(青天の霹靂)2
二.
瀬木は僕に取材をした。
僕は、瀬木と距離を置いて長椅子の端に座って質問を受けた。
「ところで、青沢先生はどこに?」
「高齢の信者さんの中には、病気などで教会まで来られない人がいます。先生は、そういう信者さんの家に直接行ってお話をしています。今もそうだと思います」
「新聞に記事が出て問題が広がっているこの時に、信者の家に行っている? そんなはずがない。行った先で、説教をしている暇があったら、事態を収拾しろって言われるだけだ。ちなみに、信者の家に話をしに行くのは、寄付の取りっぱぐれの無いように、こっちから回収に行ってるってことだね」
瀬木はそう言うとメモ帳にそれらのことを書いた。
僕は、自分の不用意な発言を反省した。瀬木は頭の切れる記者だった。だから、それからは、何を聞かれても、「それは、先生しか知りません」とか「僕は、まだ入会したばかりで分かりません」とか、そんな風にしか答えないようにした。
すると瀬木が言った。
「質問しても、分かりませんばかりでは取材にならない。杉原君。今から、こちらが知っていることを話す。だから、それについて答えるようにして欲しい。君の知らない情報もあるはずだ。それを君に教えるという意味もある。ギブ・アンド・テイクだよ」
そして、瀬木は、彼の知る情報を話した。
「青沢礼命こと、本名青沢紀秋氏は、G大学医学部卒業後、同大学付属病院に精神科医として勤務していた。だが、ちょうど十年前に突然病院を辞めて、その後、礼命会の設立に至った。そこで、青沢氏が、精神科医を突然辞めて、宗教家に転身したことについて、何か君が知っていることがあれば教えて欲しい」
僕は、瀬木の話を聞いて驚いた。
先生は、G大学出身のエリート精神科医だったのだ。それが、何故、宗教団体の教祖になっているのか? ギブ・アンド・テイクどころか、僕は、初めて知る事実に、ただ驚くばかりだった。
その様子を見て、瀬木は言った。
「医者だったことも知らなかったようだね」
僕は黙っていた。
すると、瀬木は言った。
「君は今日の朝刊の記事を見たかい?」
「いえ。ここには新聞がないので読んでいません」
「今日の朝刊の礼命会の記事は、FT新聞しか載せていない。だからといって、FT新聞のスクープ記事というわけでもない。他の新聞社もこの問題を知っている。他社が記事にしない理由は、ひと言で言えば、事件性が低いからだ。だが、FT新聞社は、すぐに記事にした。何故なら、これまで、礼命会の慈善活動の記事のほとんどを我が社が掲載してきたからだ。今回のような問題についてだけ記事にしないと、礼命会と何か特別な関係があるのではないかと誤解される。そのことを懸念して載せた。それに、事件性が低いからといって、悪質性が低いとはいえないからだ」
瀬木はそう説明した後、カバンから新聞を取り出し僕に渡した。
僕は瀬木に言われた通り、記事を見た。社会面ではなく地方欄の小さな記事だったが、「最近、礼命会信者が、高齢者をターゲットにして、原価の安いペンダントを高値で売り歩いている疑いがある」と書かれていた。
僕が深刻な表情で記事を読んでいると、
「僕が書いたんだけど、君の表情を見ていると、かなり、正確に書けているようだな」
と瀬木が言った。
「さあ、僕には分かりません」
僕は平静を装った。
すると瀬木は、
「ペンダントを売り歩くには、相当な忍耐力が要る。そのためには、明確な目標、あるいは、信念がなければならない。しかし、そんなものが、あるとは思えない。だから、青沢先生が、精神科医としての知識を応用して、信者にペンダントを売るようにマインドコントロールをかけているんじゃないか?」
と言った。
僕はその言葉にムッとして、
「先生は、精神医学をそんな風に使う人ではありません。だいいち、ペンダント売りは、本部ではなく、支部の問題です。もちろん、先生にも責任はありますが、直接の責任はありません」
と思わず言ってしまった。
瀬木は、にやりと笑った。
「直接の責任は水越賀矢にあるということだね。しかし、彼女は、パンクファッション専門店『ダムドール』の店主だった人だ。彼女に、マインドコントロールをかけることができるのか? 君は、知っているんじゃないのか? 正直に言ってくれ」
「僕は入会したばかりなので、分かりません。何も知りません」
瀬木は、ふっと笑った。
「君は分からないことだらけだね。僕はとりあえず、社に戻る。でも、何かあったら、名刺にある連絡先に連絡して欲しい」
そう言って、取材から僕を解放した。
帰り際、彼は僕にこう言った。
「身辺を嗅ぎまわられて君も気に入らないと思う。ただ、現実に、原価が数百円もしないペンダントを一個三千円で買わされているお年寄りがいる。中には、十個まとめて買ったお年寄りもいるらしい。信者仲間の実家のアクセサリー工場が焼けたとかいう嘘の話に騙されてだ。礼命会は福祉施設を中心に寄付を行うことで有名になった宗教団体だ。その原資が、お年寄りを騙して得た金だったとしたら、僕は許せない。事件性が低いからといって、悪質性が低いとはいえない。それは、このことだ。礼命会の慈善は偽善であり、本性は詐欺集団だったのかと憤りを感じる。君は、直接関係していないみたいだけど、同じ教団の人間として、責任を感じて欲しい。そして、被害に遭ったお年寄りのために、気づいたことがあったら連絡してくれ」
瀬木は教会を去った。
僕は、最後に瀬木に言われたことが胸に重く響いた。確かに、僕は、直接は関わっていない。でも、青年部が詐欺活動を行っている限り、礼命会全体が、詐欺集団であるという誹りは免れない。僕は、最初、捨てようと思っていた瀬木の名刺をダウンジャケットのポケットに入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。