(苦行)4
四.
次の日になっても、僕は石本と森野香々美のことを考えていた。同じ経験をした人間として思った。頬がこけて眼窩のくぼんだ二人をこのままにしておいてはいけない。いずれ精神のバランスを崩す。そして、二人に現れている兆候は、若者信者全員に現れているはずだ。僕はダムドール支部に行こうと思った。教会を出てバスに乗った。
昨日の夜のことだった。牧多からメールが届いた。集会の案内だった。今日の三時から始まるとメールにあった。僕は商店街に向かった。時刻は二時過ぎだった。集会には十分に間に合う。バスの後ろの席に座って、僕は大学のことを考えた。大学はまだ冬休みだ。でも、もうすぐ授業が始まる。若者信者はちゃんと大学に行くだろうか? 僕自身が、ずっと大学に行っていないにもかかわらず、僕は彼らのことが気になった。何故だろう? おそらく深刻さが違うからだ。僕は色々、自分の中では理由があっても、要するに、行きたくないから行っていないだけだ。でも、彼らの場合、ペンダントを売るために、このまま大学に行かなくなる可能性が大きい。彼らは純粋で真面目だ。何を犠牲にしてでもペンダントを売らなければならないと思い込んでいる。
バスを降りた後、僕は、商店街に少し入った場所からダムドール支部を見ていた。支部の入り口を見ていると、人が出たり入ったりしていた。皆、青年部の信者だった。閑散とした商店街の一カ所だけ、人の出入りが頻繁にあると目立つ。目立つだけならいいが、不審者が頻繫に出入りしているように見えた。理由は、信者同士が会話をしていないからだった。離れた場所から見ていても、全員が無言で動いているのが分かる。不気味に見えた。
まだ、パンクファッション専門店の『ダムドール』だった時、僕は、牧多の車に乗せられて初めてここを訪れた。わずか半年前のことだ。今、若い信者が頻繁に出入りしているダムドール支部を見て、変化の大きさに驚いた。商店街の人たちはどう思っているのだろう? 当初、商店街の店主たちは、礼命会だから安心だと言っていた。でも、今の怪しげな雰囲気のダムドール支部が、商店街の人々に受け入れられているとは、僕には到底思えなかった。
三時になった。僕は、ダムドール支部に向かった。支部に入ると、以前は整然と並べられていたパイプ椅子がなくなっていた。演台もなかった。握り手様の絵は隅に追いやられていた。信者は車座になってコンクリートの床に直接座っていた。その中心に水越賀矢が立っていた。牧多は部屋の隅に立っていた。工事現場で着るような分厚い黒色の防寒着を着ていた。珍しく坊主頭が伸びていた。それだけ忙しいのだろうと思った。僕を見るとパイプ椅子を一つ持って来た。
「ありがとう。みんな、冷えるんじゃないか?」
僕は牧多に礼を言ってから、直接床に座っている信者のことを尋ねた。
「大丈夫だよ。お前が来なくなってから、このスタイルでやってる」
牧多は関心のない様子で言った。
「誰の提案?」
「誰だったかな? G大学の男子信者かな。もっと賀矢先生と語り合うために椅子を取っ払おうってさ。頭のいい奴は、いいアイデアを出す」
牧多はその話は笑顔でした。そして、すぐに元の場所に戻った。あの場所は、彼にとってボディーガードとしてのポジションなのだ。
新年の集会以来、牧多に会っていなかったが、彼は特に変わっていなかった。僕は安心した。牧多は水越賀矢に深く傾倒している割には、彼自身の人格にはその影響が認められない。やはり、水越賀矢が言うように、彼がタフだからだろうか?
若者信者に囲まれて立つ水越賀矢は、革ジャンを着てサングラスをかけていた。革ジャンには、鋲がびっしりと打ち込まれていた。銀色の鎧を着ているようだった。サングラスはレンズが真っ黒なため、薄暗いこの部屋で前が見えるのだろうかと思った。
「礼命会ダムドール支部信者の皆さん。ペンダントの売り上げは、未だにゼロです。あなた達は、本当に一生懸命にペンダントを売っていますか? 神様は、一日も早く売り上げを児童養護施設にいる子ども達に寄付してあげたいと切望しています。お父さん、お母さんのいない子どももいれば、複雑な事情があって、お父さん、お母さんとは一緒に暮らせず、施設で生活している子どももいます。あなた達と違って我慢することばかり。学校では施設の子どもだということで、いじめられている子どももいるでしょう。何故、僕は? 何故、私は? 他のクラスメイトと同じようにお父さん、お母さんと一緒に暮らすことができないの? 毎日、そんな悲しみを抱えながら施設で暮らす子ども達のために、贅沢に生まれ育ったあなた達ができること。それは、ペンダントを売って、その売り上げを、少しでも彼らの生活の助けになるように寄付することです。それが、金持ちの子女に生まれ、貧しい人々の幸せを吸い上げて、ぬくぬく育ってきたあなた達若者信者がなすべき贖罪なのです」
水越賀矢の言葉に、皆、沈黙した。
だが、一人の男子信者が声を上げた。
「神訓を信じて一生懸命に売っているんです。怠けたりしていません。でも、ペンダントは売れないんです!」
石本信弥だった。
彼は、水越賀矢の真正面に座っていた。隣には森野香々美が座っていた。
背の高い水越賀矢は、床に直接座っている目の前の二人を見降ろしながら、
「牧多氏子。私に例の資料を」
と言った。
牧多は事務机の上から数枚の紙を手に取ると、水越賀矢のところに静かに歩み寄り、彼女に渡した。そして、元の位置に素早く戻った。
「石本氏子は森野氏子と二人でペンダントを売り歩いています。それは、女性である森野氏子を様々な危険から守るためです。そして、他の氏子も、同様の理由で、男女一組になってペンダントを売り歩いています。これは、氏子の自主的な判断として尊重されるべきだと私は考えます。大変けっこうなことだと思います」
水越賀矢は、牧多からもらった資料を見ながら、突然、そう言い出した。真っ黒なサングラスのため、彼女の表情は読み取れなかった。
石本も、水越賀矢の意図が分からず、恐る恐る尋ねた。
「賀矢先生。突然、そのお話をされるのは、何故でしょうか? 僕はどうしてもペンダントが売れないことを訴えているのですが?」
すると、水越賀矢は、石本の問いには答えず、「これだ!」と資料の一点を指差した。
そして、資料を読み始めた。
「一月四日。午後六時十分。場所は、冬休み期間中のV大学の時計台前のベンチ。石本信弥氏子と森野香々美氏子は、熱い接吻を交わした。暗闇のため、人目につかないこともあってか、寒い中にもかかわらず、約十分間、そのままの状態であった」
森野香々美が悲鳴を上げた。
他の信者は驚きの声を上げた。中には笑っている声もあった。
「賀矢先生。それは何ですか? 僕たちの行動を監視してるんですか?」
石本は猛烈に抗議した。
水越賀矢は笑った。目元はサングラスで見えないが、口元が笑っていた。
「正月早々、お熱いこと。恋愛は大いにすべきです。人を好きになることは素晴らしいこと。だから、非難しているわけじゃない。ただね、神様は信じていることを忘れないで。よもや、あなた達のようなエリート信者が、恋にうつつを抜かして、ペンダント売りを疎かにするはずがないって。神様はそう信じている。どう? 石本氏子、森野氏子?」
彼女の問いに、森野香々美は泣き出してしまった。
石本は、
「すみません。気が緩んでいました。頑張ります」
と暗い声で呟いた。
水越賀矢は、ニヤリとした口元を見せ頷いた。
僕は牧多を見た。
今、無表情で支部の隅に立つ彼が、石本と森野香々美の行動を監視していたのだ。そして、先ほどの件を水越賀矢に報告した。牧多は、水越賀矢の秘書兼ボディーガードに加えて、諜報係なのだ。一見、以前と変わらず僕に接する牧多は、実は、彼女のためには何でもする。そういうところまで傾倒しているのかもしれない。だとすると、以前と変わらない彼の態度は、意図的に演じられている可能性がある。僕は、今の瞬間まで、牧多に心を許して何でも話してきた自分を思い出し、ぞっとした。もしかしたら、それらの話も、全て水越賀矢に報告されているかもしれないと思ったからだ。
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