天野さんちと春の妖精
矢芝フルカ
前編
三丁目のなかよし公園の花壇のところに飛んでいた、とか。
四丁目の大学通りで見た、とか。
河川敷で見た、とかとか。
「本当だって! 俺、見たもんね。大学通りに花が植わってんじゃん、あそこに飛んでたの、見たもんね!」
小学校の帰り道、
「どんなの? 妖精、どんなのだった?」
「透明な羽がキラキラってしててさ、ヒラヒラって飛んでた。俺が捕まえようとしたら、消えちゃったんだぜ!」
涼君は嬉々として話し、結菜ちゃんは「うわぁ〜すご〜い」と、目をまん丸にする。
「そんなの嘘よ。ちょうちょと間違えてるだけでしょ」
嘘と言われては、涼君も黙っていない。
「嘘じゃ無ぇよ! ちょうちょが消えたりするかよ! 羽が透明なちょうちょなんかいないだろ!」
「じゃあトンボか何かじゃないの? 妖精なんているはず無いのに、バカみたーい」
「こんな季節にトンボなんか飛んで無えよ! バカは
「何よ!
とうとう涼君と澪ちゃんはバカの言い合いになってしまい、間で結菜ちゃんがオロオロしている。
咲良は「妖精」というものが分からなかった。
妖精目撃の噂を学校で聞いた時、タブレットで検索してみたのだが、それでもやはり、よく分からなかった。
妖精とは想像上の生物であるらしい。想像上というのは、何者かが脳内で作り上げたものであるのに、こうも全員の認知が一致しているのに、まず驚いた。
存在していない生物であるにも関わらず、「体長が小さく、羽を持ち飛行している」という特徴が、小学校という集団においてほぼ同じ認知であるというのは、かなりの衝撃だった。
「ねぇ、咲良ちゃんもそう思うわよねぇ。妖精なんか居ないわよね」
澪ちゃんが、咲良を味方に付けようとする。
「わたしは居ると思う」
と、咲良は答えた。
そう考えた方が妥当だと思ったからだ。
妖精とやらは、想像上の生物では無く、存在を確定されていない生物なのだろう。
「見た人が居ても、捕まえた人が居ないだけなんだと思う」
と、いうのが、咲良が下した、妖精に対する見解だった。
「だよなー!
涼君は嬉しそうに、咲良のランドセルをバンバンと叩いた。
澪ちゃんは思いっきり口を尖らせて、
「何言ってんのよ! 捕まえられないってことは居ないってことなのよ! あんな小さいの、本当ならすぐ捕まえられるじゃないの!」
と、主張する。
「居ないのになんで、小さいって分かるの?」
咲良が口を挟むと、澪ちゃんは言い返す言葉が無いようで、尖らせていた口を、悔しそうにキュッと結んだ。
涼君は形勢がこちらに有利だと見て、ドヤ顔を向けている。
だが、ここで大人しく引き下がる澪ちゃんでは無い。
「あー、分かったー! 咲良ちゃんは目黒君のことが好きなんだー」
と、大声で言い出した。
涼君の顔がみるみる赤くなる。
「何言ってんだよっ! 大崎っ!」
なぜか涼君が言い返す。
「だってさー、咲良ちゃんは目黒君を、涼君って呼ぶじゃない? 普通は名字で呼ぶわよねー、だからー、咲良ちゃんはー目黒君が好きなのよー」
澪ちゃんのニヤニヤは止まらない。
普通は名字で呼ぶ?
咲良は驚いた。
澪ちゃんも、結菜ちゃんも名前で呼ぶのに、なぜ涼君だけ普通じゃ無いのか?
確かにクラスのなかでは、名字で呼び合うクラスメイトの方が多い。
けど、涼君は、結菜ちゃんもそう呼んでるそ、男子たちからもそう呼ばれているし・・・なのに、それが普通じゃ無いのか?
「あ、あたしだって涼君って呼ぶよ。保育園からずっとそうだよ」
結菜ちゃんが澪ちゃんに言い返す。
だがだが、ここで引き下がる大崎澪では無い・・・ので、ある。
「じゃあ結菜ちゃんも目黒君が好きなんだー。うわー、目黒君モテモテー、明日みんなに言ってやろー」
・・・もう、彼女を止められる者はいない。
それでも涼君は、キッと澪ちゃんを睨み返した。
その時、
「・・・あっ! あれっ!」
涼君が空に向けて指をさした。
「妖精だっ! 飛んでるっ!」
咲良はその方向を見上げて・・・息を呑んだ。
「えっ、どこ? 涼君、どこ?」
結菜ちゃんが涼君の腕を引っ張る。
「あそこ、透明な羽が・・・あっ、消えた! 消えちゃったよ!」
「・・・ほらやっぱり嘘じゃないの」
同じ方向を見上げて、澪ちゃんが嘲笑うように言った。
「天野! 天野は見えたよな?」
涼君が咲良に振り返る。
空を見上げていた咲良は、ハッとして涼君に顔を向けた。
涼君はすがるような目をして、咲良を見る。
咲良は、その視線から逃げるように下をい向いて、
「・・・よく、分からなかった」
と、答えた。
「・・・何だよぉ・・・」
その涼君の声は、明らかに落胆していた。
「えっ、小型調査機が残っているですって?」
会社から帰って来たパパが、驚いた声を上げる。
「そうだ。今日、学校の帰り道で飛んでいるのを目撃した。それを涼君は妖精だと言っていた」
咲良が答える。
「妖精・・・。ああ、今、噂になっていますね。中学校でも盛り上がってますよ。でも、小型調査機って地球人には見えないんですよね? 中尉」
カップ麺にお湯を注ぎながら、大雅兄ちゃんが言った。
「そういう設定なんですけど・・・いや、そろそろ動力も失われる頃なんですけど・・・地球の土や水に触れればそれに同化するように作ったはずなんで・・・あ、ママ、ちょっとこれ」
パパがパソコンにつなげたLANケーブルをママにわたすと、ママはそれを自分の右耳の中に挿す。
「・・・あ、あー、未回収分が全部この町に集まって来ているようですね。小型機本体にバグがあるのか、時々可視化されてしまうようです・・・」
マウスを操作しながら、パパが言った。
「・・・まずいな。もし地球人に回収されて、解析されでもしたら、我々が潜伏していることを知られてしまうかもしれない」
カップ麺のふたを開けた咲良は、箸で中身をかき混ぜる。
そうしながら、随分と地球に馴染んだと、しみじみ思う。
小型調査機は、咲良たちが地球に降り立つ前に、地球の細々としたことを事前に調べるために放たれた物だ。
咲良たちには見えるが、地球人には見えない仕掛けがしてある。
地球に降り立つと同時に、ほとんどを回収したはずだが、どうやら未回収分が勝手に動いているようだ。
あの時、「見えた」と、本当のことを言った方が良かったのだろうか。
それを思うと、なぜか咲良の胸はチクリと痛む。
涼君はまたどこかで調査機を見て、そして嘘つきだと言われてしまうのだろうか・・・。
「あ、テレビ付けていいですか? 今日、商店街をローカル局が撮影してて・・・」
大雅兄ちゃんがテレビをつけると、二丁目の商店街が映し出された。
『・・・と、いうことで、ここ二丁目商店街では、この妖精ブームにあやかろうと、様々なグッズを売り出し始めました!』
・・・何だって?・・・
『商店街組合役員の
「あ、結菜ちゃんのお父さんだ」
結菜ちゃんのお父さんは、レポーターにマイクを向けられて、やや緊張した面持ちで映っている。
『そ、そ、そうですねぇ、妖精がいる町だなんて、子供さんが喜ぶんじゃないかと思ってですねぇ、この商店街ではおおいにアピールしようと考えましたんです、はい』
「うわ、大将、緊張してる」
大雅兄ちゃんは、最近、結菜ちゃんのお父さんのことを「大将」と呼んでいる。
このところよくお店に行って、手伝いをしながら仕事を教えてもらっているらしい。
『妖精ブームだなんて、普通じゃありませんよ。このめずらしい現象が、地元商店街の活性化につながって欲しいという願いがあるようです』
・・・普通じゃありません・・・とな。
テレビを消して、咲良と大雅兄ちゃんとパパは、顔面蒼白となった。
「普通じゃないとは看過できないぞ。我々は普通の町に住む、普通の家族を目指しているのだからな」
咲良が言う。
「こんなに話題になっていると、調査機を捕まえる者が出てくるかもしれません。そこまででは無くとも、写真や動画を撮ろうとする者は居ると思います」
と、大雅兄ちゃん。
「地球の撮影機器に映らないよう設定してはいますが、実際目撃されていますし・・・状況は変化していると考えるのが適切かと・・・」
パパは再びパソコンを操作する。
スクッと咲良が立ち上がった。
「・・・もはや一刻の猶予も無い。これより調査機回収作戦を決行する!」
パパと大雅兄ちゃんが、敬礼で応じた。
三丁目の銀河ハイツ102号室に住んでいる
どこにでもある普通の家族だが、彼らは普通の家族であることに、日々奮闘している。
なぜなら彼らの本当の姿は、地球侵略を目論む宇宙生命体だからだ。
銀河の彼方の母星を遠く離れ、地球人に擬態し、地球に潜入している諜報部隊。
それが天野家の正体である。
後編へ続く
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