第13話 最後まで

ベッドに並んで腰掛けてると、すみかが何か言いたげな視線をこっちに向けてきた。

私はちょっと首を傾げるようにして、それを促す。


「今まで、ごめん」


急に、すみかが頭を下げたので私は焦った。


「え、え、なに? 何もされてないよ、私」

「これまでずっと、馬鹿にするみたいな、からかってるみたいな感じでしか七海と話せなくて」

「え?」


だってそれは、すみかのキャラ、みたいなものじゃん? 小悪魔みたいな感じ。

全然謝らなくてもいいし、なんなら……Sっぽいすみかと話すのも悪くないし?

すみかは顔を赤らめた。


「は、恥ずかしかったの……」

「何が……?」

「七海と話すのが! ……そうやって自分を取り繕わないと、平気で話せなくて」

「人見知りだった、とか?」

「違くて……」


すみかの視線がせわしなく動く。

かわいい…… なんか、もうずっと見ていたい。


かなり長い間すみかは迷ってたみたいだけど、とうとう決心したのか、膝の上に小さな握り拳を作って、まっすぐわたしの目を見つめて話し出した。








・・・・・




私がはじめて七海のことを知ったのがいつだったか、もう思い出せない。けれど、その時のことは鮮明に憶えている。もっとも、実際に顔を合わせた訳ではない。



その日、私は押し入れから古いアルバムを引っ張り出して何の気なしに眺めていた。

流石にそろそろ飽きてきたなと思い始めた頃、アルバムに1枚、見覚えのない女の子の写真が貼られているのを見つけた。


「お母さん、この写真に写ってるの、だれ?」

「どの写真ー?」


近寄ってきたお母さんは、私が持っている写真を覗き込むと、


「ああ、七海ちゃんじゃない」

「ななみ、ちゃん?」

「そうそう。すみかの従姉妹よ」

「いとこ……」

「本当はお正月とかに集まりたいんだけどねぇ、私もお父さんもなかなか休み取れなくて」


お母さんはすぐ、お皿洗いに戻った。

けれど、不思議とその女の子の写真は、私の心のどこかに引っかかったままだった。


私は引き寄せられるように、毎晩お父さんとお母さんが寝室に入ったあと、非常用の懐中電灯を片手に持ってアルバムを開きその写真を眺めた。写真の中の七海と見つめあっていると、何故だか恥ずかしくて目を逸らしたくなった。それは私が初めて感じた種類の感情だった。


ある時から私は、その一枚の写真をポケットに入れて肌身離さず持ち歩くようになった。

ご飯を食べる時も、学校にいる時も、とにかくいつも。

寝る時もパジャマのポケットに入れて寝てた。


だんだんお父さんの帰りが遅くなってきて、私の前でも平気で激しい夫婦喧嘩が展開されるようになっても、私は寂しさとか悲しさとかを感じることはなかった。ポケットの上から写真に触れてるだけで、わたしは大丈夫になれた。


実際に七海と初めて会ったのは、どこかの誰かのお葬式の時だった。お通夜だったかもしれない。どちらにしろ私は七海が来ていることを知らなくて、退屈だなぁと思いながら硬いパイプ椅子に座っていた。

すみかちゃん、だよね? そう話しかけられて、声のする方を向いた時、言葉通り息が止まった。写真の中でしか見たことのなかった子が、目の前にいる。私に、話しかけてる。現実と乖離したような感覚に陥って、声も出せなくて。

話したいことは山のようにあった。どれだけあなたに救われたか、伝えたかった。けれど、まだ小さかった私は、実際に七海と会えたことがあまりにも衝撃的で、それをうまく受け止めることができなかった。

逃げるように部屋の隅の方に走っていって、そこでずっと、解散になるまで私はじっとしてた。

帰り際、七海はばいばいって言いながら私に手を振ってくれた。心の中では幸せ全開の笑顔で元気よく手を振ったけれど、現実の私の手は、ほんのわずかにぴくりと動いただけだった。



写真の中の七海と見つめあっている時の感情が何なのか、年齢が大きくなるにつれなんとなく分かるようになった。

最初はもちろん違うと思って自分を否定した。目が錯覚するように、わたしの心が錯覚を起こしてるんだって思い込もうとした。けれど、それでは説明できないくらい、七海に対する気持ちは日に日に膨らんでいった。


だから、疲れ切った顔のお母さんから、七海の家で少し過ごしてみない?と提案された時には息が止まるかと思った。よろこびが溢れそうになるギリギリのところで堪えて、声に出さず頷いた。

私は今世界一運がいいとも思った。それに、幸せだとも思った。




家を出る前の日の晩、お母さんが私を呼んだ。携帯電話を持っている。七海のお母さんが私に電話をかけてきたらしい。

おずおずと電話に出ると、大変だったねぇとか、これからは安心していいよとか、そういうことをひとしきり言ってくれた後、

会うの、ほぼ初めてでしょ? 堅苦しく自己紹介から入るのもなんだし、サプライズをするのはどう? と提案してくれた。

隙を見計らってこっそり七海の部屋に入っておいて、そこで顔合わせすればいいよと。

七海は適応早いからすぐ仲良くなれるよ。七海のお母さんはそう言った。

じゃあ、別にそんなことしなくても……

私が言うと、


「いやぁ、その方がなんか面白そうじゃない?」


七海のお母さんは朗らかにそう言い放った。





そして、その日がやってきた。

お世辞にも片付いてるとは言えない七海の部屋に、七海とふたりきり。


「これがその、大歓迎する部屋?」


緊張しすぎて、いじわるなことを言ってしまった。

けれど話してくうちに、私は気づいた。この感じならなんか、話せそう。

こういうのあんまりよくないって分かっていたけれど、そうでもしないと普通に話すことはできなかった。



あの雨の日、七海に私の秘密をひとつ打ち明けてからは、少しずつだけど本来の私で話せるようになってきている。


でも。


……えっちなことをする、時には、その……

どうしても恥ずかしくなってしまって。


それで、ああいう接し方に、なってしまう。




・・・・・







 


「だから、ね……」


すみかはもごもご語尾を濁して言い淀んだ。

それを見て、私はすみかの言いたいことを察した。


「だから、昨日試着室でキスしたときは積極的に攻めてきたってこと?」

「……うん……」


すみかは両手で顔を覆った。けど、隙間から見える朱は何より説得力があった。それに、かわいい。いやもう本当にかわいい。国宝級だ。


「そうしないと恥ずかし過ぎてどうにかなっちゃうの?」

「ん……」


ますます俯くすみか。耳まで真っ赤になってる。


「じゃあさ、せっかくだし、その、ね?」

「……」


すみかは顔を伏せたまま何も言わない。

あの。何か言ってもらわないと私すっごく恥ずかしいな!


もう一段階、勇気を出して踏み込んでみる。


「私、すみかと最後までしたいな」


もう逃げられないと悟ったのか、すみかが顔を上げる。さっきまでとは打って変わって、何ともないよ平常心だよ、みたいな表情だった。

へぇー、そうなるんだ。なんか面白いな、人間の体って。


そんなふうに冷静な分析じみたことをしてた私だけど、その余裕は一瞬にして崩れ去った。


「七海、そんなにしたかったの?」

「あ……」


すみかが攻めモードになったのがはっきりと分かった。でも、これって恥ずかしくてやってるんだよね……? 頭が変になりそう。


「実はずっと私としたくてたまらなかったんでしょ?」


すみかの人差し指が、つつーっと私の顎を撫でる。背中のあたりがぞわりとした。


「七海、かわいいね」

「っっ!!」




あ、電気、ついたままだ。

どうでもいいようなことかもだけど、わたしは無性に気になった。

自分を落ち着けるためにも、私は平然を装ってすみかに聞いてみる。


「電気って、つけといたほうがいい? それとも消しておいたほうがいい?」

「……どっちでも。七海の気持ちが高まる方でいいよ」

「じゃ、つけとく」

「……普通消すんだけど。こういうとき」


にやりとすみかが笑みを浮かべる。どうしようもなく、身体が火照った。





夢のような夜。

それは多分、まだ始まったばかり。

1秒もすみかを見逃したくなくて、瞬きするのすら惜しくなる。


すみかが羽織っていた薄手のカーディガンを脱ぐ。

それだけで空気が変わった。

今から起こるであろうことを暗に示すように。


すみかは腕を広げて、どうしたらそんな笑い方ができるのってくらいの大人っぽさを纏って笑った。


「七海が私にしたいこと、してみてよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中、従姉妹とベッドの上で。 針野まい @ngturs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ