aさんは私の志望理由を聞いても何も言わなかった。ちゃんと言えてるねって笑っただけだった。ああ、ばか。もう私泣きたくないのにって涙流してれば、「あなたの嬉し涙が見たいな」なんて。でも不思議なことにさ、その言葉に応えたいって自然に思ったんだよね。志望校に受かってやって、あなたに嬉し涙を見せてやるって。そしてあなたも合格してねって。Aさんが落ちる心配なんてしてなかったけどね。
推薦入試の前日には、不安で泣き出してた。直前にもなると、「一般入試の対策はするな」と言われてしまって、そっちの不安も募っていくし、受かるか落ちるかわからない、私って成長してるの?っていつになってもわからない。模試の結果は悪化してた。怖くてたまらなかった。先生は何も言ってくれない。でも前日はなんだか妙に優しかった。「問題ない」「大丈夫」って。挙句の果てには「受かってほしい、きっと大丈夫だから力抜いて」なんて。塾に行けば友達がお菓子やら応援の言葉やらをくれた。私は背筋が凍る思いだった。「私は彼らの期待に応えなきゃいけない」って、今更本気で感じた。でも、あのつらい練習から解放される喜びも感じていた。ここで受かってしまえば、もう全部終わるって、自分でも期待してた。だから当日は緊張がすごくて、面接なんて、他の受験生が志望理由を言っている間に震えが止まらなくて、音立てちゃって、面接官にすごい睨まれた。その瞬間に、ああ落ちるなって思った。そのあとは頭真っ白にしながら自分の志望理由言って、話し合いをして、終わっちゃった。帰り道、ずっと涙目だった。早く終わって、一人でいるのが怖くて、学校に行って授業まで受けた。放課後はぼうっとしながら、一般入試の対策を再開してた。諦めたかった、正直。こんな散々な結果になって、恥ずかしかった。でも周りのみんなは私を褒めたたえてくれた。よく頑張った、偉いね、すごいね、ってさ。でもさ、私思っちゃったの。馬鹿め。って。私の努力はそんなものじゃ、言葉で語りきれないほどには。そう言いたかったけど、怖かった。そう言い切れるだけの努力をした気がしない。本当に受かろうとしてたのかな?その問いに答えられたのは合格発表の日。まあ、落ちてるの確認するだけだし~って、気軽に見て、落ちてましたと。別に悔しくない。まだ次がある。まだ、まだ。でも涙は止まらないよね。理由は何でしょうか、答えは簡単でさ。私は本当に志望校に受かりたかったんだ。私は本気で挑んでいたんだ。そう感じるだけの努力をしていたんだ。きっとそれは認められてもいいはずだよね。
共通テストが近づいてくると、何もかもうまくいかなくなってた。このタイミングで最低点を更新してさ。さすがに泣いた。怖かった。勉強すればするほど駄目になっていくような。ペンを握るのも怖くて、昼くらいまで布団から出られなかった。終わらない自己嫌悪と不安、それと恐怖。何もできなかった。きっとそれはみんなも一緒だと思う、けどね、私は失敗が本当に怖いの。もうあんな思いしたくないの。一発で全てが決まるのが嫌だ。私の、今までの努力を、もっと評価してよ。ねえ、誰か。って思ってればさ、「いっつも勉強頑張ってて尊敬する、ほんとに一緒に受かろうね」だって。そんな優しい声なんて、聞きたくなかった。泣きたくはないの。
結局、結果はそこそこといったところだったよ。志望校のボーダーには少し届かず。リサーチはD判定だった。でも二次で巻き返しができるって言い聞かせて、すぐ切り替えた。Aさんは覚醒したみたいで、リサーチでA判定出てた。なんだか勝手に、置いて行かれたような気分になった。Aさんとは去年くらいからずっといい勝負してて、勝率は本当に五分五分みたいな感じだった。だから、ここまでずっと、隣を走っているように感じていた。けど本当はそうじゃなくて、Aさんは私のずっと先を走っていた。私が知らない間に、私より速く。それがとにかく悲しくて、怖くて、泣き出した。思わずその不安をぽつりとAさんに零してしまったとき、「あなたの隣を歩いてるよ」って。そんなわけない。あなたは志望校よりも偏差値の高い大学に平気で合格している。しかもそこを蹴っている。私は滑り止めにしていたところも一つ落ちて、少しだけ志望してたところになぜか合格したくらいで、Aさんと一緒に受験した大学は私だけ落ちていた。ねえ、私はもう、あなたの優しい嘘にも卑屈になるしかないんだよ。放っておいていいよ。でもそれを言う勇気はなかった。そして何となく確信した。私だけ志望校には落ちるんだろう。根拠はない、でも勘が言う。私にとって不利益になる勘は、当たることの方が多い。少し、本当に諦めてやろうと思った。でも諦めることはできなかった。Aさんが私にかけてくれた呪いだ。それだけじゃない、自分でも呪いをかけてた。私はこの1年、割と本気でそこを志望していたせいで、本当に本当に本当にそこに行きたくなってしまったの。可能性は限りなく低い、けど、0じゃない、可能性は、まだ、きっと、きっと、ある。泣きながらそう言い聞かせて、いよいよ塾に行くのも怖くなってきてた。だから夕方から行って、夜は少し早めに帰っていた。あそこにいると頭が痛くなってくる。もう嫌になっちゃうよ。どこにいても救いがないんだもの。
気づけば当日だった。その日もAさんからは「一緒に合格だよ!」ってメッセージ届いてて、ふふって笑っちゃった。受かるのはあなただけだよ、って思った自分も気持ち悪い。変な重圧に、朝から涙目。はあ、なんか泣いてばっかりだな。呆れながら受験会場行ったら、嫌な思い出しかない場所だった。推薦入試で面接をした部屋だ、忘れてない。このパンパンに白い部屋。黒いクッションの椅子。急に焦りが出てきた。震えながら問題を解いていく。少しずつ、終わりを実感していく。3教科のうち2教科が終わると、後ろから泣き声が聞こえてきたの。その時思ったんだよ、「危ない、食われるところだった」って。でも多分、本当はすでに食われてたんだと思う。最後の教科は酷すぎて、解答用紙の回収中に泣きそうだった。全て終わった安堵と、全然できなかった絶望と、受かってるかなという不安と。帰り道もいまいち体に力が入らなくて、親にお菓子を買って帰って、結局朝方まで眠れなかった。けど、終わったんだ、って思ったら気持ちが楽で、私この一年、駆け抜けたんだなあって。
その後、Aさんからしばらく連絡が来なくて心配していたんだけど、少ししたら連絡が来て、どうしてたかって、3日くらい何も食べずに泣き続けていたんだって。自己採点をしてみたら、落ちたことを確信したって。私はその言葉を信用しなかった。Aさんが落ちるという姿を想像できないんだもの。Aさんは落ちたと言って譲らないけど、私にはどうも希望の光が見えているように思えてならなかったよ。「落ちてたら死んでやる」なんて笑ってた。
結果はまあ、ご存知の通り私だけ不合格。Aさんの合格という嬉しい報告と、私の不合格という絶望が混ざって、気持ち悪くて、泣くしかなかった。その日はAさんと電話していて、そろそろ電話を切ろうかとなったとき、無性に寂しくなってさ。一人にされたら、死んでしまいたくなりそうだったの。だからAさんの「寝れないの?」って問いには「このままだと首吊りそうだから」って笑って返した。あの時のAさんのように。そうするとさ、「そんなこと言っちゃ駄目だよ」って真剣な声が聞こえてくるわけ。うん、まあ、普通そうなるよなって思ってたけど、でもふと思ったのは、Aさんは本当に志望校に合格したんだなあっていう、じわじわとくる実感。もっと死にたくなった。謝りたかった。約束守れなくてごめんなさい。迷惑かけてばっかりでごめんなさい。その言葉を出したくてたまらなかった。けどそれも叶わなかった。もうあの人にそんなこと言っても、何も通じない。「受かった人」と「落ちた人」にはどうしようもない溝があるんだよね。何を言ってももう駄目だろうな、と思う。あの人には、私のこの気持ちなんてわかるはずない。あの人はまともに不合格の通知をもらっていないのね。多くは合格通知。「行きたい大学に拒否される」なんて、そんなつらい気持ち、あなたはわからない。そう言って責めてやりたいくらいには、私は狂ってた。でも、Aさんが合格してよかったと心の底から思っている私もいて、何をしたらいいかわからなかった。ただ何もせず、時折その気持ちが湧き出て涙が出るくらい。塾からの電話は全部スルーした。「そっちの大学もいい所だから」って。うるさい、私が行きたかったのは「第一志望校」だ。大して望んでいない大学がいい場所だろうと関係ない。私はそこに行きたかったのだ。
──ねえ、もっと嘲笑ってよ。こんな滑稽な話、ないでしょ?慰められるより、笑ってくれた方がいいんだよ。慰めるって、傷を抉る行為と変わらないから。「残念だったね」も「頑張ったのにね」も「ここがゴールじゃないから」もいらないの。私の第一志望校を諦めさせないで。きっといつか、自分でちゃんと諦めるから。だから今はちゃんと笑って。絶対、乗り越えてやるから。
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