第32話「夜の刃、仮面の影」

ヴェルサイユ宮殿・深夜。

薔薇の庭園には、月の光が差し込み、静寂に包まれていた。


だが、その静けさは、嵐の前触れだった。


王妃・マリーの寝室に通じる廊下を、黒衣の影が数体、無音で駆けていた。

顔を覆い、声を発せず、ただひたすらに、標的の命を刈り取るためだけに。


王妃暗殺計画、実行。


「……来たか」


三銃士の一人、シャレットは、あらかじめ侵入口に目星をつけていた。

物陰から現れた刺客の刃を、一閃で受け止め、跳ね返す。


「お前たちのような連中が、王妃に触れられると思うなよ」


同時刻、別の経路でも同様に襲撃が始まっていた。


ピシグリューは、使用人用階段で敵の一団と接触。

重い斧のような武器を振るう相手に、体重を預けた拳打と組み技で応戦する。


「雑魚ばかりだな……もっと派手な歓迎が欲しいぜ!」


彼の背後から、新たな影が跳びかかる――が、

その刃は空を切り、瞬時に背負い投げで地に沈んだ。


一方……


ド・モードは王妃の部屋の前、扉を背にして静かに立っていた。

その眼前に立ちはだかったのは、仮面をつけた男。

腕前は確かで、剣の所作に隙がない。


「誰の命令で動いている?」


「……口を開く必要はない」


互いに名乗りもせず、剣が交差する。

鋼と鋼のぶつかる音が、廊下に響いた。


数合の後、ド・モードは一歩踏み込み、相手の懐へ滑り込んだ。


「……心を偽っても、剣は嘘をつけん!」


膝蹴り一閃。仮面の男は後退し、苦悶の声を漏らす。


しかし次の瞬間……


「マリー様を守ってください!」


侍女の悲鳴と共に、別方向から煙が放たれた。

混乱に乗じ、第三の刺客が寝室の窓を破り侵入する。


そのとき、書斎の奥から現れたのは、黒衣の男たちを薙ぎ倒す、もう一人の剣士。


「……お戯れが過ぎるな」


サンジェルマン伯爵である。


仮面の刺客たちは、彼の剣に一太刀浴びることなく退けられてゆく。

その動きは、まるで“風”だった。


「マリー、ここを離れましょう。奴らはあなたを“戦争の象徴”として殺そうとしている」


マリーは、静かに頷いた。


「逃げるのではなく、備えるのです。私は……王妃として立つ」


その言葉に、三銃士が一斉に膝をついた。


「我らの剣は、常に王妃の盾にございます」


「よろしい。ならば……戦いましょう。“真実”の名のもとに」



襲撃は鎮圧されたが、もはや後戻りはできない。

王妃の命を狙う陰謀は、確かに“実行”に移された。


そして……サンジェルマン伯爵が静かに告げる。


「これは“開戦”だ。舞台は整った。次は……“裁きの幕”だ」


燃え残る刺客の仮面。

そこには、侯爵家の家紋が、赤く染まっていた。

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